先輩 と 後輩A とバカッポー
『先輩 と 後輩A』シリーズ第3弾です。
相変わらず、自己満で意味不な小説ですが、読んでいただけたら幸いです。
(追記)
『先輩 と 後輩A』の第4弾を投稿しました。題名は『先輩 と 後輩A とズル休み』です。よろしければ、読んでくれるとうれしいです。
イラッ。
某緑色の髪をした、ナンカレーみたいな名前のアニメキャラよろしく、イラッ。
星マークが付いて台詞が本家のものだったら満点をたたき出すであろう抜群のイントネーションで、イラッ。
いや、あのアニメに詳しいわけでもない。少しばかり有名だから知っているってだけだから。分からない人はランカで検索してみればいいんでね?
とりあえず、そんなことは置いといて。イラッ、ときた。
帰路についた今。英語で言うところのnow。校門を出て、すぐのこと。
「やっと帰れる」とか「一日終わった」という類の満足感や清々しさ。肩にいい具合に乗っかっている疲労感。そして、例にならって後輩Aがすぐ隣。
つまりはいつもと同じ状態で帰路についた俺だが、校門を潜って外にでたところで、心のうちにあった色んなものがサッとなりを潜めて、一気に荒立った。
「……先輩、目が怖いです。いつもより三割り増し位に三白眼です」
いやいや、だってさ。
「なんとも思わんのかね、君」
「なにがですか?」
「……、なにが?」
なにがってお前。
「前を見てみなさいよ、あ~た」
なにが映っているか、報告しましょうか?
では、言いましょう。
バカッポーがいます。
いちゃいちゃラブラブしている、バカッポーが歩いています。数メートル位先を。
「――どう思うよ」
「どうって、……確かにこれ見よがしはダメだとは思いますが、それが何か?」
「それが何かって、お前――」
イラッとこないのか?
校門を出て、まず1番初めに目に入ったのが、「ごめ~ん待ったぁ?」「ううん、全然」「えぇ~嘘ぉ」「嘘じゃないって。君を待つ時間だって幸せだから」「きゃはっ」とかなんとか。
そんなハートを振りまく会話を聞かされたあと、女子の方が抱っこちゃん人形(で、いいのか?)のように男の腕に掴まって。というより絡まって。歩き始めた。
うわぁー……。
ゾワっときたよ。
鳥肌がダッシュしたよ。
砂糖が溶け切っていない砂糖水を流し込まれたみたいだよ。
思わず、その場にフリーズ。後輩Aに「先輩?」って声をかけられるまで、動けなかったよ。
なにあれ。あんなの漫画とアニメの世界でしょ?
初めて見た。
物珍しさよりイラッ。
前から微かに聞こえてくる会話の内容は、ラブラブイチャイチャ。「え、最近の高校生ってそこまで進んでんの?」と感じるような話ばかり。声潜めても聞こえんだよ、こっちは。
ハートの大安売りを通り越して、ハートの投売りだよ。要らないっちゅうに。だからこれ以上ばら撒くな。全力投球されるハートが全身に当たって痛いんだよ、このバカッポーが。
「だから、目が怖いですって、先輩」
「許せ、気にするな」
「嫉妬ですか?」
「嫉妬じゃねぇ。どっちかって言うと、純粋にムカつく」
本当に。
俺が理想とするカップル像から最もかけ離れていて、最も嫌いなタイプのカップルだ。そんなに見せびらかして楽しいのかって。あれを、お互いしか見ていないって状態なんだろうなと心底常々思う。
理想形っていうのは、お互いしか見ないんじゃなく、お互いで同じ方向を見ること。
だと思うんだよ個人的に。まぁ、この言葉もどこかで目にした偉人の言だったと思うけど。つまり、イチャイチャラブラブは人目につかないところでやれと。
俺だって別に恋人同士が手を繋いだりするだけでは、憎たらしいものを見る視線は向けない。
要は、メリハリと節度さえ持っているのなら、微笑ましいということだ。むしろ、どうぞどうぞお好きにと応援することだって厭わない。
語ったら笑われそうだけど、意外とマジでこういうバカッポーとは真逆のカップルを俺は目指したい。――いや、それ以前に彼女が必要か……。
はぁ……。
「今度は、遠い目ですか、先輩」
「なんだか、悲しくなった」
「……、そんなに女の子と付き合いたいんですか?」
うわっほう、ストレートに訊くね。
そりゃぁ、……。
………………。
「……わかんね」
なんだろう。改めて考えると、……ううむ。
俺たち位の年齢になると、お付き合いしていることが一種のステータスみたいに扱われることがある。けれど、そういうのは、やっぱり違うと思う。
他にも、軽い気持ちで付き合ってみて、なんだか思っていたものと違ったら分かれる。とか、そういうこともあるらしい。俺はそんな器用なことやりたいとも思わなし、そもそもそんなに器用なことが出来るほど慣れた生き方をしていない。
「お互いの気持ちを~」とか考えている俺は、時代遅れで笑われるような考えなんだろうか……。
……ううむ。
「――うん。……やっぱり、わかんね」
「――そうですか」
考えれば、付き合うってなんなんだろうか。
好き同士になれば、人目もはばからずイチャイチャ乳繰り合いたくなるもんなのか。
目の前のバカッポーを見る。
この2人はなにを見て、どこを見ているんだろう。
お互いではなく、自分が好きな相手なのだろうか。
昔、どっかのお偉い学者さんが、男と女の考え方の違いや脳構造の違いを科学していたのをテレビで見たことを、ふと、思い出した。
その人の言うことには、男と女は別の生き物らしい。
男には男、女には女にしか共感できない部分があるんだと。
たったXとYの。――その程度の違いのはずなのに。
そんなことを思い出したら、急に、前を歩く2人の間に深い溝がはしったように見えた。それを繋ぐモノは、繋いでいるモノは、なんなんだろうね。
――全く。
「あ」そういえば、という感じで後輩Aが、「私、あの前を歩いている彼氏に一昨日告白されました」と言ってきた。
あぁ、そう。今俺、珍しく深いこと考えてんだよ。んなこたぁ、どうだっていいんだ……、よ?
………………。
……よくねぇよっ!!
「マジかよ、後輩A。アイツに?」
「えぇ、茶髪で長髪。さっきの声と歯の浮くような台詞。多分彼です」
「……浮気を、目撃したって感じじゃないな」
「まぁ、断りましたから」
「……はぁ、そ、そうか」
相変わらずの平坦な口調で淡々と爆弾を突然投げ込んできた。本当にそういうことは対応に困る。
上手い返答もないから、まじまじと後輩Aに告白して玉砕したという彼の後姿を観察してみることにした。
………………。
ふむ。
なんつうか、イケメンだな。後姿まで。
ワックスをつけているであろう自然にウェーブした茶髪の長髪で、長身痩躯。さっき見えた横顔もどこか外人の血が混じっているような顔立ちであり、滲み出るオーラ的なものも付属。
テレビから芸能人が飛び出てきたみたいだ。
うわぁ、こんなイケメンうちの高校にいたんだな。リアルにファンクラブみたいなものがありそう。
「なんか、すげぇ奴っぽい」
「彼、1年の間では結構有名ですよ。“天才”だって」
「へぇ……。“天才”」
俺の頭の中で、自動的に友達である『THE委員長』の顔が出てきた。これはオレに限らず、2年の間では(下手をしたら全校生徒と教師も)、枕詞のごとく『天才』とくれば『彼女』の姿がでてくる。
そんな彼女の顔がほんの一瞬脳裏をかすめて消えた。
「なんでも帰国子女らしく2ヶ国語話すことができ、小テストも定期テストも絶対上位。スポーツ万能なので色々な部活に助っ人として呼ばれ、おまけにハーフで容姿端麗。って、話半分面白半分で噂がながれています」
「わぉ」
なんだそいつ。それが本当の話なら存在自体がギャグじゃないか。
「でも、そのせいか所謂タラシで、自分に絶対な自信を持っているみたいです」
あくまで、淡々と、まるでプロフィールでも読み上げるかのように彼の噂に噂を重ねた人物像を語ったあと、「まぁ、所詮噂なんでどこまで本当か疑わしいですけどね」と締めくくった。
後輩Aが言い終わるとほぼ同時に前を歩くバカッポーは、商店街を脇に逸れて、俺たちの前から姿を消した。その消え行く後姿を見て「どこへ行くんだろうか。不純異性交遊はダメだよ」なんてお節介が駆け抜けた。口には出さなかったけれど。
そしてすぐにそのお節介はオレの頭から消え失せ、さっきの話を考える。
「ふぅん、そんな奴がいるんだねぇ」
世の中広いな。
……いや、狭いか。同じ高校に天才が2人いるんだから。
片方のほうは、俺は知らなかったけど。
「……そんな噂が流れるほどの奴なのに、意外と名前を聞かないな」
「それは、上には上がいますから」
「なに、格上を知ってんの?」
「はい。有名じゃありませんか、2年生の天才の話は」
あぁ、まぁ、そうか。
こいつの耳にも、一応は入ってるのか。2年の天才の話。
やっぱり枕詞のごとく、彼女の代名詞になっているのか。
テストで全教科100点を入試のときから現在まで出し続け、辞書辞典を丸暗記したかのような物知りで、全てにおいて万能。平等で博愛主義。品行方正、容姿端麗、純真素朴、完全無欠。どこまでも、はてしなく、絵に描いたような善人。
存在がギャグなんかではなく、存在が終わってる。
ギャグなんて笑いごとで済ませられるレベルじゃなく、人間として完結している。
赤縁眼鏡の彼女。
オレの友達『THE委員長』。
「そんな人に比べたら、彼なんて天才もどきですよ」
「だな」
さっきのイケメンみたいに根も葉もない、話半分で語られる噂じゃなく、すべてが真実なんだから手がつけられない。
正真正銘。前後左右。真上真下。周囲360度。どこから疑いの眼差しを向けても一切の遜色なく、天才。そんな人物が俺と友達でいてくれるなんて我ながら吃驚だ。
なにがキッカケだったっけ?
と、一瞬THE委員長との過去を回顧してあることを思い出した。
「……本人は、天才って言葉嫌ってたな」
「そうなんですか?」
「なんて言ってたっけな………「1度天才のレッテルを貼られると、どんなに努力してだした結果でも、天才だからの1言で片付けられちゃうから」とか、そんな感じのことを昔言ってた気がする」
やっぱり天才だ。
こいつには、なんにも敵わない。
そんな台詞は、相手を簡単に傷つけるということらしい。
「それでも、あなたはどうなんですか?っていう感じです」
「まぁ、見かたによっちゃ凄く優しいんだよ。自分のことなんか考えない。「天才なんかいない」ってのたまうほどだからな」
「それをあなたが言いますかって感じですね」
確かに。
THE委員長に言われたら、俺たちの立つ瀬がねぇ。
「聞いた限りでは、本当にすごい人ですね」
「あぁ。ホント、すごい友達だよ」
ひゅう、と。
会話の区切りと同時に、涼しい風が吹いて、真向かいの夕焼けのせいで少し汗をかいた体をほんの少し冷やしてくれた。俺はその風で、ばあちゃんの家にある風鈴の音色を思い出し、後輩Aのほうは、見るとなんだか考えごとをしているのか思案顔。
「………………………」
「………………………」
会話が途切れた。
ふむ、……特に新しく切り出せそうな話題もない。
どことなく気まずいのを紛らわすように、後輩Aに歩調を合わせてみる。……思ったより足遅いんだなぁ。などと今更のように感じた。そういえば、いつも斜め後ろか真横を歩いてる。前を歩いたことなんて憶えてる限りじゃ、本当に片手で数えるほどしかない。
無言のままいつもより遅い歩調で、商店街を歩く。
帰宅していく中学生とすれ違い、世間話に夢中のおばさま方を通り越し、商店街との間に通りを挟んだすぐ向こうの民家から匂ってくる夕飯の匂いに「あぁ、カレーだな」とか感想を心の中で呟きながら歩く。
――なんだか。
後輩A限定だけど、こういう無言の時間になれた自分がいる。
人間の順応って凄いのね。ホント。要は慣れだよ、なにごとも。
しかし、それが適応されるのが後輩Aだけっていうのはどういうことだろう。
会話レベルは、後輩Aとそのほかで分化されているのか。どうなっている、俺の会話レベル。
「――先輩」なんて、そんなことを考えていたら、無言になっていた後輩Aが、「天才とは、99%の努力と、1%の才能うんちゃらかんちゃら」と言ってきた。
何さ、何を伝えたいのさ。
うんちゃらかんちゃらってなんだよ。
「……現文の補修いくか?」
「かの有名なエジソンの言葉、……だったはずです」
「あぁ、まぁ、知ってる」
「この1%が、天才が天才たる所以なんでしょうね」
「まぁ、そうなのかもしれないな」
ヒトとサルを分ける遺伝子だってその位しか違わないって、どこかで聞いたような。でも、曖昧だからホントのところは分からない。とにかく、ほとんど違わないってことは昔聞いたことがある。
自分に眠る1%の才能を見つけ出すために99%努力をするのか。
それとも、この1%には、ヒトとサルを分けるが如く、超えられない壁があるのか。
でもさっき天才は努力しないだろうなぁ。とか思ってたんだっけ。じゃぁ、この言葉は嘘なんだろうか。いや、曲折しないで考えたら、天才だって努力するんだよーとか、そういう意味か。
どうだろう。
どんな意味を込めて、かの天才はこの言葉を放ったのだろう。
「………………」
「………………」
お互い無言になって考えごとをしていたせいか、いつの間にか横断歩道を渡っていた。加えて、歩行者用信号が点滅しているのに気が付いたのは、その横断歩道を半分ほどわたったところだった。
「!、やばっ」
「!、先輩」
どちらが先に反応したのか分からないが、とりあえず走る。
俺は横断歩道を渡り、後輩Aは来た道を引き返した。――えぇ、なんで戻るのさ。普通渡り切るもんじゃないの?
考え方の違いに愚痴を零す。しかしその位で置いてけぼりにするはずもなく、振り返って後輩Aを視界に入れる。
横断歩道を間において、向かい合わせ。
そうして再び信号が変わるのを待っていると、やっぱりさっきの考えごとが蘇ってきた。俺と後輩Aの間に生まれる溝。その溝の意味を、ぼんやりと考える。
この車道みたいなものなんだろうか。
天才と凡人を分ける1%、男と女の溝。
無理に進もうとしたら、あっけなくなにかに阻まれる。或いは、自滅。
じゃあ、付き合っている分、さっきのバカッポーは俺たちより溝は狭いのだろうか。
そもそも、俺たちを繋ぐモノとはなんなのか。友情か、先輩後輩関係か、絆か、はたまた運命の赤い糸か。……大穴で前世の宿命とか。
「あぁ、もう」
面倒臭くなって、考えをやめた。
哲学もどきみたいなことはどうにも性に合わないらしい。
深いことを考えているなどとのたまったが、そんなことはなかった。自分の浅さを突きつけられただけのような気がする。
信号が変わる。
後輩Aが歩き出す。――こちらに向かって、歩き出す。
俺も後輩Aに向かって歩き出す。――歩み寄るために、歩き出す。
横断歩道の真ん中。
お互いに向かい合わせ。
「どうして向かってきたんですか?先輩」
「ううん、なんていうか……。――迎えに来ました?」
とりあえず、1%の壁はお互いに超えてヒトに生まれて。
XとYとで距離がひらいたから、それを出来るだけ超えようとして。
浅い俺が出来る限りの力で、迎えに来ました。
「バカですか、先輩?」
「ひでぇな」
軽口を交わして、前を、同じ方向を見る。
できればこうして、彼女と同じものを見たい。同じ気持ちじゃなくても、考えじゃなくても、こうして隣合っていられる。
それだけで、今は、十分だ。
(追記)
ちょっとした書き直しをしました。