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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第二章「江ノ島ライトアップダンジョン ―輝くステージと影に潜む真実―」
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第86話

 夜も更け、星々が煌めく江ノ島ダンジョンの入口前。

 探索を終え、地上に戻ってきた志桜里は配信の締めくくりをしていた。


「みなさん、今日は最後まで見てくださってありがとうございました!」


 志桜里の声は疲れながらも充実感に満ちていた。

 彼女の髪は少し乱れ、頬は興奮で紅潮していたが、それがかえって魅力的に映っていた。


「じゃじゃ姫さん、コメントありがとうございます! 次回はもっと難しいダンジョンにも挑戦していきたいです!」


 志桜里は画面に表示されるコメントに丁寧に返しながら、徐々に配信を締めくくっていく。

 視聴者一人一人に感謝の気持ちを伝える彼女の姿勢に、俺は感心した。


「それでは、次回の配信もお楽しみに! SnowBlossomスノーブロッサムでした! さようなら~」


 彼女が手を振り、配信が終了した瞬間、志桜里の肩から力が抜けた。

 彼女は深いため息をつき、柱に背を預けるようにしてへたり込んだ。




「お疲れ様!」


 俺たちは彼女の元へ駆け寄った。

 志桜里は疲れきった表情ながらも、達成感に満ちた笑顔を浮かべた。


「さすが志桜里、歌いながら戦うなんて……あの最後の一撃、普通の魔法より強かったんじゃないか?」


「え? そうかな?」

 志桜里は首を傾げ、少し不思議そうに魔銃を見つめた。

 月明かりが銃身に反射し、淡い青い光を放っている。


「私、ただリズムに乗せて撃ってただけなんだけど……」

 彼女は手のひらを返すようなジェスチャーをした。

 「でも確かに、いつもより撃ちやすかったかも……歌ってるときって、なんか魔銃が温かくなるの」


 その言葉に、俺とククルは顔を見合わせた。

 魔銃が歌に反応するという現象は聞いたことがない。


「どうだった? 視聴者数は?」


 志桜里が期待を込めて星凛に尋ねた。

 彼女の瞳には、成功への期待が浮かんでいる。

 確かにパフォーマンスは完璧だったし、コメントも好評だった。


 星凛は少し表情を曇らせ、小さく咳をした。



「……18名や」



 星凛は少し苦い表情で答えた。

 彼女自身も残念そうな様子だ。


「え……」


 志桜里の顔から笑顔が消え、肩が小さく落ちた。

 銀髪が風に揺れ、彼女の落胆した表情を隠すように顔を覆う。

 彼女は表面上は取り繕おうとしているが、声が微かに震えていた。


「そうなんだ……わかった……」


 その声には、精一杯明るく振る舞おうとする努力が滲んでいたが、数週間かけて準備してきた配信の結果がたった18名。

 期待していた数字とはあまりにも違う現実に、彼女の瞳に一瞬涙が浮かんだ。


 俺の胸が締め付けられた。志桜里の落胆した姿を見て、何か言いたかったが、言葉が出てこない。


「そんなものなんよ、最初は」


 星凛はすかさずフォローした。

 彼女は志桜里の肩を優しく叩き、励ますように眼鏡を光らせる。


「下積みが大事なんよ。これから徐々に増えていくから」

 彼女は自信満々に言い切った。

「うちは計算してんねん。最初の一ヶ月は露出を増やして認知度を上げる時期や。3ヶ月後には3桁、半年後には4桁の視聴者数を狙うから!」


 星凛の関西弁には確かな自信があり、まるで未来が見えているかのようだった。

 だが、志桜里の肩はまだ萎れたまま。


「志桜里、本当に素晴らしかったよ」


 俺は思わず声をかけた。

 心の中では自分のヒーロー活動を思い出していた。

 最初の頃は感謝されながらも、「なにこの人」という変な目で見られていた日々。

 でも、それを乗り越えて今がある。


「色んな人に認められるまでには時間がかかる。でも志桜里のパフォーマンスは間違いなく素晴らしかった。それを見た人は必ず覚えていてくれるはずだ」


 俺の言葉に、志桜里はゆっくりと顔を上げた。

 月明かりに照らされた彼女の瞳は、まだ湿り気を帯びていたが、少しずつ光を取り戻していた。


「本当に?」


 彼女の声には、かすかな希望が戻りつつあった。

 銀髪が夜風に揺れ、涙に濡れた睫毛が月光に輝いている。


「ああ、間違いない」

 俺は自信を持って答えた。

「何事も続けることが大事だよ。俺も……いや、アストラルもきっとそう思ってるはずだ」


「そやで!」

 星凛も力強く頷いた。

 彼女はメガネを上げながら、スマホを取り出す。

「うちがSNSで拡散するから、次は絶対もっと見てもらえるわ! 次は視聴者とのコミュニケーションも増やして、リピーターを作る作戦や!」


 その言葉に、志桜里は小さく微笑み、「ありがとう」と呟いた。

 まだ完全には立ち直れていなかったが、友人たちの励ましで少しずつ元気を取り戻しつつあるようだった。


「それにしてもさ~」

 ククルが俺の耳元で囁いた。

「あの魔銃、確かに変だったよね。歌に反応してたし」


 確かにその通りだ。通常の魔銃では起こり得ない現象だった。

 エリカ・スターリングとの会話を思い出す。

 彼女は志桜里の魔銃に特別な関心を示していた。

 何か関係があるのだろうか。



 ◇◇◇



 夜の江ノ島から帰る道すがら、辺りは寒くなり始めていた。

 街灯の光が三人の影を引き延ばし、夜風が木々を揺らしながら通り過ぎていく。

 遠くから波の音が聞こえ、海の匂いがかすかに鼻をくすぐる。


 志桜里は少し落ち着いた様子でエリカとの話を俺たちに打ち明けた。


「実はね、エリカさんから兄の魔銃についていろいろ聞いたの」


 彼女の声には、秘密を共有する高揚感と、過去を思い出す切なさが混ざっていた。


「ほう?」

 星凛が興味深そうに身を乗り出す。

 彼女はメガネを調整し、まるで情報収集モードに入ったかのようだった。


「この魔銃のおかげで、数年前のA級スタンピード事件の第二波以降を突破できたんですって」


 志桜里の声には誇らしさと悲しみが混じっていた。

 街灯の光に照らされた彼女の横顔は、美しくも切なかった。


「兄は亡くなったけど、スタンピードを鎮圧できたのは彼のおかげだと言われたの」


「すごいな……」

 俺は感嘆した。A級スタンピード——今のところ重慶の一回しか実例がない、国家規模の災害レベルの現象だ。

 そこで活躍した武器というのなら、確かに特別なはずだ。


「でも、魔銃の何が特別なんだ?」


 俺の質問に、志桜里は困ったように首を傾げた。

 髪が肩に落ち、彼女の表情にも迷いが浮かぶ。


「それが……」彼女はため息をついた。

「エリカさんは魔銃を詳しく見ていたけど、なぜか詳細までは言わなかったの。でも、『やはり魔銃が持ち主に反応している……以前と違う波長を発しています』と呟いていたわ」


 その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。

 波長? 魔銃が持ち主に反応する? そんな現象はこれまで聞いたことがなかった。


「波長?」


「うん。配信の時もそうだったけど……」

 志桜里は魔銃をそっと見つめる。

 月明かりが銃身に反射し、青い光が彼女の顔を照らしていた。


「時々歌ってると魔銃が温かくなって、光が強くなる気がするの。エリカさんはそれを見て、『白に導かれし者』って呟いてた」


「白?」俺は首を傾げる。

 その言葉が何を意味するのか、さっぱり分からなかった。


「分からない……」

 志桜里は肩をすくめた。彼女自身も困惑しているようだった。


「兄が亡くなった時の記録と、魔銃のことをもっと知りたいなら、陸上自衛隊の一等陸佐、林勇太郎はやしゆうたろうという人を訪ねろって」


「自衛隊?」俺は驚いた。

 探索者と自衛隊には一部協力関係があるものの、一般人がそう簡単に接触できるものではない。


「そうなの。でもエリカさん自身は彼とのパイプを持ってないけど、私なら会えるだろうって言われたの」


「どういうことやろな?」

 星凛も首を傾げた。その表情からは純粋な好奇心と、謎を解きたいという探求心が読み取れた。


 志桜里が自衛隊の高官に会える理由とは?

 そもそも、兄の記録がなぜ自衛隊にあるのか?

 謎は深まるばかりだった。


「そしたら、その林勇太郎って人に会いに行ってみる?」

 星凛が提案した。彼女はスマホを取り出し、何かを調べ始めた。

「ちょっと情報収集してみるわ。自衛隊の人へのアクセス方法とか」


「でも……」志桜里が不安そうに呟いた。

「自衛隊の人に突然会いに行くなんて、ちょっと怖いかも」


 俺は彼女の不安を理解できた。

 だが、兄の記録と魔銃の謎を解明するには、その道しかないのかもしれない。


「一人じゃなくて、みんなで行こう」

 俺は提案した。

「もし何かあっても、俺たちがいるから大丈夫だ」


 その言葉に、志桜里は安心したように微笑んだ。

 交差点で待ち合わせの日程を決め、俺たちは別れることになった。


「じゃあ、また学校で!」




 志桜里と星凛に手を振って別れ、俺とククルは自宅への道を歩き始めた。

 夜の気温はさらに下がり、息が白く霧となって漂う。

 街灯の光が水たまりに反射し、星空のような光景を作り出している。


「不思議だね、アスちゃん」

 ククルが俺の周りを飛びながら言った。

 彼女の半透明の体が夜の闇に溶け込みそうになりながらも、かすかな青い光を放っていた。


「どうして志桜里ならその自衛隊の人に会えるんだろう?」


「さあ……」

 俺もその点が気になっていた。

 志桜里と自衛隊の林勇太郎。

 その二人を繋ぐものは何なのか。




 そんなことを考えていると、大きな街頭ビジョンに目が留まった。

 画面には昭和記念公園ダンジョンの避難指示が映し出されていた。


『明日、昭和記念公園周辺でスタンピードが発生する恐れがあるため、周辺地域に避難指示が出されました。住民の方々は……』


 俺の背筋に冷たいものが走った。

 あの霞染鏡蟲カスミゾメキョウチュウが出現した時からの予感が的中してしまった。


「やっぱり起きるのか……」

 俺は声をひそめた。


「アスちゃん、本当に怖いね……」

 ククルの声も震えていた。

 彼女の体がわずかに透明度を増したように見える。

 怖いときに起こる彼女特有の反応だ。


 スタンピードという現象は、ダンジョン内のモンスターが一斉に外の世界へ溢れ出す危険な現象。

 Dランクのスタンピードですら小都市一つを壊滅させるほどの脅威だ。A級ともなれば、もはや国家レベルの災害となる。


 避難指示とはいえ、街には不思議と平穏な空気が漂っていた。

 20年前の突然のダンジョン出現以来、人々はこうした非常事態にある程度慣れてしまったのだろうか。

 それとも、本当の恐怖を知らないだけなのか。




 その時だった。


「きゃー! 止めてー!」


 悲鳴に振り返ると、若い女性がひったくりに遭っていた。

 黒ずくめの男が彼女のバッグを奪い、こちらへ向かって走ってくる。


「ククル!」


 俺は即座に判断した。

 心の中では中二病全開の台詞が浮かんでいた。


(闇の世界から来た不埒な輩を裁くとき! 世界に新たなる裁きの光が降り注ぐ! その名はアストラル! あの男を止める!)


 だが口に出したのはシンプルな指示だけだった。


「あの男を止める!」


 ククルがうなずき、ひったくり犯の前に立ちはだかろうとした瞬間、予想外のことが起きた。

 路地の陰から一人の男性が飛び出したのだ。


 見るからにボロボロの服と帽子を着たホームレスのような男が、ひったくり犯に飛び掛かり、見事に取り押さえた。

 その動きには無駄がなく、まるでプロの格闘家のようだった。


「うっ……離せ!」


 犯人はもがくが、男の腕から逃れることはできなかった。

 男は確実に相手の関節を制し、反撃の余地を与えていない。


 警察が来るまでの間、男はひったくり犯を押さえつけ、女性の荷物を拾い上げた。

 その姿には凛々しさがあり、汚れた外見に反して気品すら漂っていた。


「これを……」


 男は女性に荷物を差し出した。

 その瞬間、男の顔が街灯に照らされ、一瞬だけその表情が見えた。

 疲れた目元と、しかし芯の通った眼差し。


 しかし、女性の反応は冷たかった。


「汚い! 近づかないで!」


 女性は荷物を受け取りながらも手荒く男を拒絶した。

 「消毒しないと……」と呟きながら小走りに去っていった。


「酷え……」


 俺は思わず呟いた。

 ホームレスだってなりたくてなってるわけではないのに。

 彼女を助けた恩人に対するあの態度は、人間として許せるものではなかった。


 周りの人たちもざわついている。

 若いカップルが「気持ち悪い」と小声で言い合い、通りすがりのサラリーマンは眉をひそめるだけだった。

 誰一人、男に感謝の言葉をかける者はいない。


「助けてくれたのに……」


 ククルも悲しそうな表情だ。

 彼女の目には純粋な悲しみが浮かんでいた。

 だが、ホームレスの男はまるで慣れているかのように、傷ついた様子を見せずに立ち去ろうとしていた。


 その背中は寂しげで、それでいて威厳があった。

 帽子に隠れた横顔には、言いようのない諦めが見て取れる。


 その時、男の立ち振る舞いや雰囲気が、どこか見覚えのある人物を思い起こさせた。

 腰の落とし方、肩の角度、そして何より——歩き方。


「まさか……」俺は小声で言った。


 男が犯人を取り押さえる動き、腕の筋肉の使い方、そして何より——帽子の影から一瞬だけ見せた冷静な眼差し。

 それは間違いなく、あの三度笠の下から見える眼と同じものだった。


「アスちゃん?」

 ククルが不思議そうに俺の顔を覗き込む。


「ククル、頼みがある」俺は決意した。


「あのホームレスを驚かせてくれ」


「え? どうして?」


「いいから、お願い」


 ククルは首を傾げたが、言われるままに男の前に勢いよく現れた!


「ばあっ!」


「うわっ!」


 男は驚いて後ずさった。

 その反応を見て、俺は確信した。

 ククルが見えたのだ。

 普通の人なら反応しないはずの存在に、この男は明確に反応した。


「やはりな……」


 俺はホームレスの男に近づき、話しかけた。


「お前だったのか、ハヤテ」

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