第21話
俺たちは朱色の柱が立ち並ぶ広間を抜け、長い回廊を進んだ。天井から吊るされた赤い提灯の明かりが、黒い大理石の床に揺らめく影を落としている。
やがて前方に、これまでとは異なる雰囲気の区画が見えてきた。
「アスちゃーん、あれなーにー?」
「ゲート……か?」
9層への階段の前に設置されていたのは……機械仕掛けのゲートだった。
例えるなら、高速道路の料金所によく似ていた。
「あっしが説明してもいいでござんすが……そこの看板に詳しく書いてありますよ」
「どれどれ……」
確かにゲート近くに注意書きみたいな看板があったので読んでみることにした。
警 告 !
ここから9層は以下に記された探索者しか入場できません。
・Bランク以上の探索者。
・Aランク以上の探索者が入ったパーティー。
いずれかの条件に該当される方は探索者免許証を認証画面にかざし、入場してください。
但し、不正入場された方は探索法違反により、懲役3年または罰金300万円以下の刑になることがあります。
「……俺入場出来ないんじゃん」
「あっしがいれば通れるでござんすよ」
「いや待て! つまり本来は絶対通行できないってことだよな?」
「Bランクのボス討伐をすると言いましたよね?」
「あ……そうだったな……」
そうだよ。探索者はランクを上回るダンジョンを探索することは基本禁じられている。
ハヤテがBランクボスを倒そうと誘ったってことは、本来入れないダンジョンに誘ってるってこと。忘れかけてたわ……。
「阿須那?」
ハヤテが首を傾げながら俺を見てくる。
「……」
俺は……そのままでくの坊のように立ち止まったままだった。
拳を……血管が浮き出るほどに握りしめ、喉はカラカラに乾き……ごくりと無意識に唾を飲み込んだ。冷や汗が背中を伝い落ちるのを感じる。
Dランクである俺が、ここから2ランクも上の階層へ進むということ。命の危険など比べ物にならない程になる。ダンジョン探索者として一年以上、何度も「ランクを守れ」と叩き込まれてきた掟を破ろうとしている。
本当にいけるのか……しかも、最深部のボスを討伐するなんて――。頭では「ハヤテがいるから大丈夫」と理解しているのに、体が恐怖で震えるのを止められない。
「ほら、アスちゃん! 大丈夫だってば!」
ククルが俺の周りをふわふわと浮遊しながら励ます。
「アスちゃーん! ドーンっ!!」
「うわあああっ!!」
ククルが勢いよく俺の背中を押し出した。全く予期しなかった圧力に流されるまま俺は地面に激突した。
「な、なにするんだよ!」
「ノープロブレム! いざとなればククルがアスちゃんを守るからね!」
「お前戦えないじゃん」
「霧で隠せば逃げられるよ! 大丈夫だ問題ない」
「いや確かにそうなんだけど……」
それでもかつてのマンイーターのように無差別広範囲攻撃してきたら意味ないだろうに……。
「お前さんは絶対死なないでござんすよ」
ハヤテも当たり前に会話するかのように話しだした。
「なんでそう断言できるんだよ」
「あっしが守るでござんすから」
「……」
自信満々に言えるのはAランクゆえなんだろうか……。
――俺もいつか……そう言える日が……来るのか?
「……分かった。でも守られるなんて俺の性に合わない。やれることはやるからな」
自分が何故ここまで来たのか、改めて考える。
確かに恐怖はある。だが、あの時ハヤテが8層ボスを倒した姿を見て、俺はその背中を追いかけると心に決めたんだ。
恐怖に負けて逃げ出すより、一歩でも彼に近づきたい。影のヒーローになるという夢のために――。
そもそも俺が最初に憧れたのは、誰かに守られる側ではなく、守る側だったはず。
今は弱くても、いつかはハヤテのように誰かを守れる強さを手に入れる。
そのためには、この一歩を踏み出さなければならない。
「いよ! アスちゃんその意気だよ!」
「それでいいでござんすよ。では行きましょうか」
ハヤテは免許証を認定画面にかざし、ゲートを開く。
俺も免許証を翳す。ゲートは閉じることはなく、そのまま通過可能であった。
――うん、紛うことなくAランクだな、ハヤテは……。
改めてそれを実感しながら、俺たちは9層への階段を下りた――。




