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水葬

「これ、お願いします」


 若い男性バイトであるアグリがストレッチャーを押しながら部屋に入ってきた。

 弱い明かりの中で入口に背を向けてパソコンに向かい、そこに映し出されている依頼書を読んでいた部屋の主である老年の男イジドは、ああ、と気のない返事をするとバイトの方へと振り返る。


「一応状態を確認したいからそこの台に乗せてくれ」


 イジドの言葉が終わる前にすでにアグリはストレッチャーから部屋の中心にある手術台のような台へと()()を移していた。パソコンの前から立ち上がったイジドは台の上に置かれたそれに目を向ける。

 若く美しい女性の遺体だった。ブロンドの髪は輝かんばかりで、均整の取れたその身体には余分な脂肪の一つもついていない。顔には薄く笑みが浮かんでおり、一目見ただけではこれが遺体だとは思わないだろう。美の女神が寝ているだけだと言われても信じられるほどのその裸体を目にしてもイジドも、そしてアグリもなんの感慨もないようだった。


「ふむ。傷もシミもないようだな」

「はい。きれいなものです」

「では『水槽』に運ぶか」


 腕や足を動かして頭の先から足の先まで隅々まで調べ終えたイジドの言葉にアグリも頷く。

 そして2人は協力して女性の遺体を台から再びストレッチャーへと乗せると部屋を出た。



「今回の依頼はどのような形なのですか?」


 水槽の前でアグリはそう尋ねる。遺体を水槽に入れ、酸素ボンベを身に付けようとしていたイジドはアグリの方へと振り返ると答える。


「ウンディーネだと」


 そして酸素ボンベを咥えて水槽へと入っていった。



 水槽の中で遺体の体の向きやポーズを調整していたイジドは、一体なんでこんな仕事が出来たのかと考える。


「美しい芸術は後世に残すべきだ。絵画も、音楽も、映画も、漫画も、アニメも、どのようなものであれ。そして美しい人間の身体もまた、後世に伝えるべき芸術である」


 このような主張がいつからか流行り、そしていつの間にか美しい人の遺体を『水槽』に入れて誰でも鑑賞できるようにするということがまかり通るようになってしまっていた。

『水槽』には特殊な溶液が満たされており、その溶液に浸されている限り遺体は一切の劣化をしないのだ。


「その挙げ句がこの自殺騒ぎか」


 関節の痛みに耐えながら水槽からあがったイジドは苦々しげに呟く。

 自分を美しいと思っている若者が、自分の身体を後世に芸術として残すために、醜く老いさらばえる前に次々と自殺をしているのだ。


「ばかばかしい。人間の身体は土に眠ってこそのものだろうに」


 水槽から上がり体を拭きながら小さく呟くイジドにアグリは声をかけてくる。


「いつも通り完璧な仕事ぶりですね、イジドさん」


 そこにはイジドに対する静かな尊敬の念が込められている。

 イジドはちらりとアグリを見るが、なにも答えずに一度だけタオルで頭を拭いた。




 それから数年後、イジドは亡くなった。

 息を引き取る直前まで『水槽』の仕事を続けているのを知っていたアグリは世間にこう訴える。


「彼はたしかに世間的な意味では美しいとは言えないかもしれない。だが最後の瞬間まで己の職務を全うしたその姿は、表面的な部分を超えて美しいものではないだろうか。彼もまた水葬に値する美しい人物なのではないだろうか」


 この演説は社会に受け入れられ、イジドの遺体はいまも水槽の中で静かに漂っている。

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