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第49話

 第2層に足を踏み入れた瞬間、葵が小さく息を呑んだ。


「まるでタイムカプセルね……」


 俺も思わず見上げる。

 天井からぶら下がる赤い装飾電球が不規則に明滅し、その光が床の大理石に刻まれた「TOKYO TOWER」の文字と星型のヒビを浮かび上がらせていた。


「昭和の頃の東京タワーをそのまま保存したみたいだね」

 蓮が壁際の観光案内パネルに目をやる。


 色あせた地図は空気の流れに微かに揺れ、ガラスケースの中の記念品は厚い埃に覆われ、時が止まったかのようだった。

 鼻をつく古い金属の錆びた匂いと、甘く焦げるような電気の臭いが混じり合う。

 耳には遠くから聞こえる異質な電波音が常に響き、まるで過去の幽霊のように存在を主張していた。


 観光客用のパンフレットスタンドからは色褪せた紙片が風に揺れ、時折足音に反応して青白く光る自動販売機が壁際に不気味な存在感を放っている。

 もし東京が廃墟になるなら——俺たちが生きている間には来ないだろうが——東京タワーもこんな風に朽ちていくのかと思うと、奇妙な既視感に襲われた。


 ダンジョンモンスターは電波塔らしく電気系が多い。

 青白い光を放つ「スパークバード」、短い電流を撒き散らす「ボルテックスレイヤー」——どれも俺たちの前では儚く消えていく。


「お前、Dランクにしては強くないか?」


 慧がペンを回す指を止め、記者のような鋭い眼差しで俺を観察するように語りかけた。

 メモ帳に何かを書き留めようとする仕草が、単なる探索者とは思えない職業意識を感じさせる。


「そうですか? 俺ずっとソロやってたんでそんな自覚なかったですが」


 これはとぼけてない。正直な回答だ。

 考えてみれば、巾着田ダンジョンのマンイーターやハヤテに誘われたランク外の敵など、強敵を幾度も倒してきたから身体能力は飛躍的に向上していたんだろう。

 今までハヤテ以外のパーティーに入ってなかったから、もはやDランクの強さではなくなっていることに気づけなかった。


「そういうあなたも、ディフェンダーと言ってますがアタッカー並に火力ありませんか? 一撃で敵倒してますし」

 俺はそのまま返すかのように慧に問いかけた。


「気のせいだろ。2層の敵が弱いだけだよ」


「……」

 気のせいとは思えない。その答えは明らかに誤魔化してるようにしか聞こえなかった。




「やっぱり怪しくないか?」


「だよねえ……明らかに普通の探索者って感じしないねえ」


 俺は一瞬の隙を見計らい、後ろを振り向いてククルとひそひそ会話をする。

 


「ん? どうした?」

 慧が俺の異変に気付いたのか声をかける。


「いえ、後ろから敵が来てないか見ていただけです」

 俺は必死に誤魔化す。

 

 こいつ、耳聡いだけでなく目も鋭い

 。一瞬の異変を見逃さないかのようなその視線は俺に冷や汗を流させる。

 出来ることならククルと会話しながら進行したいが、これではかなりやり辛い。

 

「でも君すごいね。Cランク昇格試験受けてもいいくらいじゃないかな。僕はまだまだだけどさ」

 二丁拳銃で遠方にいる敵を打ちながら蓮が語りかけてきた。

 その撃ち方は無駄がなく、まるで長年の経験を物語るようだった。


「そうだね。昇格試験受ける人はDランクボスをソロで倒せるようになるのが最低条件らしいけど、君なら倒せるんじゃない?」

 二刀流で近づいてくる敵を切り払いながら葵も同意する。


「あ、ありがとうございます。この討伐が終わったら挑戦も検討してみます」

 俺は苦笑いしながら二人に答えた。


 ……もうDランクボスを何度か倒してます。とは言えないよなあ。

 ククルのサポート有りの話ではあるが。


 彼らは慧と違って怪しい雰囲気は感じないが、ククルの言う通りミステリー小説のような犯人というケースもなくはない。

 一応の警戒はしておこう。

 

「そ、そういえば俺、ここは人気ダンジョンと聞いてたんですけど、いざ来てると異様に人が少なくて。何かあったんですか?」


 話を逸らすかのように俺は話題を切り替える。

 原因はある程度察知出来るのだが。


「ああ、殺人事件のせいだよ。それでみんな自分が襲われるかもと思ってごっそり減ったんだ」

 慧が間をおかずに答える。


「そうだったんですか。だったら何故みなさんはここへ探索しに来たんですか? まるで事件を恐れていないかのように」


「それは俺が逆にお前に聞きたいくらいだが、まあいい。MPKといっても多少のモンスターならどうでもなるからな。別に俺には関係ないと思っただけだ」

 慧が答える。その目からは恐れなど微塵も感じられなかった。


「僕は違う理由かな。事件って横浜でしょ。流石に東京には来ないでしょーと思って」

 蓮が片方の銃を回しながら、少年のような無邪気な笑顔で答える。

 その動作はまるで遊びのようで、銃器の扱いに並々ならぬ自信がうかがえた。


「蓮と似た理由。ダンジョンなんてたくさんある。ここが狙われる可能性は低いし。あったとしても運が悪いだけと諦める」

 葵は黒く長い睫毛の下から、どこか虚ろな瞳で俺を一瞥すると、肩にかかった藍色の髪を軽く払った。

 その仕草には、何か痛々しい過去を背負っているかのような憂いが感じられた。


「それで聞くがお前はなんでパーティー参加しにきたんだ? 殺人事件は流石に知ってるだろ」


「俺もここへは来ないだろうという勘ですね。それにお金稼ぎたいですし」


 俺は嘘をつく。実際はここへ来るだろうという逆の理由だ。

 

 だが、ふと思う。ここで正直に白状すればどうなるだろう。

 それは俺への疑いが一気に晴れるだろうが、犯人の特定はほぼ不可能になるだろう。

 最悪ここで探索を中断されかねない。そうなるくらいなら黙ってたほうがいい。

 他のメンバーは危険にさらされるだろうが、その時はククルとスキルブックを解禁してでも全力で守らなければ。

 俺は拳を強く握りしめた。


 そう会話し続けている内に4層への階段まで到達した。

 階段を下りると、蓮が何かを確認するようにホルスターに手を伸ばした。


「それ、かなり古いモデルの銃だね」


 俺は気づかぬうちに声をかけていた。

 探索者の武器は最新式が多いのに、彼のそれは明らかに違う。


「よく分かるね」

 蓮は意外そうに俺を見た。

 「コレクターなんだ。古いものには歴史があって好きでね」


 そう言いながら、彼は銃を優しく撫でた。

 その仕草は武器を扱うそれというより、どこか生きものに触れるような愛着が感じられた。


「でも、どんなに古くても、当たれば痛いんだよ」


 その言葉の後に浮かべた笑顔には、どこか危険な色が混じっていた。




 第4層に足を踏み入れると、一面に広がる巨大な通信機器の残骸と神道の祭壇が融合した異様な光景に圧倒される。

 天井には無数のアンテナとオミキュダ(神道の紙垂)が絡み合い、床には回路基板と刻まれた呪文が交互に埋め込まれている。


 モンスターも一変する。

 電気モンスターに加えて、神道要素——呪文や御幣、紙垂——が入ったモンスターも出てくるようになる。


「モンスターが現れなければ、観光として凄いですよね、ここ」

 俺は景色に圧倒されながら呟いた。


「神社と機械の融合って日本しか出来ないよね~」

 ククルが俺の周りを飛びながら呟く。


「実際観光目的だけに県外から来る探索者も多いんだよ。それが人気になってる原因にもなってるみたいだ」

 蓮が俺に親し気に答える。


 目の前に広がるダンジョンの光景に見とれながらも、俺の頭の中はあの無残な死体の記憶と戦い続けていた。

 朝から何も食べられなかったのは、胃の中に溜まっているのが恐怖だけだったからだ。

 視界の隅にチラつく血の幻影を振り払いながら、「次の犠牲者を出すわけにはいかない」という決意だけを胸に抱き続けた。


 ヒーローになりたいと思ってたのは、カッコいいからだけじゃない。

 きっと本当は——誰かを救いたかったんだ。

 

 モンスターが変わったとはいえ、まだまだ楽な相手だ。

 俺たちは進行を遅らせることなく進んで行く。


「ククル、警戒しててくれ。何か異変があったらすぐ教えて」


 俺はタイミングを見計らって小声で頼む。


「了解です! ククル、潜入捜査モードに入るよ!」


 ククルはにっこり笑うと、壁をすり抜けて先行偵察を始めた。

 幽霊の能力が、こんな形で役立つとは思わなかった。

 彼女がいてくれるだけで、少し心強い気がした。


 果たして彼らの誰が犯人なのだろうか。

 それとも全員が共犯者なのか。

 慧のあの鋭い観察眼は何かを隠しているように見える。

 蓮のあの親しげな態度は、もしかしたら油断させるための演技かもしれない。

 そして葵の感情を表に出さないあり方は、何を考えているのか全く読み取れない。


 背中から冷や汗が流れる感覚に、思わず身震いした。

 もし自分が次の犠牲者に選ばれていたらどうなるのか。

 その時、ククルはいるだろうか。スキルブックを解放する時間はあるだろうか。

 恐怖と戦いながらも、俺は冷静を装い前へ進み続けた。




 その時だった。


「今……悲鳴聞こえなかったか?」


「え!?」


 俺も確かに聞こえた。

 女の子の悲鳴を。

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