第6話 訓練の日々
朝焼けが山の端を染める。
東の空が金色に滲み、鳥たちの声が聞こえる。
その音で、俺は目を覚ました。
体の節々が痛い。
握りしめたまま眠っていた木剣の柄には、血の跡がこびりついていた。
掌の皮はもう何度も剥けて、硬くなり、ひび割れている。
それでも、剣を放す気にはなれなかった。
今日も丘に立ち、構える。
足裏に伝わる土の感触。風の流れ。
息を吸い、吐く。
それから――振る。
木剣が風を切り、草の穂先を揺らす。
ひと振りごとに、心の中の何かが削れていく。
それでも、積み重ねだけが自分を支えてくれる気がした。
昼。村の広場では若者たちが笑い声をあげている。
俺が通りかかると、その笑いが少しだけ静まる。
「また丘に行くのか、シエル?」
「お前、ほんとに懲りないな。努力しても変わらねぇのに。」
悪意があるわけじゃない。
ただ、彼らは知っている。
この世界では努力が“反映されない”という事実を。
「……うん。行くよ。」
短く答えて、背を向ける。
それ以上、言葉はいらなかった。
丘へ向かう途中、小川のほとりでミリアが薬草を摘んでいた。
彼女は俺を見つけると、少し眉を寄せて言った。
「またそんな手で……ちゃんと治療してるの?」
「平気。慣れたから。」
「慣れちゃだめだよ。」
ミリアは俺の手をそっと取った。
その手はひんやりとして、優しい。
掌に触れる指先の感覚が、妙に鮮明だった。
「痛いでしょ。」
「……ああ。でも、痛いほうが、頑張れてる気がする。」
「シエル。」
彼女は真剣な目で俺を見つめた。
「無理だけはしないでね。報われなくても、私には見えてるから。」
その言葉を聞くだけで、息が少し楽になった。
痛みも、孤独も、全部、少しだけ軽くなった。
夜。
丘の上に立つと、空は満天の星。
遠くの村の灯が小さく瞬いている。
手の中の木剣が、冷たく光を反射した。
「反復」スキルを試してみる。
昨日と同じ動きを思い出し、再現する。
刃の軌跡がわずかに正確になった気がした。
気のせいかもしれない。
でも、その“気のせい”に救われる夜もある。
剣を振るたびに、誰かの笑い声が頭の奥で響く。
「無駄だ」
「意味がない」
「努力なんて報われない」
それでも俺は、ひとり言のように呟いた。
「……それでも、やってみせる。」
その声は夜風に溶け、星空に吸い込まれた。
やがて、丘の下で小さな光がまた点った。
村の家々の灯り。
そのひとつに、ミリアの家もある。
そこに“見てくれている誰か”がいる。
それだけで、まだ立っていられる。
剣を振る音が、夜に溶けていく。
風が頬を撫で、遠くで犬が吠えた。
この世界は相変わらず静かで、残酷に美しい。
そして、どこか遠くでAIの声が響く。
《観測:対象個体、動作精度0.05%上昇。魂領域の光度、微増。
成長値:依然ゼロ。
……非合理な継続。解析不能。》
それでも俺は、明日の朝もまた剣を握るだろう。
努力はまだ報われない。
けれど、確かに生きている。




