第7話 静かな夜、揺らぐ森
風が冷たくなってきた。
季節の変わり目なのか、朝の空気が少し鋭い。
丘の上で木剣を握りながら、俺は深く息を吸った。
呼吸のたびに肺が痛い。
それでも、体を動かしている方が楽だった。
今日も村の若者たちは広場で笑っている。
「努力なんて無駄だ」と言いながら。
彼らの声を背に、俺は黙々と剣を振った。
数値には現れない努力。
誰にも見えない積み重ね。
それでも、手のひらの豆が教えてくれる。
確かに“昨日より進んでいる”と。
木々の間から吹き下ろす風が頬を撫でた。
その風に混じって、かすかに土と鉄の匂いがした。
――夕暮れ、村の広場で。
子どもたちが追いかけっこをし、老人が焚き火を囲んでいる。
ミリアは神殿の前で薬草を束ね、微笑んでいた。
「シエル、また丘で練習?」
「ああ。剣を振ってると落ち着く。」
「本当に、毎日だね。」
彼女は呆れたように笑いながら、草束を抱え直した。
火に照らされた横顔は穏やかで、
その光景がいつまでも続くような気がした。
……けれど、何かが違っていた。
夜。
風が止み、村の上に静けさが落ちる。
焚き火の炎が小さく揺れ、薪がぱちりと鳴る。
そのときだった。
――遠く、森の奥から低い唸り声が響いた。
風が運んできたのかと思った。
だが、空気が震えるほど重く、長い。
獣の鳴き声とは違う、何かが軋むような音だった。
村の犬が、一斉に吠えた。
火の粉が舞い、焚き火の光がゆらめく。
「……また森の奥か。」
この辺りでは、昔から森の奥に魔獣が棲むと言われていた。
だが、人里まで降りてくることはない。
だから、誰も本気で恐れてはいなかった。
けれど、胸の奥がざわつく。
風の流れが変わったような、
世界のどこかで歯車が軋むような、そんな感覚。
《観測:辺境地域にて魔力濃度の微変動を検知。
神的干渉値=0。原因――不明。
観測継続。》
オラクルβの無機質な記録が、
世界の奥でひっそりと刻まれていく。
誰も知らない。
この夜が、静けさの最後になることを。
俺は焚き火の火を見つめた。
ぱち、ぱちと、木がはぜる音。
風が森の方へ流れていく。
「……明日も、剣を振ろう。」
そう呟き、夜空を見上げた。
そこには、雲ひとつない星空が広がっていた。




