第23話
正直、荷が重いと思ってる。
この先、10層へ行ってボスを討伐しなければならないなんて、もはや背伸び狩りなんて可愛いものじゃない。
とんでもなく無謀なレベルだ。
だがハヤテはここへ誘った。
「ハヤテ……聞きたいことがある」
「答えられるものなら答えますが、それよりも傷の手当をするべきでござんすよ。見せてもらえませんか」
「……わかった」
確かに、今は話すべきことを話すより、傷の手当が最優先だろう。
俺はハヤテに従い左腕の袖をまくり上げ、前へ差し出した。
…………あれ?
「…………傷がない、でござんな……痛みは?」
「…………言われてみれば、痛みもない」
ハヤテの問いに答えながら、俺は自分の腕を疑わしげに見つめた。
確かに攻撃を受けた感覚はあったはずなのに。
「あれれ~? キズがないねえ~おかしいぞ~」
ククルの言葉に、俺は何か引っかかるものを感じた。
この幽霊、何か知ってるのか?
と思った瞬間、ククルがどこか誇らしげに小さく微笑んでいるのが見えた。俺の傷を見ながら自分の手を見つめ、何かを隠そうとしているような仕草。
「お前、何かしたのか?」と俺は小声で尋ねた。
ククルは人差し指を唇に当て「ひ・み・つ♪」と囁くだけだった。
「まあ、傷がなければそれで良いでござんすよ。……それで聞きたいこととは?」
「あ……ああ、そうだったな……」
俺は気を取り直してハヤテに尋ねた。
その疑問を抱いたのは……この階層に入るずっと前だったから。
「ハヤテ」
俺は真剣な眼差しで問いかけた。
「なぜ俺をここへ誘った?」
1~4層はククルがいれば問題なく狩れるし、6層~7層は背伸び狩りで無茶をしなければ狩りが出来る。
まだ納得出来るレベルだ。
だが――――。
ここはどう贔屓目に見ても、俺の強さに釣り合うものとは思えない。
ハヤテがいなければ、そのまま逃げ切れずにやられてた可能性が高い。
それはハヤテだって分かってるはずだ。だが彼はそれでも前進しようとしている。
何か目指すべきものがあるとでもいうように――――。
「……。あっしはお前さんが望んでいたからここへ誘った。そう思ってるでござんすが……」
「ここへ来たいと望んだ覚えはないぞ」
「なら帰るでござんすか? あっしはそれでも構わない」
「……」
別に今戻っても全く問題はない。
この時点でも、ドロップは今まで探索した中で一番の稼ぎになっている。分割しても10万以上は確実だ。
スキルブックもこれまで以上のペースで埋められている。
身体能力も向上したように感じる。
これ以上欲張る必要性が俺には感じられなかった。
「なあ……10層ボスは倒すと何かあるのか?」
「特には。強いて言うならドロップ素材は靴の性能を高める効果があり高値で取引されているくらいでござんすな」
「じゃあなぜ――――」
「だがお前さんが討伐する場合は別ではないかと、あっしは思う」
…………?
ハヤテが言っている意味を俺は即座に理解することが出来なかった。
「アスちゃんのスキルブック」
ククルがぽつりと言うと、ハヤテは静かに頷いた。
「通常、探索者はスキルカードの価値を計算に入れない」
ハヤテは視線を遠くに向けながら説明した。
「一生かけて探索しても、価値あるカードに出会えるかは運次第でござんすからな」
彼は俺を見つめ、声を落とした。
「だが、阿須那のブックは状況を変える。確実にカードを手に入れられる手段があるなら、他の要素が乏しくとも挑む価値があるのです」
「それで10層ボスを選んだのか」
俺は納得しながら頷いた。
「たとえ素材のドロップが少なくても、カード自体が価値あるものなら」
ククルが目を輝かせる。
「じゃあボスのカードはすごいの?」
ハヤテの表情が翳った。
「それは……誰にも分からない」
…………。
…………分からない?
「そもそもボスがスキルカードをドロップしたという事例は一例しか存在しない。当然ながら10層ボスのスキルカードもどんなものかは全くの不明でござんす。あっしがこのボスを狙った理由は……あっしの勘としか言いようがないのでござんす」
「……」
「だから……納得いかないのであれば、もう撤退しても構わない。お前さんは影のヒーローになりたいがために強くなりたいという願望が強いと思っていた。スキルカードが高ランクなほど性能が高くなるという仮説が当たっているならば、強い敵を倒すことでお前さんのの願望に近づくのではないかと……あっしはそう思った。だけどこれはあっしの勝手な推進に過ぎない。それが嫌なら――――」
ハヤテの言葉が終わる前に、俺は立ち上がっていた。
「よし、行こう」
「「えっ!?」」
ハヤテとククルの驚きの声が重なる。
俺自身も自分の決断に驚いていた。
たった今まで躊躇していたはずなのに、思考が一瞬で一転した。
「アスちゃん大丈夫なの? さっきまで辛そうだったのに」
「ククル、俺はさ……かっこよくてクールで無敵な影のヒーローになりたいんだよ。だったらさ、こんなことでへこたれるわけにはいかないだろ?」
「おお〜なんかアスちゃん輝いてるね~」
「あと俺はさ、先へ行ってみたい理由がもう一つ出来た」
「なになに?」
「誰も見たことがないスキルカードを手に入れてみたい!」
「わっかるー!! 世界中の誰にも知らないものを知るワクワク感ってさいっこうだよね!」
「だろっ!? この絶好のチャンスを逃す手はないって。多少辛かろうが構うものかってな!」
俺とククルがハイテンションで手を取り合ってる中、ハヤテは困ったような安心したような顔をして、ほっと息をついた。




