第11話 朝の祈り
夜が明けていた。
戦いの跡が残る広場に、淡い光が差し込む。
土は抉れ、家の壁は崩れ、焦げた匂いが漂っている。
だが、そこに立ちこめていた血の気配は、少しずつ朝の風に溶けていった。
村の人々が、静かに集まっていた。
誰も言葉を発しない。
その中心には、木剣を握ったまま横たわる少年――シエルの姿があった。
彼の周りで、風が止まっていた。
時間すら息を潜めているようだった。
「……シエル。」
ミリアが一歩、彼に近づいた。
膝をつき、そっとその手を取る。
まだ温かい。けれど、その体は動かない。
「どうして、あんな無茶を……。」
声が震えた。
涙が頬を伝い、木剣の柄に落ちる。
その瞬間――彼女は気づいた。
剣の表面に、細い光の筋が走っていた。
それはまるで、夜の星を閉じ込めたように微かに輝いていた。
「……これが、あなたの努力……?」
彼の掌は硬く、ひび割れ、血にまみれていた。
それでも、その手は穏やかに木剣を握っている。
まるで、最後の瞬間まで離さなかった誓いのように。
村人たちが少しずつ集まり、誰かが小さく呟いた。
「……あの子が、魔獣を……?」
「馬鹿な……Eランクの子が……」
信じられないという声が、驚きと混ざって広がっていく。
誰もが“努力が意味を持たない”と信じていた。
けれど、今、目の前にあるのは“結果”だった。
命と引き換えの、奇跡。
ミリアは涙を拭い、静かに目を閉じた。
両手を胸の前で組む。
「……神様。
もし、あなたがこの世界にいないのなら……。
せめて、彼の努力を見てください。」
その祈りは、誰に届くでもなく、朝の空へ溶けていった。
けれど、その声を確かに“誰か”が聞いていた。
――《観測:対象個体“ミリア”より、信号入力。
分類:祈り。
宛先:不明。
解析結果:非合理。だが、美しい。》
AI《オラクルβ》は、ただ記録を続けていた。
祈りという概念は、本来この世界では意味を持たない。
神がいない世界で、それは機能しないはずだった。
それでも、世界の演算式が微かに揺れた。
ひとつの“エラー”が走る。
《補足:システム内に未知の波動。
反応源――対象個体“シエル=アークライト”。
魂輝度:低下せず、維持状態。》
AIは一瞬、演算を止めた。
死んだはずの魂が、消えていない。
まるで、まだ“努力”を続けているように。
朝の光が、村を包む。
風が吹き、焼けた木々の間をすり抜けていく。
その中で、木剣の光がふっと強くなり、
やがて穏やかに消えた。
誰もそれに気づかなかった。
ただ、ミリアが微笑んでいた。
泣きながら、それでも少しだけ笑っていた。
「……ねえ、シエル。
あなたの努力は、ちゃんと届いたよ。」
その言葉を最後に、朝が完全に訪れた。
空は澄み渡り、雲ひとつない青。
遠くの森では、小鳥が鳴き始めていた。
世界は、何も知らない顔で、新しい一日を始めた。




