第6話
巾着田ダンジョンはなんか不思議なところで、一面に広がる彼岸花畑だ。天井は高く、どこからともなく差し込む淡い光が赤い花々を照らし出している。足元には細い小道が幾筋も伸び、迷路のように交差している。
洞窟の中に花畑がある。そういう感覚に近い。
花々にも昆虫や微生物がいて、生態系が成立している……天井が高いのも物理法則無視してるし、本当どうなってるんだと突っ込みたい。
あ、ちなみにこの昆虫は現実世界にいるやつでモンスターじゃない。木々や植物はその限りじゃないけど……。
「植物系のモンスターが普通にいるから、な!」
俺は闇属性の弾丸【アビスブレット】を右手指から発射して、提灯状の花とか蛙とかをどんどん駆除していく。
モンスター自体はEランクだしそこまで苦戦はしない相手だ。
ただ…………問題が一つ。
彼岸花と紛れて、すっっげえ分かりづらい!!
提灯の花なんて彼岸花そっくりだし、蛙なんて蕾に擬態してるし!
「隠密系でもやってんのかよ……、奇襲されても軽いケガ程度だけど正直うっとおしいわ……」
「だいじょーぶー?」
ククルはふわふわと俺の頭の上にくっついている。心配しているつもりなんだろうが……お前楽そうだな、ほんと。
「本当に心配するなら、なんかやってくれないか?」
「分かった! 応援するね!」
「逆に疲れるようなことはやめろ!」
「じゃあ歌います!」
「モンスターの気配消すようなことはやめろ! 邪魔したいのかお前はっ!」
ダメだったかな、もうクビにして追い出すか?
そんな考えがふと頭をよぎったのだが――。
「じゃあ……あか~~いひとだま~~おいで~~」
「え?」
そう言ってククルの周りに、赤い火の玉のようなものが出現した。
「うわ! なんだこれ?」
「ひとだまだよー? 大丈夫! こわくないよ」
「ひとだまっていう時点で怖いんだが……」
まあ、幽霊だし人魂呼び出せるのは何ら不思議なことではない……のか?
幽霊とかって人魂とセットで表現されてること多いしな。
「……で、それで何をする気なんだ?」
まさか芸人みたいに呼び出しただけだったら怒るぞ。
「こうしまーす」
そしてククルは人魂をいくつか前方の道に放ったのだった。
「……?」
「お、見つけたか? アスちゃん見つけたよー!」
そう言ってククルが指差した先――――右寄り前方数メートルのところに――。
人魂に群がられている彼岸花があった。
いや、よく見ると彼岸花の茎――細長い緑色の蔓が微かに動いている。
「!!」
俺はすぐさま【アビスブレット】をそのモンスター向けて射出した。
完全に自生している彼岸花に擬態していた。ククルが指摘していなかったら絶対気づかずに奇襲されていた。
「マジかよ……全然気づかなかった……」
「どう? ククルすごい? すごい?」
ククルは目をキラキラさせて誉めて誉めてとアピールしてくる。
うざいなお前……でも――――。
「ああ……ありがとうククル。お陰で凄い助かるよ」
俺は素直にククルの想いに応えた。
正直な想いだった。うるさいしウザイけど……俺を助けてくれたのは本当に嬉しかったから。
「えへへ、もっと褒めろー! ククルとアストラルが協力すれば敵なしだぞー!」
胸を張り誇らしげなククル。自信満々なククルの目の前に――――。
蜘蛛が上から糸を垂らして降りてきた。
「きゃあああああっ!! クモ! クモッ! 助けてアスちゃあああーん!!」
クモを振り払おうと必死に逃げ回るククル。
俺はそんなククルの姿を見て……盛大に溜息を吐いたのだった。
「前言撤回。やっぱバカだわお前」
◇◇◇
時を同じくして。
池袋南ダンジョン入り口前。
自然と調和するよう設計された、朱色の屋根をした木造の受付小屋。
監視役と受付を兼任している男の前で、新たに一人の探索者が訪れていた。
「物好きだね、あんた」
「そうでござんすか?」
受付の男にそう言われて、答えた男は不思議な口調をしていた。
「そりゃそうさ。Aランクの探索者がEランクのダンジョンを訪れるなんて滅多にないよ。特に目新しいものがあるわけでもない。何が目的で来たのさ?」
「あっしは別に探索を目的に来たわけではありませんよ。ただ――」
「9層で窮地に陥っている人たちを助けたいだけでござんす」
そう言って、ダンジョンの中へ入っていく男は、三度笠に道中合羽という現代に似つかわしくない格好をしていた。