第14話 学園への推薦状
戦いから、ひと月が過ぎた。
春の風は少し暖かくなり、
村には再び人の声が戻っていた。
焼けた壁は直され、崩れた家には新しい梁が組まれ、
子どもたちの笑い声がまた広場に響いている。
あの夜の恐怖はまだ誰の胸にも残っている。
けれど、それ以上に“希望”が芽生えていた。
俺は丘の上で木剣を握っていた。
まだ体は完全ではない。
けれど、剣を振る感覚を忘れたくなかった。
風が草を揺らし、陽の光が差し込む。
そのすべてが、生きていることを教えてくれるようだった。
丘を下りると、村長が待っていた。
隣には、王都の紋章を胸に刻んだ鎧姿の男が立っている。
「来たか、シエル。」
村長の声は穏やかで、どこか誇らしげだった。
「お前に伝えたいことがある。」
そう言って、村長は手に持っていた封筒を掲げた。
金色の封蝋に、王家の紋章。
「これは……?」
村長は静かに言った。
「王都からの手紙だ。魔導学園セント・クロニカが、お前を迎えたいと書いてきた。」
思わず息をのむ。
どうして自分に――。
村長はゆっくりと語り始めた。
「森の奥で家畜が消えるようになってな、念のため王都に討伐の依頼を出していたんだ。
けれど兵が来るより早く、あの魔獣が村を襲った。
……そしてお前が、それを倒した。」
その声は悔しさと誇りが混ざっていた。
「王都の兵が着いたのは、戦いのあとだ。
現場を見て、村の話を聞いて、
“少年が命懸けで村を守った”と報告したらしい。
学園の教師がその報告に目を留めた。
『努力で限界を越えた者がいるなら、学ばせたい』――そう言ってな。」
鎧の男が一歩前に出る。
「王都で噂になっている。
“数字に現れない強さ”を持つ少年がいる、と。」
言葉が胸の奥で静かに響いた。
努力が、ついに届いた。
それを認めてくれる誰かが、この世界にいる。
「……俺なんかが行っていいんでしょうか。」
村長は笑った。
「お前がいなければ、この村はなかった。
お前が救った命は、ここに生きてる。
胸を張って行け。」
鎧の男が付け加える。
「出発は三日後だ。その間に支度を整えておけ。
森の奥の調査も残っている。
準備ができたら、またここで会おう。」
頷いた俺に、村長が肩を叩いた。
その手は温かく、確かな重みがあった。
報せを受けたは俺はミリアに会いに行った。
「シエル、今日も……」
言葉が途中で止まる。
俺の顔を見て、何かを察したようだった。
「……どうしたの?」
「王都の学園から、招待の手紙が届いた。
……三日後に出発する。」
ミリアの目が大きく開かれる。
驚きと、少しの寂しさが入り混じっていた。
「学園って……あの王都の……?」
「ああ。魔導学園セント・クロニカ。
どうして俺なんかに、って思うけど……行くしかない。」
風が吹いて、草が波のように揺れた。
ミリアはしばらく黙ってから、小さく笑った。
「本当に行くんだね。」
「ああ。」
「……行っておいで、シエル。
神様がいなくても、人は努力で奇跡を起こせるって――
あなたが、その証明だから。」
その言葉が胸に残った。
俺は頷き、短く「ありがとう」とだけ言った。
…三日後の朝。
村の広場には使者の馬車が停まり、
村人たちが見送りに集まっていた。
老人も子どもも、皆が笑って手を振ってくれる。
その笑顔には、感謝と誇りがあった。
「シエル、気をつけてな!」
「帰ってきたら、また一緒に畑やれ!」
「本物の剣の使い方、学んできてね!」
言葉のひとつひとつが胸に沁みた。
俺は一人ひとりに頭を下げて歩く。
そして――その人の輪の中に、ミリアの姿があった。
白いワンピースに、薄い水色のスカーフ。
朝の光を受けて、髪が金色に光っている。
彼女は皆と一緒に笑いながらも、
その瞳の奥だけが、どこか切なげだった。
「行っておいで、シエル。」
その声は穏やかで、少しだけ震えていた。
俺は笑って頷き、使者の馬車へ乗り込む。
馬車の車輪が動き出し、村がゆっくりと遠ざかっていく。
村人たちが一斉に手を振る。
子どもたちは大声で名前を呼び、
大人たちは静かに見守っていた。
ミリアもその中にいた。
涙をこらえながら、それでもまっすぐに手を振り続けていた。
シエルが見えなくなった後、彼女は胸の前で両手を組んだ。
──これからも、彼に幸運がありますように。
神様、どうか見ていてください。
あの人の努力が、これからも報われますように。
その祈りは、朝の光に溶け、丘を越えて風に乗った。
――その瞬間、世界の外側で。
AI《オラクルβ》の演算層に、わずかな揺らぎが走った。
《不明信号検出。分類:祈り。 解析不能。》
完璧なはずの計算式が、一瞬だけ滞る。
努力と祈り――二つの小さな力が、世界の境を越えて触れ合った。




