第2話
5層は確かに今まで戦った敵よりも手ごわかったが、それ程キツくはない。
一体だけ相手にするように心がける。俺と丸メガネの高橋でアタッカー。金髪の佐藤がボウガンでサポートする。
これを崩さなければいい。
敵が見当たらなくなったので、注意深く前進し、入り口から離れていく。
部屋を見つけた。こういう場合、宝箱を守るモンスターがいるのだが、今回はいないようだ。宝箱もない。
誰かが倒したあとか?
そう思い、俺たち三人は探索しようと部屋の中へ入った。
直後俺たちは後悔した。
ガシャンと部屋の入り口が鉄格子で防がれたのだ。
驚く俺たちが鉄格子に気を取られている間に、周りを取り囲むかのようにモンスターが湧き出してきた。
一体を相手にするのに精いっぱいだった5層モンスターが一気に10体近く湧いたのだ。
モンスタートラップ。
状況に混乱する頭の中で、何が原因で起こったのかを適切に脳は処理してくれていた。
だが、解決方法までは出してくれない。
三人でどうやって同格に等しい相手10体に勝てというのだ。
「と、とりあえず一点突破して壁に向かうぞ! 壁を背にして戦えば少しでも勝機が…………おいっ!?」
それでも一応リーダーを務めてる俺は、精一杯の策を出して、突破口を開こうとした。
だが、金髪の佐藤がその場でへたり込んで動かなくなった。
「い、いやだ……死にたくない。誰か、助けて……あ、ああああ」
体を小刻みに動かし、ろれつの回らなくなった舌で壊れた人形のように言葉を紡ぐ。恐怖でズボンの股間から染みを作り出してるのが見える。
「お、おい! 動いてくれよ! お前が動いてくれないと、ますます勝ち目なんて無くなるんだぞ!」
「嫌だー! 助けてくれー!! こんなところで死にたくない! 誰か誰かあああああ!!」
丸メガネの高橋は鉄格子をガチャガチャと鳴らしながら外に向かって絶叫している。完全に錯乱している。戦える状態ではない。
そして自分にも絶望の感情が一気に押し寄せてきた。
ここで人生を終えてしまうのか。
この部屋へ入るべきじゃなかった。
いや、そもそも……探索者なんてやるべきじゃなかった。金目的ならもっと別のをやれば良かったのに。
涙で視界が滲む。心臓が早鐘を打ち、手足が震えて力が入らない。頭の中では母親の顔が浮かんでは消え、過去の記憶が走馬灯のように流れていく。
敵が俺たちを殺そうと目前まで迫ってきた。
もうだめだ――――そう思ったのだ。
いきなり鉄格子が開き、白い閃光がこの部屋を真っ白に染めた。
「今のうちだ、早く逃げろ!」
誰だ? その声は?
――実はこの救いの手は、数時間前に伸ばされていたのだ。
時の鐘ダンジョンへ俺、鈴倉阿須那は単身で降り立った。
ネットで調べたところ、5層の探索者死亡率が比較的高かった。
5層ボスの強さもさることながら、到達するまでのトラップも多いらしい。
つまり――アストラルとして活躍するには打ってつけの場所だ。
もちろん行けば必ず遭遇するわけじゃないし……というか無い方がいいのだ。
本当に平和な世界を望むなら、本来ヒーローは存在しないのが一番良いのだ。
だから期待しちゃいけないのだ――――。
でも、何故か…………遭遇するような予感がした。
そして予感は的中した。
5層入ってすぐ、微かな悲鳴が聞こえた。
俺はすぐさま荷物から衣装を――黒いとんがり帽子とマント、顔を隠す仮面を身に付ける。
俺は影のヒーロー、不気味な魔術師アストラルに変身する。
悲鳴の元はそこまで遠くではなかった。
入り口から少し離れたところに小部屋が連なっているのだが、その内の一部屋が鉄格子で閉じられており、その中から悲鳴が上がっていた。
これは最も邪悪なる罠の一つ。
愚かなる探索者どもは、部屋から部屋へと安易に踏み入れていく。
無事が続けば続くほど、その警戒心は薄皮のごとく剥がれ落ち、死神の誘惑へと誘われていく。
「次も大丈夫だろう」という油断こそが、彼らの魂を冥府へと誘う最大の敵なのだ。
だが対策はある。最初から前知識をもってれば入らないのが一番だが、誰か一人部屋の外へ待機してれば脱出できるのだ。
何故なら――――外に鉄格子解除のスイッチがあるからだ。――そう、これこそ地獄につるされた蜘蛛の糸を掴む権利を得た証になるのだ。
俺は瞬時に鉄格子解除のスイッチを押し、閉じ込められた探索者たちの脱出路を確保する。
そして右手を前に突き出し、【神々の光眼】を放つ!
まばゆい光が部屋中を満たし、魔物たちは一斉に目を押さえて悶え苦しむ。
「今こそ逃走の刻だ! 迷宮の深淵より脱出せよ!」
部屋の中にいたのは探索者三人、そして取り囲むように5層モンスターが10体。
出ろと声をかけるも三人の内二人は恐怖という名の鎖に繋がれたのか震えたままで動けないままでいる。
だが一人は辛うじて運命の導きを理解できたようだ。
封印された力を振り絞るかのように立ち上がり他の二人を引きずりながら何とか部屋の外へ出ようとする。
だが流石に大の男二人を引っ張りながら外に出るのを待つわけにはいかない。
俺が習得した闇の魔法が今、役に立つ時が来た。
普通の矢では歯が立たないモンスターたちも、俺の【漆黒の審判】なら一気に仕留められる。
指から闇の弾丸を連射する。弾丸が放たれるたび、モンスターは白い粒子となって消えていった。
――いくつかの魔石と鉱石を残して――。