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第144話

 竹林から立ち上る黒い霧が徐々に晴れていく中、俺は深く息を吸った。

 第一波の黒姫たちは何とか撃退できたが、これで終わりではない。

 むしろ、ここからが本番だ。


 空気が再び重くなり始めている。

 地面の微かな震動が、次なる脅威の接近を告げていた。


「アスちゃん、次の波が来そうだよ」


 天空に浮かぶククルが、例のゴル〇13アイマスクをつけたまま警告してくれる。

 あの劇画調の鋭い目が俺を見下ろしている光景は、相変わらずシュールの極みだった。


「承知している。この闇より来たりて光を操る者、アストラルの真なる力——」



 その時、俺の視界の端で相変わらずカメラを構える影があった。

 ダンジョン部の面々だ。


「おい、第二波も絶対に記録しないと! さっきの映像、もう1000回再生突破したぞ!」


 部長の金髪が興奮でざわついている。懲りないやつらだ。


「部長……お願いです! 危険すぎます!」


 村山匠が眉をひそめながら警告するが、もはや聞く耳を持たない。


「黙れ村山! これは歴史的瞬間なんだ! 俺たちが記録しなければ誰がやる!」


 地鳴りと共に、竹林の奥から異様な影がゆっくりと立ち上がった。



 

 ——第二波:黒鳥居の行列——




 黒い鳥居。


 だが、それは神社にあるような神聖なものではなく、全体が黒く侵食され、表面には禍々しい古代文字が血のように浮かび上がっている異形の存在だった。

 高さは軽く15メートルを超え、二本の柱が巨大な足のように地面を踏みしめながら、ずしりずしりと歩いて移動している。


禍門まがど……Aランクモンスターだと!?」


 俺の呟きと共に、戦場の空気が一変した。

 これまでの黒姫とは格が違う。

 圧倒的な威圧感に、俺の足が無意識に後ずさりしてしまう。


「うわあ、でっかい鳥居が歩いてる! でもなんかすっごく怖い感じがするよ……」


 ククルが驚きの声を上げる。

 ゴル〇アイマスクをしていても、その異常な邪悪さは感じ取れるらしい。



 そんな中、上品な笑い声が響いた。


「あらあら、第二波がいらっしゃいましたわね」


 振り返ると、そこには見覚えのある赤褐色の髪の美女——エリカ・スターリングが立っていた。

 彼女は例の台座付きのグラナイトエクスカリバーを肩に担いでいる。


「さあ、参りましょうか」


 エリカが優雅に剣を構える姿に、俺は思わず見とれそうになった。

 どんな状況でも気品を失わない彼女の佇まりは、まさにヨーロッパの貴族のようだった。



 その時、グオオオオという巨大な鳴き声が響いた。


 禍門が本格的な攻撃を開始したのだ。


 黒い鳥居から放射される禍々しいエネルギーが、周囲の空間を歪め始める。

 近くにいた自衛隊員の一人が、突然姿を消した。転送されてしまったのだ。


「危険だ! みんな、禍門から距離を取れ!」



 林勇太郎一等陸佐の指示が響く中、俺は戦闘態勢に入った。


「貴様の邪悪なる転送など、この闇より来たりて光を操る者には通用せぬ!」


 俺は【神々(フラッシュ)の光眼(ディバイナー)】を発動した。

 眩い光が禍門を照らし、一瞬だけその転送能力を阻害する。


 しかし——


「グルオオオオ!」


 禍門の反撃は俺の想像を遥かに上回る凶悪さだった。

 鳥居の上部から放射される暗黒の光線が、俺の【神々の光眼】を完全に相殺してしまう。


「くそっ! 光が消されただと!?」


 俺は慌てて回避行動を取ったが、Aランクモンスターの攻撃速度についていけない。

 暗黒光線が俺の左腕をかすめ、激痛が走った。


「アスちゃん!」


 ククルが心配そうに声をかけるが、禍門の攻撃はさらに激化する。


 空間歪曲転送攻撃!


 俺の立っていた地面が突然消失し、100メートル上空にいきなり転送される。


「うわあああああ!」


 重力に従って落下する俺に、禍門が追撃の暗黒光線を放つ。

 回避する術もなく、このままでは——


 その瞬間だった。



「【八方支援陣はっぽうしえんじん】!」



 林勇太郎一等陸佐の力強い声が戦場に響いた。


 突如として、戦場全体に巨大な八角形の魔法陣が展開される。

 金色と銀色が混ざり合った美しい結界が、空中の俺も含めて全体を包み込んだ。


 視界共有——


 瞬間、俺の視界にエリカの目線、林一等陸佐の目線、そして避難誘導中の自衛隊員たちの視点が重なった。

 禍門の全方位の動き、死角に隠れた古代文字の配置、足元の地面の亀裂——全てが立体的に、360度の視点で把握できる。


「これは……すげえ! 死角が全くない!」



 指揮官の声——


「アストラル、君の左2時方向に弱点となる古代文字がある。ククル、ウィルオーウィスプの準備を。エリカ、右側面から陽動を仕掛けてくれ」


 林一等陸佐の指示が頭の中に直接響く。

 同時にエリカの思考、ククルの意図も部分的に共有され、完璧なタイミングが計れる感覚だった。



 潜在力覚醒——


 俺の落下速度が急激に緩やかになり、まるで羽毛のようにゆっくりと地面に降り立つ。

 そして同時に、体に温かい力が宿る感覚。

 これまでのBランクの限界を超えた、明らかにAランク相当の魔力が湧き上がってくる。


「すげえ……これが一ランク上の力か!」



 傷害分散——


 さらに、俺が受けるダメージが結界内の全員に分散される安心感も伝わってくる。

 致命傷を負っても、みんなで分け合えば軽傷で済む。仲間と繋がっている実感が胸を熱くした。



 禍門が反撃に転じようとしたその時——



 エリカが右側面から陽動攻撃を仕掛ける。


「【グラナイトエクスカリバー・インパクト】!」


 台座の重量を活かした一撃が禍門の注意を引きつけた。

 共有視界で確認できた弱点——鳥居の横木の中央にある黒い宝珠に、俺は狙いを定めた。



 今こそ、伏見稲荷ダンジョン30層ボス・稲荷神骸から命がけで手に入れた切り札を使う時だ!


「――遂に来たか、神の力を示す時が!」


 俺は右手を高く掲げ、スキルブックから稲荷神骸の魂が宿ったカードを引き抜く。


「【攻撃時20%で5連撃・対強敵確率上昇】発動!! 稲荷の神よ、我に力を貸せ!」


 瞬間、俺の周囲に五つの狐火が現れ、美しい光の軌道を描きながら回転を始める。

 敵が強力なほど発動率が上昇する——この禍門相手なら、神の加護は必ず俺に微笑むはず!


「我が闇の力よ、裁きとなりて敵を貫け!」


 俺は両手を天に向け、渾身の力で詠唱する!


「【漆黒の(アビス・ファイナル)終審(ヴァーディクト)】!!」


 夜空を切り裂くような闇のエネルギーが三発の弾丸として放たれ——

 その瞬間、稲荷の狐火が一斉に輝いた!



 【攻撃時20%で5連撃・対強敵確率上昇】発動! 神の加護により、三発の攻撃が五連続の連撃へと変化する!


「ググググ……オオオオ……」


 五連続の闇弾が直撃し、禍門が大きく怯む。


「今だ! 最後の一撃を!」


 林の指示が頭に響く中、ククルが渾身の力で白い魂火を放つ!


「カモーン! ウィルオーウィスプ!」


 白く輝く魂火が禍門に憑依し、次に受ける攻撃のダメージを2倍にする呪いをかけていく!


「【神罰の(ジャッジメン)聖痕(トクロス)】!」


 天から降り注ぐ光の十字架が、ウィルオーウィスプで呪われた禍門の核を完璧に貫いた——2倍の威力で!


 巨大な鳥居がゆっくりと倒れ、黒い粒子となって消散していく。

 蝕種特有の黒い光の粒子が風に舞って、やがて無に帰していった。




「第二波、撃破完了!」


 エリカが勝利宣言をする中、俺は八方支援陣の効果で体に満ちていた力がゆっくりと引いていくのを感じた。

 同時に共有されていた視界も元に戻り、少し寂しいような不思議な感覚だった。


「ありがとうございます、林一等陸佐。あの支援陣がなければ——」


「礼はいらん。君の戦術判断力があってこその勝利だ。Bランクでありながらあの冷静さと適応力、見事だった」


 林一等陸佐の言葉に、俺の胸が熱くなった。

 一人では絶対に勝てなかった相手を、仲間との連携で撃破できた達成感は格別だった。


 そんな中、ダンジョン部の面々は——


「うおおお! すげー映像撮れた!」


「あの連携攻撃とかマジで神すぎる!」


「エリカの台座剣攻撃とアストラルの支援陣コンボ、絶対話題になるって!」


 相変わらず撮影のことしか頭にない。

 しかし——



「すごい……本当にヒーローなのかも……」


 田辺の小さな呟きが聞こえた。

 その声には、洗脳の向こうに隠れていた素直な感動があった。


「え? 田辺、何言って——」


「で、でも実際すごかったよね……」


 一瞬だけ、人間らしい反応を見せる部員たち。


 俺の心が少し温かくなる。


(そうだ……完全に諦める必要はない)


 村山が俺の元に駆け寄ってきた。


「ありがとうございました! 皆さんを守っていただいて……」




 その時、俺のスマホに星凛からの緊急連絡が入った。


「阿須那! 大変や! 敵の通信を傍受したで!」


 慌てた関西弁が画面越しに響く。

 彼女の背景には避難所の簡易テーブルに置かれたノートパソコンと、志桜里のライブ用機材が見え、その合間を縫うように複数のスマホが並べられていた。


「第二波完了って暗号化されたメッセージや! 予想以上にスムーズに進んでるって……第三波で本格的な情報戦を開始するって書いてある!」


 星凛の声に緊張が走る。画面の端で志桜里が避難者の子供たちに手を振る姿がちらりと映る。


「もっとヤバいのが最後の一文や……『今度こそ、全てを絶望に叩き落としてやる』って!」


 背後から避難所のざわめきと志桜里の歌声が微かに聞こえ、星凛が二つの重要な任務を同時にこなしていることが分かった。


 俺の背筋に、これまでにない寒気が走った。


 第三波——それは単なるモンスターの襲撃ではない。

 何かもっと大きな、破滅的な計画の始まりなのだ。


 遠くの竹林から響く不気味な太鼓の音が、運命の時が近づいていることを告げていた。



 俺は拳を強く握りしめた。

 まだまだ戦いは続く。

 だが、この闇より来たりて光を操る者、アストラルの真なる力と仲間たちとの絆で、必ずや全てを打ち破ってみせる!

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