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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第四章 「羊山ダンジョン —交わる夢と秘められた決意—」
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第35話

「志桜里大丈夫かな~?」


 ククルがふわふわと空中を漂いながら俺に語りかけてきた。

 半透明の体が朝日に透けて、周囲の景色が歪んで見える。

 正直、筆記試験の会場までククルに様子を見に行かせることも考えたが、さすがにそこまで介入するのはどうかと思ってやめた。


 これはあくまで志桜里の試験だ。彼女自身の力で成し遂げなければ意味がない。


「大丈夫だ」俺は小さく頷いた。

「志桜里さんは学力試験では上位発表者で名前を呼ばれないことがないほど頭がいいからな。筆記試験は心配ないと思う」


「ひょえ~、ククルとは大違いだね~」

 幽霊少女は首を傾げ、くるくると回転しながら俺の周りを浮遊した。


「お前は勉強できなさそうだもんな」

 思わず口から出た本音に、ククルは頬を膨らませた。


「失礼な! ククルはマークシート問題なら外れたことがほぼないんだよ! えんぴつコロコロすれば!」


「運ゲーやってんじゃねえよ! 試験の意味ねえだろうが!」


 ククルの能天気な受け答えに、つい声が大きくなった。

 振り返ると、近くにいた受験者が「誰と話してるんだ?」という目で俺を見ていた。

 くそっ、幽霊と会話するのはやっぱり周りから見たら怪しいな。


 でも今はそんなことを気にしている場合じゃない。次が問題だ。


 最終試験は実戦試験——初めてのモンスター討伐。

 本来なら志桜里の魔銃があれば問題ないはずだが、あの金髪と茶髪の不良受験生のことが気になって仕方ない。

 試験中は高ランク探索者が監視していて、そこで事を起こすとは思えないが……。


「あいつらが動くとすれば試験前か後か……」


 俺は腕を組んで考え込んだ。

 志桜里を守るためには、あいつらの動きを先読みしないといけない。

 視線を上げると、ククルが俺の顔をじっと覗き込んでいた。


「アスちゃん、顔怖いよ~」


「悪い。ちょっと考え事してた」


 試験会場の方を見ると、ちょうど筆記試験を終えた受験者たちが出てくるところだった。

 制服姿の若者たちが、緊張した面持ちで三々五々集まっていく。


 時刻は14時頃。

 人混みの中に、銀色の長い髪が見えた。志桜里だ。


 彼女の顔には、何かを成し遂げたような安堵の微笑みが浮かんでいる。

 試験がうまくいったらしい。

 俺は思わずほっと胸をなでおろした。

 筆記試験の結果は最後の合否発表まで分からないが、この様子なら大丈夫だろう。


「お疲れ様、志桜里さん」


 見つけて駆け寄ると、彼女はほんの少し驚いたような、でもどこか嬉しそうな表情をした。


「ありがとう阿須那くん。でも次が最後だから気を抜かないようにしないと……」


 志桜里は左手で胸を抑え、右手でカバンの上からぎゅっと押さえた。

 その中には魔銃「スターバースト」が入っているんだろう。

 まるで宝物を守るような仕草に、彼女の緊張が伝わってくる。


「そうだな。初めてのモンスターとの戦闘だしな……」


 ダンジョンの中へ入れるのは探索者の資格を持つ者だけ。

 一般人は立ち入り禁止だ。

 スタンピードや未踏破ダンジョンという例外はあるけど、普通の人はモンスターの姿を見ることすらない。


 だから実戦試験は、誰もが初めてモンスターと向き合う場所なんだ。


 志桜里はシミュレーションを何度もしているだろうが、実際に目の前に現れるモンスターとの戦闘は別物だ。

 周りの受験者を見ると、武器を構えて素振りをしている人、ぶつぶつと呪文のように何かを唱える人、単純に震えている人……とそれぞれの方法で不安と向き合っていた。


 受験者全員がバスに乗り込んだ。

 窓から見える景色は、都会の喧騒から徐々に離れて、木々が生い茂る山道へと変わっていく。

 車内は緊張感に満ちていた。

 音楽を聴いてリラックスしようとしている奴もいれば、資料を最後まで読み込もうとしている奴もいる。


「都心のダンジョンじゃないのね」


 志桜里は俺の隣に座って、ぼそりと呟いた。


「ダンジョンは人間の都合のいい場所にあるわけじゃないからな。特に訓練用となるとある程度安全な場所、隔離された環境が必要なんだ」


 数十分後、バスは鬱蒼とした森の中の小さな駐車場に停まった。


 降りた場所は高台になっていて、先ほどまでいた街並みを見下ろすことができる。

 俺たちは少し足を伸ばして、高台の端まで歩いた。


「この街、随分変わったね」


 高台から眺める街並みは、10年前とは全く違っていた。

 ダンジョン出現後、あらゆるものが変わった。


「ダンジョン出現後、都市計画が根本から見直されたからな。あそこに見える高い塔は、スタンピード発生時の避難タワーだし、広場はモンスター対策用の結界で囲まれてる」


 俺の説明に志桜里は真剣な表情で頷いた。

 その姿に、彼女が探索者になることへの決意を感じた。

 こういう真面目な子が敵から狙われるなんて、絶対に許せない。


 俺たちはバスの停車地点に戻り、ダンジョン入口へと向かった。

 鬱蒼とした雰囲気の洞窟の周りには、監視員が数人、ドローンが何機か配置されていた。セキュリティは万全のようだ。


「それでは最後の試験となります」


 試験官が声を張り上げた。


「こちらのFランクダンジョンに三人一組で探索していただきます。各自最低一体は必ず討伐してください。ドローンと監視員でチームワークも見させていただきますので、妨害行為は決してしないようご注意ください。ダンジョン最奥にある魔石を持ってきて帰還すれば試験突破となります。ギブアップするか勝てないと判断した場合は監視員に報告してください」


 三人一組……なるほど。不安だったのは志桜里があの不良受験生たちと同じグループになることだったが、彼らは志桜里とは離れた場所に立っている。

 組まれる可能性は低そうだ。それでも油断はできない。


「志桜里さん、いつもの調子でいけば絶対大丈夫だ。ただ一つだけアドバイスしたい」


 彼女は深呼吸をしながら力強く頷いた。

 その目には不安の色が残っているものの、決意の光も宿っていた。

 魔銃の入ったカバンを胸に抱くようにして、指先が微かに震えている。

 それでも彼女なりに勇気を振り絞っているのが伝わってきた。


「見かけに絶対惑わされるな。それだけだ」


「? ……うん、わかった」


 志桜里は理解できていないようだったが、素直に頷いた。

 傍らでククルも首を傾げている。

 俺は実は予想がついていた。初心者が倒せて試験に相応しいモンスターなんて、限られている。


「ねえねえアスちゃん。出てくるモンスターってもしかして知ってるの?」

 ククルが興味津々で俺の顔を覗き込んできた。


「ああ……」俺は小声で答えた。

「受験者には教えるのは流石にタブーだから言わないけどな」


 そして案の定、最前列から入ってしばらくすると——。


「ギブアップします!! もういやあ——!」


 泣きながら洞窟から出てきた受験者がいた。

 その姿を見て、順番待ちの受験者たちは不安そうに騒ぎ立てている。

 やっぱりな。俺の受験の時も五人ほどギブアップしたんだよ。


 でも、これ以上俺にできることはない。

 あとは志桜里を信じるしかないんだ。

 彼女の魔銃があれば、たとえあのモンスターが出てきても対処できるはず。

 ただ、初めて見る人は固まってしまうことが多い。

 俺だって最初は動けなくなった。その一瞬の隙がなければいいが……。


 志桜里が二人の受験者と一緒に洞窟へ入っていく。

 その後ろ姿に「頑張れ」と心の中で唱えた。


 俺はククルと共に、固唾を飲んで彼女の帰りを待つことにした。

 と同時に、いつでも動けるように周囲の不審な動きから目を離さないようにしていた。

 特にあの金髪の不良受験生が、何か企んでいるようにも見える。


 その時、俺の心に暗い予感が走った。もしかしたら、本当の試練はこれからなのかもしれない——。

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