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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第二章「上野科学博物館ダンジョン ―戦闘の洗礼と運命の序章―」
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第163話

 12月21日、午前7時。



 俺は自分の部屋で、スキルブックを膝の上に開いていた。


 月曜日、志桜里たちから頼まれた浅草ダンジョンの件もあるが、まずは今日の予定——科学博物館ダンジョンでの月華とハヤテとの約束に備えて、スキルカードの編成を見直さなければならない。



「うーん、今回は対人戦だからな……」


 俺は呟きながらスキルブックを開いた。


 天井近くでふわりと浮かぶククルが、興味深そうに俺の作業を覗き込んでくる。


「アスちゃん、今日はハヤテと戦うんでしょ? どんなカード使うの?」



「まず【魔法反射80%】は絶対だな」


 俺は迷わず最初のカードを選んだ。


 ハヤテの圧倒的な攻撃力を跳ね返せれば、少しは勝機があるかもしれない。



「次に【クリティカル発生率+20%、クリティカルダメージ+25%】。一撃の威力を上げておかないと」


「あ、それと【闇属性で攻撃時、DEF&MDEF50%無視】も入れるの?」


「そうだな。ハヤテの防御力は相当なものだから、これで少しでも突破口を見つけたい」


 対モンスター戦とは違い、対人戦では相手の行動パターンが読みにくい。


 特にハヤテのような実力者が相手となると、通常の戦術では太刀打ちできないだろう。



 最後に【攻撃時20%で5連撃・対強敵確率上昇】をセットした。


 20%の確率で攻撃が5連続発動する特殊カード。運に左右される部分もあるが、決まれば大きな威力を発揮する。



「あ、そうだ。忘れるところだった」


 俺は思い出したように、もう一枚のカードを手に取った。



「【短時間翼付与・飛行中移動速度+200%】……京都のスタンピードで禍折鶴から手に入れたやつだ」


「うわぁ! 飛べるの??」


 ククルの目がキラキラと輝いた。


 まるで子供がプレゼントを見つけた時のような純粋な興奮が、その透明な瞳に宿っている。


「短時間だけどな。実はBランク試験の時も持ってたんだけど……あの時は両親のことで頭がいっぱいで、このカードの存在すら思い出せなかったんだ」


 少し苦笑しながら、俺はカードを光にかざした。



「月華に言われたんだよ。『大切なのは血の繋がりより、今一緒にいる仲間との絆だ』って。あれで吹っ切れて、やっとまともに戦えるようになった」


「アスちゃん……」


 ククルが優しい目で俺を見つめる。


「だから今日は違う。このカードも、仲間も、全部を活かして戦える。まだ試したことないけど、今日が初お披露目になりそうだ」


「アスちゃんが空を飛ぶなんて、本当にヒーローみたい!」


 ククルがくるくると宙で回転しながら喜んでいる姿を見ていると、胸の奥が温かくなった。


 しかし、ふと思い出すことがあった。



「そういえば」


 ククルが急に真面目な表情になった。


「サムハイン・ソーラーウィスプのスキルカードはどうだったの? Sランクボスだったら、ものすっご~いカードが手に入ったんじゃない?」


 その質問に、俺は苦い笑いを浮かべた。



「それが……レベルキャップ封印が施されていて、カードの中身さえ見ることができないんだ」


「えぇ〜!? そんなことってあるの?」


「どうやらSランクのモンスターともなると、簡単には力を渡してくれないらしい。俺の実力が足りないってことなのかもしれないな」


 俺はスキルブックの奥に仕舞われた、謎に包まれたままのカードを思い浮かべた。


 漆黒の表面に淡い光がちらつくだけで、どんな能力が込められているのかまったく分からない。



「でも、いつかきっと使えるようになるよ!」


 ククルが励ますように言った。


「アスちゃんがもっと強くなったら、きっとカードも認めてくれるよ〜!」


「そうだな」


 俺は決意を込めて頷いた。



「よし、これで準備完了だ」


 スキルブックを閉じながら、俺は決意を新たにした。


 今日はただの模擬戦闘ではない。


 月華の想いを叶えるために、そしてハヤテに俺たちの成長を示すための重要な戦いだ。




 午前9時30分、東京都台東区上野公園。


 国立科学博物館の威厳ある建物の前に立つと、改めてその規模の大きさに圧倒された。


 ダンジョン化されているとはいえ、外観は従来の博物館そのもの。


 しかし、正面入口には「探索者専用ゲート」の表示があり、現代と異世界が融合した不思議な光景を作り出している。



「来たでござんすな、阿須那」


 振り返ると、いつもの股旅姿のハヤテが静かに近づいてきた。


 くすんだ青色の道中合羽に三度笠、腰には愛刀を差している。


 その表情は相変わらず飄々としているが、どこか落ち着いた威厳が漂っている。



「おはようございます、鈴倉さん?」


 その隣には月華がいた。


 濃紺の袴に白い上衣という凛とした和装で、髪には小さな梅の花を模した銀のヘアピンが上品に飾られている。


 だが、俺が注目したのは——彼女の瞳に宿る特別な決意の光だった。


「月華さん、おはよう」


「はい、今日はよろしくお願いします?」


 月華の声には、普段以上に緊張と期待が混じっている。


 B級昇格試験に合格した彼女が、ハヤテに自分の実力を示したいという強い想いを抱いているのが伝わってきた。



「それにしても」


 ハヤテが博物館を見上げながら、いつもの飄々とした口調で呟いた。


「こんな立派な施設がダンジョン化するなんて、20年前には想像もつかなかったでござんすな」



 3人で博物館内に入ると、受付で探索者証を提示し、利用料金を支払った。


 科学博物館ダンジョンは他とは異なり、入場料制になっている。


 一般利用で3時間8,000円。決して安くはないが、設備の充実度を考えれば妥当な価格かもしれない。



「皆様、初回利用でしょうか?」


 受付の女性職員が丁寧に説明してくれた。


「科学博物館ダンジョンは、Eランクの特殊施設です。通常のモンスター討伐ではなく、物理法則の実験・検証、そして探索者同士の模擬戦闘を目的としています」


 館内は想像以上に広く、各フロアごとに異なるテーマが設定されている。


 1階は「基礎物理実験室」、2階は「モンスター生態研究室」、そして3階が今日の目的地「模擬戦闘場」だった。



「特に人気なのは、武器や魔法を使った仮想シミュレーターです」


 職員の説明によると、ここではあらゆる種類のモンスターとの戦闘を安全に体験できるらしい。


 ダンジョンに初挑戦する探索者の多くが、まずここで基本的な戦闘技術を学ぶのだという。


「なるほど、それは便利だな」


 俺は思わず感心してしまった。



 こういう安全な環境で戦闘練習ができるなら、B級に昇格したばかりの俺にとっても貴重な経験になりそうだ。


 月華は緊張した面持ちで説明を聞いている。


 今日の模擬戦闘で、ハヤテに自分の成長を認めてもらえるかどうか——それが彼女にとっては何より重要なことなのだろう。



 俺自身も、この場で新しいBランク探索者としての実力を試してみたい。


(人知れず修行を重ね、誰よりも強くなる……そして、本当にピンチの時だけ現れて、颯爽と去っていく……それこそが俺の理想だ)


 俺たちは3階の模擬戦闘場へ向かった。

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