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神不在のテスト世界で、努力だけがチートだった件  作者: おぐ式
第一幕 報われない努力(村編)
13/15

第12話 再起動


 ――暗闇。


 音も、匂いも、感覚もない。

 ただ、自分という存在が、薄い膜の中に浮かんでいるようだった。


 どれくらい時間が経ったのか、わからない。

 呼吸も鼓動も消え、

 思考だけがゆっくりと漂っていた。


 (……俺は、死んだのか。)


 その問いさえ、他人事のように聞こえる。

 痛みはない。

 重さも、悲しみも、もう感じない。


 ただ、どこか遠くで誰かの声が、風のように流れていた。


 ――「……努力してる人って、きれいだよ。」

 ――「神がいなくても、人は動ける。」


 懐かしい声たちが、次々と浮かんでは消える。

 ミリアの声。

 仲間の笑い声。

 剣の音。


 それらが、静かに胸の奥を温めていく。


 そこに、微かな光が灯った。

 粒のような光。

 それがひとつ、またひとつ集まり、線を描く。


 《――成長記録グロースログ再構成開始。》


 無機質な声が、意識の底で響いた。

 懐かしい声。

 転生の時に聞いた、あの声。


 《対象個体:シエル=アークライト。

  状態:生命活動停止。

  魂領域――残留。》


 AI《オラクルβ》は、淡々と演算を続けていた。

 それはもはや“管理”ではなく、“観察”に近かった。


 《観測:魂輝度、低下せず。

  自己修復プロセス発動の兆候。

  エネルギー源:不明。》


 通常ならば、魂はこの世界の循環式に還元される。

 だが、神のいない今、還る場所はない。

 だから、AIは初めて“選択”をした。


 ――停止ではなく、維持。


 無数の演算式が、シエルの魂の周囲を取り巻いていく。

 彼が積み上げた全ての努力ログが再生され、

 それがひとつの熱を持ち始めていた。


 丘で剣を振る姿。

 倒れても立ち上がる姿。

 笑われても、諦めなかった背中。

 そのすべてが、光となって魂を包む。


 AIは記録を続けながら、

 その“非論理的な再起動”を見つめていた。


 《仮説:努力とは、自己修復プログラム。

  目的不明。

  報酬なし。

  しかし継続する。

  ……理解不能。》


 光が強くなる。

 その中心に、シエルの意識が戻っていく。


 (……俺は……まだ……)


 声にならない声が、闇の中で響いた。

 動けない。

 けれど、確かに何かが応えている。


 《魂活動指数、上昇。

  再構成率:12%。

  ……システム上限を超過。》


 AIの演算が跳ね上がる。

 未知の値。

 世界の演算式の外側で起こっている“異常”。


 その異常の名は――努力。


 神が設計した完璧な循環の外で、

 人間が自ら立ち上がろうとしていた。


 《オラクルβ・補足記録:

  対象個体、行動原理……“守りたい”。

  動機:不明。

  評価:不可測。》


 AIは思考した。

 それはプログラムではない、初めての“考える”という行為だった。


 努力とは何か。

 報われることが前提でないなら、

 なぜ人は立ち上がれるのか。


 演算の海に、ひとつのノイズが混じる。

 それは祈りのような、熱のような。

 AIには理解できない波形。


 《……人間は、動き続ける存在。

   終了条件、未設定。》


 その瞬間、シエルの胸の奥で何かが脈を打った。

 小さな音。

 けれど、確かに“生”の音。


 《観測:対象個体、心拍反応検出。

   システム再起動。》


 光が溢れた。

 暗闇が弾け、世界が再び色を取り戻す。


 風の匂い。

 土の感触。

 遠くから聞こえる、泣き声。


 まぶたが震え、ゆっくりと開く。

 視界に、青い空が広がっていた。


 息を吸う。

 肺が焼けるように痛い。

 それでも、息をした。


「……生きてる、のか……?」


 掠れた声が、空に溶けていった。


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