第148話
【第五幕:慧の鋭き配信眼】
同時刻 戦場上空のホログラム配信
「皆さん、ご覧ください」
戦場上空に浮かぶ巨大なホログラム映像の中で、慧は手持ちの高性能タブレットを駆使しながら、リアルタイム配信を続けていた。
その瞳に宿る鋭い分析力は、まさにプロの記者のものだった。
「先ほどのレオン・クロスさんの『バーニング・カオス』——これは戦略的に完璧な攻撃でした」
ホログラム映像に戦闘前後の比較映像が映し出される。
「第四波『禍折鶴』の総数は推定15,000羽。これらは集合体として行動することで真価を発揮するAランクモンスターです」
慧の解説により、戦場の人々も上空の映像を見上げながら禍折鶴の戦術的特性を理解し始める。
「しかし、レオンさんは一撃でその8割以上、約12,000羽を殲滅しました。これにより集合体戦術は完全に無力化され、残った個体も組織的行動を取れなくなりました」
上空のコメント欄が活発になる。
『レオンさん凄すぎる……でも大丈夫かな』
『S級の実力は本物だった』
『こんな時に不謹慎だけど……全裸逮捕って……』
『笑っちゃいけないのは分かってるけど』
『状況は深刻なのに何でこんな展開に』
「つまり、結果的にはレオンさんの作戦は大成功だったのです。ただし——」
上空の大画面にレオンが全裸で連行される様子が映る。
慧の表情は相変わらず真面目だが、口元がわずかに綻んでいるのを戦場の俺にも見て取れた。
「……服の素材を考慮していなかったようですね」
上空のコメント欄が複雑な反応を示す。
『こんな時に笑うのは良くないって分かってるんだけど』
『不謹慎だけど吹いたwww』
『真面目な災害報道なのに何故』
『被災者の皆さんすみません、でも』
『レオンさんの功績は評価したい、でも……』
「視聴者の皆様、複雑なお気持ちはお察しします」
慧が画面越しに語りかけた。
その表情には職業的な冷静さと、微かな人間味が混在している。
「緊急事態において、時として予想外の展開が起こることがあります。しかし、レオン・クロスさんの戦術的判断と実行力は紛れもなく多くの命を救いました」
「そして、注目すべきは新人ヒーロー・アストラルの成長です」
ホログラム映像が切り替わり、俺が禍折鶴と戦うシーンが映し出される。
「Aランクモンスターの禍折鶴を単独で撃破——これはDランク探索者としては異例の戦果です。闇と光の複合魔法『闇光檻』から『漆黒の終審』への連携は、まさに教科書に載せたい完璧なコンビネーションでした」
コメント欄の雰囲気も戦闘解説に集中し始める。
『アストラルさんも頑張ってる』
『Dランクでこれは凄い』
『みんな命がけで戦ってくれてる』
『京都の皆さん、頑張って』
「しかし、皆さん。これは決して楽観視できる状況ではありません」
慧の表情が急に真剣になった。その変化に、戦場の俺たちも上空の映像に注目する。
「ダンジョン内部のエネルギー反応にも異常が見られます」
慧が別のモニターを確認する。
「約10分前から、内部の振動パターンに変化が生じています。まるで何者かがダンジョンの深部で——」
【第五幕:ダンジョン最深部での発見】
――嵐山竹林ダンジョン最深部――
ククルはダンジョンの奥深くを進んでいた。
確かに黒いエネルギーが充満していて、普通の人間なら即座に侵食されてしまうだろう。
幸い、ククルは幽霊だ。
物理的な毒や侵食は効かない。でも——
「やっぱり怖いよ~……」
黒い霧の向こうに、時折人影のようなものが見える。
きっと以前にここで力尽きた探索者たちの痕跡だろう。
直接見えているわけではないが、それでもククルの恐怖症には十分すぎる刺激だった。
「でも……大丈夫……大丈夫……」
ククルは小さく呟いた。
阿須那の顔を思い浮かべながら、一歩一歩前に進む。
「アスちゃんが……みんながピンチだから。こういうときヒロインであるククルが輝かないと!」
ダンジョンの最深部で、ククルは巨大な装置を発見した。
金属製の円盤が回転しながら、特定の周波数で振動を発している。
「これが原因……」
この装置がダンジョンコアと共鳴し、モンスターたちをより凶暴化させているのだ。
さらに、振動によって黒い粒子の生成も促進している。
――同時刻 地下施設――
「ほう……例の『監視者』が直接動いたか」
ブラッドレターが特殊な霊体感知カメラのモニター越しにククルの行動を観察していた。
普通のカメラでは映らない幽霊も、この装置なら捉えることができる。
「彼女からの報告通り、あの子は単なる幽霊ではありませんわね」
赤い髪の少女ルビーが師の隣で呟く。
「だが、あの女でさえ完全には制御できていない。あの小さな魂には、我々の想像以上の『何か』があるようだな」
「先生、もしあの子が——」
「心配するな、ルビー。所詮は一体の霊体。我々の計画を根本から覆すほどの力があるとは思えん」
ブラッドレターの唇に、不敵な笑みが浮かんだ。
「だが……興味深い変数であることは確かだ。彼女には引き続き『観察』を続けるよう伝えておこう」
【第六幕:浄化の奇跡】
――ダンジョン最深部に戻る――
「これを壊せば——」
ククルは人型の姿になって装置に近づいた。
だが、機械は非常に頑丈で、ククルの攻撃では傷一つつかない。
その時、以前のDランクスタンピードでの出来事を思い出した。
あの時、阿須那が黒い侵食に飲み込まれそうになった瞬間、自分の体から白い光が出て——
「あの時の……白い光?」
ククルは自分でもよく分からない、胸の奥の温かい感覚を思い出した。
「よく分からないけど……あの白い光で、何とかなるかもしれない」
ククルは装置に手を当て、あの時と同じ感覚を探った。
胸の奥で、何かが反応する。
「お願い……みんなを守らせて……」
淡い青白い光がククルの体から発せられ、装置を包み込んでいく。
その光が機械の内部に浸透し、悪しき振動を中和していく。
ギギギ……
装置の回転が徐々に遅くなり、やがて完全に停止した。
「やった……」
しかし、謎の力を使い果たしたククルの体は、ふらふらと揺れていた。
それでも彼女は笑顔を浮かべる。
「アスちゃん……待ってて……」
【第七幕:戦況の転換】
突然、禍折鶴たちの動きが鈍くなった。
増殖のペースも明らかに落ちている。
「何だ? 敵の様子がおかしいぞ」
俺が困惑していると——
「アスちゃん!」
突然、目の前の空間が淡く光り、ククルがテレポーテーションで現れた。
ふらつきながらも、満足そうな笑顔を浮かべている。
「ククル! おかえり!」
「装置、止めたよ……ばっちぐー……♪」
その体は普段より透けていて、相当な力を使ったのが分かる。
「よくやったな。でも、大丈夫だったか?」
「うん……テレポーテーションで戻ってきたの……でも、ちょっと……疲れちゃった……」
俺は安堵の息を吐きながら駆け寄って彼女を支えた。
「無理するなって言っただろう!」
「ごめん……でも、みんなを守りたくて……」
ククルが俺の胸に倒れ込みそうになる。その瞬間——
「わかった。給料アップしてやる」
俺の言葉を聞いた瞬間、ククルの表情が一変した。
「わーーーい!!! やったあああ〜〜〜♪♪♪」
さっきまでの疲労が嘘のように、ククルは両手を高々と上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「日給350円! 日給400円〜♪」
歌いながら回転する彼女の豹変ぶりに、俺は盛大にずっこけた。
膝から崩れ落ち、手を地面について四つん這いになりながら盛大に突っ込んだ。
「お前の回復力は一体何なんだよ!! さっきまで死にそうだったじゃないか!!」
「えへへ〜、お金の話になると元気が出ちゃうの♪」
無邪気に笑うククルを見て、俺はさらに脱力した。
戦闘中の緊張感が一気に吹き飛ぶほどの現金さに、もはや呆れるしかない。
――同時刻 慧の配信――
「皆さん、重要な転換点を迎えました」
慧は戦況の変化を素早く分析していた。
「先ほどの内部振動の停止と同時に、禍折鶴の増殖ペースが大幅に低下しています。恐らく、ダンジョン内部で決定的な変化が起きたものと推測されます」
画面には禍折鶴が徐々に数を減らしている様子が映し出される。
「視聴者の皆さん、今我々が目撃しているのは単なるスタンピードではない可能性があります。これは計画的な……戦争なのかもしれません」
【第八幕:最終波への序章】
その時、京都の空が突然暗くなった。
巨大な影が太陽を覆い隠したのだ。
「最終波の始まりです」
空から現れたのは、巨大なジャックオーランタンの姿をした異形だった。
その大きさは15メートルを超え、全身から不気味なエネルギーが放射されている。
「これが……最終ボス」
俺は息を呑んだ。
ハヤテが言っていたSランクモンスターの登場だ。
「物理攻撃も魔法も効きにくいって言ってたが……」
そのモンスターから発せられる圧倒的な威圧感に、全身が震えそうになる。
ハヤテの警告通り、心を折ろうとする力を感じた。
だが、俺たちには諦めるという選択肢はない。
「ハヤテ、準備はいいか?」
「ええ、もちろんでござんす」
ハヤテが刀の柄に手をかける。
先ほどの大技で疲労しているはずだが、その瞳に迷いはない。
「ククル、もう一度だけ力を貸してくれ」
「うん! 給料アップのためなら何でもするよ!」
俺は苦笑いを浮かべながら、マントを翻した。
「よし……この闇より来たりて光を操る者、アストラルの真なる力で——最終決戦といこうじゃないか!」
空に浮かぶ巨大ジャックオーランタンが、巨大な目から冷酷な光を放った。
最後の戦いが、今始まろうとしていた。
――慧の配信スタジオ エピローグ――
「視聴者の皆さん、我々は歴史的瞬間を目撃しています」
慧は最後の配信を続けていた。
その表情には疲労と共に、深い充実感が宿っている。
「アストラル、そしてハヤテ——彼らが見せた勇気と連携こそが、この危機を乗り越える真の力なのかもしれません」
コメント欄に感動のメッセージが溢れる中、慧は静かに微笑んだ。
「二人の戦いを見ていると、目に見えない『何か』に支えられているような、そんな印象を受けます。真の強さとは、一人では決して生まれないものなのでしょう」
慧は一瞬、画面の向こうで光る小さな影のようなものを見たような気がしたが、それについては言及しなかった。
「真実は時として美しく、時として残酷です。でも、それでも伝える価値がある——それが記者という職業の使命なのでしょう」
画面の向こうで、最終決戦が始まろうとしていた。