第9話
イレギュラーモンスター。
本来ならばダンジョンとモンスターは固定化されている。
それゆえにランクを厳守すれば、命の灯火が消える戦いに陥ることは稀なはずなのだ。
だが、時として現れるのだ。
本来決して現れぬはずの高ランクモンスターが出てくることが――。
「お、俺、知ってる……こいつBランクモンスターだ……なんでここに」
男の声は喉が締め付けられたように絞り出されていた。
「Bランクって……俺たちEランクだぞ!? 勝ち目ねえじゃん! こんなの出るなんてネット調べてもなかったぞ!」
もう一人の男の顔は青ざめ、血の気が引いていた。
「全力で逃げるぞ!! 戦っても絶対無理だ!」
最後にリーダーらしき男が全員に指示するように声を上げる。だがその声は恐怖とパニックが入り混じっていた。
前方三人それぞれが恐怖に引きつった顔でそう叫んで、後方二人にも逃げるよう促す。
そして全員全速力で逃走を図る。足が地面に絡みつくようで、いつもの半分も速度が出ない。だが――――。
マンイーターは長く伸びる蔓で、マンイーターから見て前方にいる二人の体を巻き付ける。蔓が肉を締め上げる音が、湿った不快な音を立てた。
「ひっ! ああああ! 締め付けるっ、骨が、骨がああ!」
「や、やめろ! 離せっ! このっ!」
絶望的な悲鳴が洞窟内に響き渡る。
捕まった方の片方はナイフで蔓を切ろうとするが、切っても切ってもすぐ再生してしまう。
マンイーターの脅威の一つ。強力な再生能力。生半可な攻撃では傷を負わせても無駄になる。
更にマンイーターは口から粘液を吐き出し、後方の三人にぶっかける。
「あ……からだが……うご、か」
体が動けなくなり目だけが恐怖に見開かれ、痙攣する喉から言葉が漏れる。
「やばい……マヒ……が」
呼吸すら困難そうに、男が苦しみもがく。
「あうあああ……にげ……にげれな」
声が掠れ、涙と恐怖で顔が歪んでいた。
麻痺の粘液。後方三人が呂律が回らなくなるほどに体が動かせなくなる。
恐怖で瞳孔は開ききり、動かぬ体から流れる冷や汗だけが床に滴り落ちる。
これで一人も逃げることは出来なくなった。
マンイーターはゆっくりと麻痺になった三人に近づき、口を更に大きく開けた。
「く、食われ……いや……た、たすけ――――」
俺は右手を前に突き出し、魔力を凝縮させた。
指先から漆黒の魔力が凝縮され、闇の弾丸と化す。
一瞬の静寂の後、弾丸は漆黒の閃光となってマンイーターの大きく開かれた口へと吸い込まれていった。
外側からよりも内部の方が衝撃への耐性は脆弱なはず。
予想通り、マンイーターは痛みに耐えんとするかのように後退する。
その隙に俺は麻痺した三人を守るべく盾となり、戦闘態勢に整える。
「ククル、奴らを運べるか?」
「ううーんん……、流石に無理……」
ククルは三人を持ち上げようと踏ん張るが、微動だにしない。
幽霊とはいえククルは少女だ。大の男を動かすのは無理なことか。
致し方ない、この状況下で戦うしかないだろう。
先の一撃でマンイーターのヘイトは俺に向いたはず。
そう思っていた。
再び迫りくるマンイーターの蔓は――――俺を素通りした。
「は?」
マンイーターの蔓は倒れている三人に向け放たれた。
「「「ぐあああああっ!!」」」
三人は風に舞う紙吹雪の如く宙を舞い、大地に激しく叩きつけられる。
更にマンイーターは蔓に捕らわれた二人を激烈に地面へと叩きつける。
「「がはっ!」」
今の瞬間に直感した。
マンイーターは五人にのみ敵意を向けている――!
「くそっ! 厄介な状況だ!」
何故かなど今は考える余裕は微塵も無い。
五人の命を守らなければいけない。
だがマンイーターの攻撃全部を全て防ぐなど――――。
「それでも俺は成し遂げねば――」
「ヘビーミスト!」
その時、白い霧が後方の三人を包み込んだ。
「…………え?」
「アスちゃーん! 蔓を切って二人を落としてー! はやくー!」
「あ……ああ!」
俺は【漆黒の審判】で二人を縛っている蔓を切り裂く。
二人は地面へと落ち、瞬く間に白い霧は二人を包み込んだ。
「ぎ……ぎぎ?」
マンイーターは標的を見失い、混沌の中を彷徨うが如く辺りを見回している。
「これは……ククルがやったのか?」
「イエーイ! これでもう大丈夫!! 見えなくなったよ!」
この白い霧、倒れし五人を中心に後方へと広がっており、戦いを妨げぬよう俺とマンイーターのいる場所には霧が及ばぬよう制御されている。
(凄いな……ククル)
後で報酬は倍増しよう。そう心に決め、俺はマンイーターの戦いに集中した。
だが――――!
マンイーターは多数の蔓を広範囲に振り回した。
「うわ!」
「きゃあっ!」
その無秩序なる攻撃に対し、俺は光のシールドを使って身を守る。
ククルは幽霊の身ゆえ蔓の攻撃が届いても傷つかない。だが……。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦か。とんでもないことを……」
だが、敵もまた無尽蔵に攻撃出来ないはずだ。
後方の安全が気がかりだが…………ここはさっさとマンイーターを速やかに討伐するのが最善手だ。
俺は覚悟を決め、マンイーターの懐へ飛び込んだ――――。
◇◇◇
「うわわわわ、どうしようどうしよう……アスちゃああ――――ん!」
マンイーターが暴走するかのように放たれた蔓は幸いにもまだ五人には当たってない。
だが「まだ」だ。このままでは当たるのは時間の問題だ。
五人は深い怪我を負いはしたが、まだ救助は可能だ。
だがまた蔓の攻撃を受けてしまったら命に関わる可能性が高い。
蔓が少しずつ五人に迫ってきている。
だがククルにそれを止める術はなかった。
「誰か――」
その時、振り下ろされようとした蔓の切っ先が――消えた。
いや、消えたのではなく…………本体と切り離され、地面にどすんと転がった。
「間に合わないと思ってましたが――――これは運が良かったのでごさんすか?」
「なんで助けんのよ…………そのままやられればよかったのに」