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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第四章 「羊山ダンジョン —交わる夢と秘められた決意—」
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第33話

「そっか……最終試験で動くのか。ありがとうククル、お陰で助かった」


 俺はククルから不良受験生の外見と会話の内容を聞いて、大きくため息をついた。

 やはり悪い予感は当たっていた。

 それでも、事前に情報を掴めたことは大きい。

 これで志桜里を守るための対策が立てやすくなる。


「えっへん! ククル頑張ったでしょ~?」


 ククルは胸を張って、両手を揉み合わせながらゴマすりのポーズをする。

 その半透明の体が朝日に照らされて七色に輝いて見える。


「というわけでお給料ア――ップをお願いします~!」


「ぜーんぶ終わったらな!」


 俺はククルの頭を軽く突いて笑った。

 こいつのこういうところは嫌いじゃない。


「ところでククル」


「なになに?」


 俺は建物の方を指差しながら尋ねた。


「建物の中から悲鳴とか怒鳴り声が一瞬聞こえたんだが、なんかあったのか?」


「え?」


 ククルの表情が一瞬で凍りついた。それから急に視線を泳がせ始める。


「……さ、さあ。真面目なククルには分かりませんな~」


 頬を膨らませたククルは明後日の方向を向いた。

 半透明の身体からは冷や汗がダラダラと流れ落ちている。


「決して変なものに触ったりはしてませんぞ~」


「……」


 なんか怪しいな。

 やっぱり給料アップの話はなしにしようかな……。



 ◇◇◇



「では第一次試験をこれから始めさせていただきます。最初は『迷路試験』です」


 試験官の声が広場に響く。

 彼は黒縁の眼鏡をかけた痩せ型の男性で、声に不釣り合いな迫力がある。


「全てのダンジョンは迷路のように入り組んでおります。探索者になるための方向感覚が優れているかどうか試させていただきます」


 試験会場は大きな屋外施設に設置された人工的な迷路だった。

 壁は半透明のアクリル板になっていて、上からは全体が見えるが、中に入ると先が見通せない仕組みだ。

 入り口は複数あり、各受験者がバラバラに入るようになっている。


「スマートフォンによるマッピング機能は使用していただいても構いません。但しマッピング機能なしで出口に到達された受験者には特別点が加算されます」


 特別点という言葉に、受験者たちの間でざわめきが広がった。


「俺、筆記自信ないから特別点狙ってみようかな」

「でもスマホなしで迷ったらどうしよう……」


 そんな声が聞こえてくる。

 狙うか狙わないか、真剣に悩む受験者も多いようだ。


「時間制限は60分です。時間切れになりますとペナルティが付与されますのでご注意ください。それでは一人目から一分ごとに入場してください」


 受験者たちは一人ずつスタート地点にある機械にタイムカードを入れながら、四方にある入り口から入場していく。


 志桜里は最後尾に並んでいた。

 彼女の手は小刻みに震え、顔は蒼白になっている。

 これから始まる試験への緊張が全身から伝わってくる。


「志桜里さん、大丈夫だよ、落ち着いて」


 俺は震える彼女の肩に手を置いた。

 細い体が緊張で小刻みに震えているのが伝わってくる。


「ごめんなさい、どうしても緊張を抑えることが出来なくて」


 彼女は俯き加減に答え、深呼吸を何度も繰り返している。


「特別点を取れるようにスマホなしで挑戦しようかと思ってるんだけど……」


「その特別点に惑わされない方がいいぞ」


 俺は静かに首を横に振った。


「あれは罠みたいなものなんだ。高嶺の花に目を奪われて崖から落ちる探索者は多いからな」


 志桜里は驚いた顔で俺を見上げた。

 銀色の髪が朝日に照らされて、一瞬まばゆいほどに光る。


「罠……?」


「そう、特別点という誘惑に負けて危険を冒す人を振るい落とす試験でもあるんだ」


 俺は彼女の目をまっすぐ見つめて続けた。


「素直にスマホを使った方がいい。遠回りして時間を無駄にするより、確実に出口を見つける方が大切だよ」


 迷路入口の方を見ると、金髪に黒い筋の入った派手な髪型の男が、こちらをチラチラと見ながら笑っていた。

 茶髪の短い男と小声で何か話している。

 彼らの視線は明らかに志桜里の腰に下げられた魔銃に向けられている。


(あいつらか……)


 ククルに聞いた外見と一致している。

 間違いない、彼らが志桜里の魔銃を狙っているのだと確信した。


「阿須那くん、どうしたの?」


 志桜里が不思議そうに尋ねた。

 俺の表情の変化に気づいたのだろう。


「いや、何でもない」


 俺は彼女を不安にさせないよう、視線をそらした。


「ただ……迷路の中で誰かに話しかけられても、絶対に相手にしないでくれ。集中を切らされるだけだから」


 志桜里は少し不思議そうな顔をしたが、素直に頷いた。


「分かったわ。約束する」


「それと、迷路の解き方って基本は『左手の法則』って聞いたことないか? 壁に左手をつけて進むやつ」


「あ……!」志桜里の顔が明るくなる。

「それさえ守れば必ず出口にたどり着けるの?」


「理論上はそうなんだが」俺は首を傾げた。

「でも実はそれで突破できないパターンが多いんだ。特に複雑な迷路では」


 受験者全員がそれを使って突破してしまったら試験の意味がない。

 それに、この迷路は俺が見た限り、島のような部分がある。

 左手の法則が通用しない場所だ。


 それを聞いて志桜里の表情は曇ってしまった。銀髪が揺れ、肩が落ちる。


「え、じゃあどうすれば……」


「コツは発想の転換だ」


 俺は声を落として言った。


「出口を見つけようとするんじゃなくて、行き止まりを探すんだ」


「行き止まり?」


「そう。行き止まりを見つけたら、そこから最後の分かれ道までの道を地図上で消していくんだ」


 俺は手で迷路を描くように身振りをつけながら説明した。


「そうすると、だんだんと正解ルートが見えてくる。不要な道をどんどん消していくイメージだ」


「分かったわ……」


 志桜里は目を輝かせ、理解したことを示すように小さく拳を握った。


「不要な道を消していくのね。これなら自分でもできそう」


「それと、もうひとつ大事なことがある」


 俺は真剣な表情で言った。実はこれが一番大事なことなんだ。


「時間切れになっても、即失格になるわけじゃない。減点されるだけだから」


「え? でも説明ではペナルティが——」


「知ってる。だけど、最後まで諦めないことが一番大切なんだ」


 俺の声は静かだが、強い意志が込められていた。


「たとえ時間がギリギリでも、出口にたどり着けば合格できる可能性はある。だから、絶対に諦めないで」


 この迷路試験は速さを競うものじゃない。

 あくまで出口に辿り着けるかどうかの試験だ。

 例え時間オーバーしようが脱出できれば試験突破には変わりない。


 それに……例え時間が迫っているという不利な状況でも絶対諦めたらダメだということを教えたかった。

 ダンジョン探索では、状況が悪くなった時こそ諦めなかった人間だけが生き残れるのだから。


 志桜里はそれを聞いてゆっくりと、力強く頷いた。

 その瞳には新たな決意の光が灯った。


「ありがとう、阿須那くん」


「頑張れ」


 俺は彼女の背中を軽く押した。


「志桜里さんならできるよ」


「うん。行ってくるね」


 そう言って志桜里は迷路入り口へ進んで行った。

 彼女の銀髪が風に揺れる様子を見送りながら、俺は密かに祈った。

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