表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喋る柴犬、ドロップキック  作者: 木村文彦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

1◇渡り廊下の違和感

 昼休みだというのに、常盤(ときわ)(とおる)はまだ昼食にありつけていなかった。

 金ならいくらでもあるのに、背中とお腹がくっつきそうな、こういう時に限って自由にはならない。


「流石は、徹。成績優秀者は余裕だな」

 石黒(いしぐろ)(てつ)が爽やかな笑みを浮かべながら、軽い足取りで徹の隣を並走してくる。

 制服の着こなしまで完璧で、パンフレットのモデルのように見える親友だ。

「成績を見に行くのが面倒なだけだよ」

「それを余裕って言うんだよ」

 高校二年生。哲とは中学も同じだから五年、続けている行動だ。

 この時期になると、二人で渡り廊下を駆け抜けるのが恒例になっていた。

「哲だっていつも上位じゃん」

「たまたまだ」

「五年続く、たまたまって、もう必然だよね?」


 軽口を叩きながら走っていた徹は、ふと視界の端に小さな影を捉えている。

 廊下を横切るように動いたその影は、柴犬のように見えた。


「なあ哲。高校ってペット持ち込み禁止だよね」

「当たり前だろ。ペット科なんてないし」

「でも、今……柴犬がいたような気がするんだよ」

 徹が指差した先には何もいなかった。

 ただ、空気の奥にだけ、妙な気配が残っていた。


「気のせいだろ。それより――ほら、徹が一番会いたい人がいるぞ」

 成績表の前には人だかりができていて、その中心に佐々木里緒奈が立っていた。

 ショートカットがよく似合う、徹の恋人だ。

「よ、どうだ?」

「あ、哲だ。来たんだね。それに……」


 徹が声をかけるより早く、里緒奈が徹の右手をそっと絡め取っていた。

 白く細い指が徹の手を包み込み、体温がじんわりと伝わってくる。


「いいねえ。付き合いたてって感じがするなあ」

「うるさいぞ、哲」


 その瞬間、渡り廊下に湿ったような声が響いた。


「ひゅーひゅー」

 徹は反射的に、周囲を見回した。

 声の主を探そうとしたのだが、哲も里緒奈も何も聞こえていない様子で、徹の反応に首を傾げている。


「今、犬の鳴き声しなかった?」

 里緒奈が不思議そうに首を傾げる。

「ほら、やっぱり。柴犬がいるんだよ」

「いないぞ」


「哲。断定する口調は止めなよ」

 凉野玲奈が、黒髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。

 哲の恋人で、いつも二人のブレーキ役をしている彼女は、今回も冷たい声で喧嘩を断ち切った。

「相変わらず、徹は徹ね」

 里緒奈が嬉しそうに笑い、玲奈の肩に手を置く。


「ひゅーひゅー」

 徹は、また辺りを見渡す。柴犬は、いない。

 ただ、背筋を伝う冷たい感覚だけは、確かに残っていた。


「ひゅーひゅー」

 ……まだ、声がする。

 徹は哲や里緒奈の軽口に笑ってみせたが、胸の奥に残ったざわつきだけは、どうしても消えなかった。

「ひゅーひゅー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ