鯱鉾と栄養ドリンク
三題噺を書いてみました。
お題は『天守閣』『栄養ドリンク』『食べる』
...食い合わせ悪くねぇ?
落語っぽい口調を意識してたはずなのに母語(関西弁)になってたのは何故なんだろう。
雲ひとつなく晴れ渡る名古屋城の天守閣。
てっぺんでは金の鯱鉾が陽に当たってピカピカ光る。
あくびでもするように大口開けたその頭を城下の木陰から見上げている男二人。
片方が暇に飽かせてもう片方に話しかけた。
「なぁにいちゃん。名古屋城の天守閣にさ、鯱鉾ってのがついてんだろ?なんでったって鯱鉾はあんなバカみたいに口を開けてんのかねぇ」
初対面である。
別に直前まで世間話もしていない。
知らない男の唐突なにいちゃん呼びにタメくらいだろと内心愚痴りつつ、こちらの男も暇なので適当に返す。
「さぁなぁ。でも頭が竜か虎かってったって、体は魚だろ?なら、飛んでくる虫でも食べるために開けてんじゃねぇか?」
期待していなかった返事が返ってくる。
最近の若ぇのは知らんやつに話しかけられても無視すること多いのになぁ、と適当に話しかけた見た目ほど若くない男は少し感心した。
ノリも良さそうなので話を広げる方に返す。
「ああ、なるほどなぁ。けどそれなら飯が足りてねぇんじゃねぇか? だってよぉ、あんな高いとこに虫なんてほとんどきやしねぇだろ。」
適当な言葉の応酬にまたぞろ適当に空返事。
「それに水も足りねぇな。普通の魚と違って天日干しにされてやがる。連中がまともに水飲めんなぁ、雨の日くれぇのもんよ」
話しているうちに男二人は鯱鉾の暮らし向きが少し不憫になってくる。
飯は足りぬ。水も足りぬ。
そのうえ炎天下の中で金ぴかにされて晒しもの。鯱鉾の立派なツラが歯を食いしばって便所へ行くのを耐えてる顔に見えてきた。
「んじゃ、ちょっくらでも餌やりに行くか。水分ありそうな虫ってぇと…ミミズとかか?」
ミミズ持って天守閣の屋根に登るバカはいない。
少し不憫に思っても話の方向が鯱鉾を助ける方に変わるだけで益体のない適当話であることに変わりはなかった。
「そんなところだろうな。ところでおらぁは虫は大の苦手でな。まともに触れやしねぇんだが…オメェさんはどうだい?平気な口か?」
「あー…おいらも無理だな。あのウニョウニョした身体はどうにも受け付けねぇ」
餌やりにミミズ。
鯱鉾にやるのでなければいくらか現実的な内容だろう。
男は少し想像したのか嫌な顔をし、この会話で初めて適当でない返事をした。
それに釣られて言い出しっぺも想像し、二人してミミズの話は無かったことにすると決めた。
親切心はある。
実行力はない。
世の中そんなものである。
「さて、どうしたもんかねぇ」
会話が流れたことで二人の脳内には知らんやつとおれは何の話してんだ?という当然の疑問が育ち始める。
残念ながらその疑問が育ちきってこの会話が終わるのはもう少し後になる。
男の目に虚ろな目をしたサラリーマンが写った為である。
「そうだ! なら栄養ドリンクを流し込むのはどうだい?」
栄養ドリンクを持って天守閣の屋根に登るバカもいない。
ミミズで餌やりをする方が、鳥が運ぶ可能性がある分いくらか現実的だろう。
「栄養ドリンク? どうしたってそんなもんを?」
少し頭が覚めたので、何言ってんだコイツ、という顔をしつつも自分が始めた話だけに乗るしかない男。
「ほれ、あそこ見てみろ。幽鬼みてぇなツラして手に栄養ドリンク持ったサラリーマンがいるだろ。あっちの、自販機の近くの」
言われて見れば、なるほど。
死人もかくやというほど青白い顔で正気のない目をした男が立っている。
手に持ったビンは確かに栄養ドリンクである。
「ああ、あれか。あれがどうした?」
「ちぃっと見てろ。すぐわからぁ」
男は顔を真上に傾けて、栄養ドリンクを一気に煽る。
するとどうだろう。
さっきまでこの世に半分いなかったような顔がみるみる人間の顔つきに戻っていく。
歩く死体から体調が悪い人くらいには復活を果たした男は吸い込まれるように近くのビルの入り口へと歩いていく。
「ん? おお! 腐った魚みてぇな目ん玉に光がもどってらぁ」
「だろ? あれが一本ありゃあ鯱鉾さんも当面の生気は取り戻すってもんよ」
得意げな男の顔には医学の新境地でも開いたような晴れ晴れしさがあった。
ここに健康志向の人間がいればきっと彼をどついただろう。
「なるほどなぁ。そうだ! ならもう何本か持ってかねえかい? 鯱鉾にやったあと、近くにまいときゃ虫も寄ってくんだろ」
チッチッチっと男が舌を鳴らす。
「そらぁダメだな。ほれ、自販機のところ、もっぺん見てみろ」
二人はまた揃って自販機の方へ視線を向ける。
すると、来るわ来るわ。
さっきのサラリーマンに続くようにどこから湧いたか背広姿がひとり、またひとりと自販機へ吸い寄せられていく。
どの顔も青白く生気がない。
「虫が来る前に社会人の皆様方が舐め取っちまうよ」
今の世の中じゃ、栄養ドリンクに群がるのは虫より人間のようだった。
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