第22話
9層から景観は更に変わる。
足を踏み入れた瞬間、鼻腔をくすぐる甘い香木の香り。天井は高く、金箔を貼った柱が整然と並び、床は白と黒の大理石が市松模様に敷き詰められている。
まるで皇帝の宮殿のような巨大かつ荘厳な空間を俺たちは探索している。
壁には龍や鳳凰、麒麟などの神獣を描いた巨大な壁画が施され、金糸や銀糸、宝石などで装飾されている。
時には廊下や小部屋、時には中庭らしきところを俺たちは徘徊する。
――そいつは黒いだけで、以前出会った影踏師とほぼ同じ外見であるのに。
漆黒の儀式服に身を包み、額に貼られた札には血のような赤い文字が踊る。腐敗した肌からは黒紫の気が立ち上り、眼窩からは青白い炎が燃え上がっていた。
黒い魔剣を携えた風貌は全く似て非なるものだった。その剣身からは常人を狂わせるような不吉な呪いが波動となって放たれている。
そいつは黒い魔剣を構え、俺に突進してきた。――――速い!
素早く振り下ろされる剣を、闇魔法で作った小盾で受け止める――――いてえ!!
受け止めたからって無傷とはいかない。そこからくる強い衝撃は俺の左腕を軽く痺れさせる。
俺は黒い霧で自身と敵の体を包みこみ、敵が目標を見失った間を利用し、素早く距離を取る。
闇魔法【ヴォイド・シャドウステップ】。
間髪開けずに次の魔法に切り替える。
俺は黄金に光り輝く弓矢を形成し、相手の心臓を目掛けて光の矢を放つ。
指先から魔力が流れ出す感覚、弓を引き絞る時の空気の抵抗、放たれた瞬間の鼓動の高鳴り――すべてが一瞬で過ぎ去る。
「当たれっ!」
これがトドメになれば、光の矢はそのまま消滅するのだが――。
矢は目標を貫き、黒いキョンシーの体内で光を放ったが、完全に倒れ伏すには至らない。
奴の胸から漏れる呻き声に、次の一撃が必要だと直感した。
まだ相手が耐える場合、光の矢はそのまま相手の体を貫通し、地面を突き刺し、相手の身動きをとれなくする。
光魔法【ジャッジメントピアサー】。
身動きが出来なくなった間を俺は好機と受け取る。
光の小粒を雪のように相手に降らせる。
光の粒は集約に相手を包み込む結晶となる。
光の結晶という棺桶に閉じ込められた敵に向けて――俺はジャッジメントピアサーを放つ。
ジャッジメントピアサーからの連携光魔法【エターナルクリムゾンプリズン】。
「砕けろおおおっ!!」
黄金の矢に貫通され、砕けた結晶とともに――敵は白い粒子となって砕け散った……。
「はぁ……はぁ……」
「すっごーい! Bランクの敵にDランクのアスちゃんだけで勝ったよー!」
「いや、これ…………きつ……」
「あ、また来た」
「はあっ!?」
奥を見やれば先ほどの黒いキョンシーが三体こちらに向かってきている。
いやいやまてまて、もう無理! 無理ぃっ!!
もう逃げようかと思った矢先――。
ハヤテが俺の横から敵に向かって一気に飛び出す。
それは人間の動きではなかった。風になったかのように、一瞬で三体の敵との距離を詰める。
刀を鞘から抜く音さえ聞こえない。ただ銀色の閃光が空間を切り裂き、三体の敵を一瞬で貫いた。
――いや、待って。一振りで三体一気に切ったの……?
三体の内左側のキョンシー切断された敵の体から白い粒子が噴き出した。だが残り二体はまだ斬撃に耐えていた。
間髪入れない。
ハヤテは振り払った刀をそのまま上空に掲げ、真ん中のキョンシーの脳天に向かって振り下ろす。
キョンシーは剣を盾のように構え耐えようとはするが、振り下ろされた刀はその剣ごと叩き切り、そのまま貫通しキョンシーの体を寸断した――。
――今……魔剣ごと叩き切った……?
振り下ろしたと同時だった。
ハヤテはもう片方の手で右側のキョンシーの首を掴み、壁へ激しくめり込ませるように叩きつける。
その後振り下ろされた刀をそのまま壁にぶつけたキョンシーの体に杭を打つように突き刺した。
そして残り二体のキョンシーも白い粒子をまき散らしながら霧散した――。
「「…………」」
絶句する。
俺からすれば化け物クラスだわ、こいつ……。
「どうしますか? 疲れてるようなら、比較的安全地帯まで避難しますが……」
しかも何事もなかったかのように話しかけてくるし!
Bランクの敵でもすげえ余裕そうだなお前!
「あ……そうだな。流石に少し休憩したい……。スキルカードも確認したいし」
「アスちゃん左腕ケガしてるよー」
「分かりました。そこの小部屋のカドなら敵の視界に入らない。そこでいいでござんすか?」
小部屋の隅を移動して、小休憩をとる。
いつ敵が襲ってくるか分からない警戒線を解いたことにより、どっと疲れが出て壁に寄りかかりながら腰を落とした。




