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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第三章 「中華街ダンジョン —ランク外の挑戦と秘められた力—」
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第18話

【別の探索者の視点】


 僕はCランク探索者だ。

 この中華街ダンジョンは僕のメイン狩場といっていい所で休日は8層までソロでよく潜っている。

 なぜなら効率いいからだ。


 Cランクダンジョンともなると10層より深い所を探索するダンジョンが出てくるようになる。


 10層より下となると野営が基本となる。

 キャンプしたことある人なら分かると思うけど、テントやら食料やら用意しなくてはならない。

 ソロだと警戒線も張らなきゃいけないし準備が本当に大変なんだ。


 対策してても寝てる間襲われる確率をゼロにすることは出来ない。安眠なんて出来るわけもなく、体調万全に深層まで探索なんて絶対無理なんだ。


 そんなことするくらいなら日帰り探索の方がいいわけだ。

 5層ボスはしぶといけど、ドロップは美味しいしね。可愛いもの好きだからちょっと罪悪感湧くけど……。

 

 それに8層も美味しいんだ。ただボスが怖くてね……。

 大抵のボスって部屋で固定湧きなんだけど、このボスだけは8層のフィールドを徘徊してるんだよね。

 まあボスの索敵範囲は狭いから、見かけたらすぐ逃げればいいし、入り口まで逃げられるように奥まで探索しなければいい。



 今まではそうやってたんだ。数カ月もずっと続けていることだ。

 

 だからずっと安全な狩りだったはずなんだ。


 

【アストラルの視点に戻る】


 7層の深淵を駆け抜け、8層へと続く階段を見出した。

 悲鳴はもう虚無へと消え去ったが、モンスターの咆哮と何かが崩壊する音色は、この耳に鮮明に響き渡った。黒き闇の中より湧き上がる不浄なる存在の気配――邪悪なる力の渦が空間そのものを蝕んでいた。

 

「ハヤテ!!」


 見失いかけたハヤテの存在を感知する。

 ハヤテの前方には、死の淵に立たされた哀れな男の探索者と……8層ボスらしきモンスター。


 巨大な狐――いや、理から逸脱した邪悪なる魔獣。

 九尾の伝説すら凌駕せんばかりの禍々しき美しさを纏っているが、その尾は三つのみ。しかしその三つの尾は単なる毛皮ではなく、漆黒の霧と化した闇の触手のごとく蠢き、床に触れるたびに腐食の跡を残す禍々しき存在であった。


 その体表からは黒き煙が絶えず噴出し、大気を汚染せんとする暗澹たる毒霧のように周囲を覆い尽くす。地上の生命を否定するかの如き黒煙は、触れるもの全てを腐食させんとする蝕の気配に満ちていた。


 それでもその瞳の奥底に潜む殺意は、千の刃よりも鋭く、万の呪詛よりも恐ろしかった。紅蓮の炎を思わせる瞳孔は、世界の法則に反逆する意志を宿し、見るものの心を蝕む混沌の渦を内包していた。


 なぜ奥の部屋ではなく、入り口にボスがいるのか?

 ボスが徘徊するタイプだと知らない俺が、そう疑念が渦巻いた刹那――。


 

 ハヤテは刀を抜いた。その所作に一切の迷いはなく、彼は既に何度となくこの漆黒の獣を倒してきた者の確信を秘めていた。その動きは死神の演舞のように――光の軌跡を描きながら――巨大狐の前から後方まで一筋の閃光となって貫いた。


 

 その神速の動きは目で追うことすらできないほど速く、まるで世界の時空すら歪めるかのごとく、刀を振るう音すら虚無に呑まれた。

 時が止まったかのような静寂。


 

 ハヤテはゆっくりと刀を鞘に納めた瞬間、世界が再び動き出す。

 狐の身体から黒き血潮が噴き出し――その液体は通常の血ではなく、地面に落ちるや否や侵食性の黒い沼と化し、大理石の床を焼き尽くしていく。魔獣は絶叫をあげ――その声は幾重にも重なる禍々しき音色で、聞くものの理性を掻き乱さんばかりの不協和音を奏でる。


 

 そして――黒い粒子をこの世に解き放ちながら――その巨体は倒れ伏した。倒れた狐の周囲には腐敗の気配が残り、床に落ちた黒い粒子は数秒間蠢きながら、まるで生命を持ったかのように周囲を侵食していった。やがてそれらは消えたが、残された床には大理石の表面が歪み、黒く変色した跡が浮かび上がっていた。

 


 

「「「…………」」」


 

 俺とククル、そして死の運命から逃れた探索者はその光景を前に言葉を失った。

 しゅん……さつ?

 8層ボスを瞬殺っ!!?


 だがハヤテの表情には独特の警戒が残っていた。彼の目には「これは普通のモンスターではない」という認識があり、その刀には黒き粒子を放つ獣への特別な決意が宿っていたかのようだった。

 


「怪我は大丈夫でござんすか?」


 ハヤテは何も起きなかったかのように、震える男へと声をかける……が、男の方は恐怖に凍りついたままで反応しない。

 ハヤテは男の前に膝をつき、素早く視診を始めた。その手つきは鷹のように正確で、出血箇所や打撲の程度を見極めるように探っていく。


「……あ……はい……何とか……」

 

 そう答えた男の体は身体は戦いの痕跡で蝕まれている。助けを求めつつも、いくらかボスに対して抵抗してたのだろう。


 だが、敗北は定められていた。救世の剣が現れなければ。



「あ……ありがとうございます。あなたがいなかったらどうなっていたか……」

「運が良かっただけでござんすよ。あなたの声が聞こえなかったら、あっしもここまで急いで来られなかった。危険ですからもう撤退された方がいい」

「そ、そうですね……」


 ハヤテと男の交わす言葉が風に乗る。

 男の瞳には……ハヤテに対して憧憬の炎を宿していた。



「……」


 俺もハヤテをを凝視した。

 だが……俺の瞳に宿してるのは異なる感情だ。



 羨望と……嫉妬。


 

 あいつは……俺が夢に描いている理想の姿――影のヒーローの具現そのものを演じたのだ。

 強大なる敵に立ち向かう姿を、俺は直視した。

 

 無意識に拳に力が宿る。

 追い付かなければならない。

 今の強さではヒーローと名乗るのもおこがましい。

 


「……アスちゃん、羨ましいの?」

 俺の心を察したのか、ククルが禁断の言葉を投げかける。

「……やっぱり俺ヒーローになるには早すぎたか」

 ボソリと、ハヤテや探索者に聞これないような声で俺は応えた。

「そんなことないよ。アスちゃんも助けるときは同じくらいかっこよかったよ! それに――」

「それに?」

 俺がククルに続きを促すと、ククルは首を傾げて、不思議そうにハヤテを見つめていた。そして返ってきたのは……意外な応えだった。

 

「なーんか、あの人ハヤテというより別のところ見てない? 何か探してるみたいというか……」

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