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第143話

 その時、周囲の探索者たちや関係者から大きなどよめきが起こった。

「おい! あれが噂の……!」

「本物のアストラルか!」

「昭和記念公園で活躍したって聞いてたが」

「エリカ・スターリングがテレビで擁護してた新人だろ?」

「偽ヒーローって噂もあったが、Sランクが嘘だって証言してたしな」

「学生を庇おうとしてる……本物じゃないか」

「おい、戦況記録係! ちゃんと撮っておけよ」

「アストラル! 頑張れ!」

「京都を守れ〜!」

「まあ、中二病はちょっと引くけど……」

「でも結果が全てだからな」

「現場で体張ってるなら文句は言えんよ」


 予想以上に温かい声援が多く、俺の心臓が別の意味で激しく鼓動する。

 ああ……エリカとレオンが守ってくれたんだ……。


 周囲を見回すと、応援に駆けつけた他県の探索者たちや自衛隊関係者の多くが俺に期待の眼差しを向けている。

 もちろん、まだ疑いの目を向ける者もいるが——

「まだちょっと信用できんな」

「でも目の前で命がけで戦ってるのは事実だぞ」

「テレビでS級の人らが保証してたし……」

「とりあえず今は結果で判断するしかないな」

「頼むぞ、新人!」


 懐疑的な声もあるが、明らかに以前より好意的な反応が増えている。

 アンナたちの情報操作に負けず、真実を信じてくれる人がこんなにも——


 

 そうか。俺は一人じゃない。

 エリカやレオン、そして真実を見極めてくれる人たちが支えてくれている。


 内心では「みんなの期待に応えられるだろうか……」という緊張が渦巻いているし、手のひらは冷や汗でびっしょりだ。

 それでも、この温かい声援が俺に勇気をくれる。


「不埒なる黒き者どもよ、闇と光の審判の前に平伏せ!」


 俺は声に出すことで自分の不安を力に変えようとしていた。

 温かい声援が背中を押してくれる中、堂々と宣言する。




「部長!」


 高台から聞こえてきた声に振り返ると、眼鏡をかけた細身の少年——村山匠が息を切らして駆け寄ってきた。


 彼は追いかけてきたのだ。

 仲間たちを救うために。


「いい加減にしてください!」


 村山の声は震えていたが、そこには確固たる意志があった。


「僕たちがここにいること自体が間違いなんです! アンナの洗脳に気づいてください!」


「あ? 何だよ村山、まだそんなこと言ってるのかよ」


 部長の軽蔑的な視線に、村山は拳を強く握りしめた。

 俺には分かった。彼がどれほどの勇気を振り絞って、この言葉を口にしているか。


「君たちは騙されているんです!」


 村山の声が次第に力強くなっていく。


「アンナは『探索者協会特別研究員』なんかじゃない! 君たちを利用しているだけなんです!」


「村山はいつもそうやって水を差す」


 部長の声は機械的だった。

 まるで誰かの言葉を再生しているような——


「俺たちの正義を理解しない」


 部長の声は機械的だった。

 まるで誰かの言葉を再生しているような——

 そこに本来の彼はいない。アンナに操られた人形があるだけだ。


「僕は君たちを守りたくて、部を辞めてまで真実を伝えようとしたんです!」


 村山の声が涙声になった。


「母さんがカルト教団に騙されたのと同じです! 皆さんはアンナに——」


 だが部長が振り返った瞬間、その瞳に一瞬だけ『助けて』という光が宿った。

 しかし次の瞬間には、再び空虚な笑みに変わってしまう。




 俺は覚悟を決めた。

 今度は迷いはない。言葉ではなく、行動で示してみせる。

 信じてくれる村山のために——そして、本当は助けを求めているダンジョン部のみんなのために。


神々(フラッシュ)の光眼(ディバイナー)】で敵をひるませた後——


「我が闇の力よ、裁きとなりて敵を貫け! 一週間の特訓の成果、ここに示さん——」


 俺は両手を天に向け、渾身の力で詠唱する!


「【漆黒の(アビス・ファイナル)終審(ヴァーディクト)】!!」


 夜空を切り裂くような闇のエネルギーが三発の弾丸として放たれ、黒姫たちを正確に貫いた。


「うわあああ!」

「やべー、マジで倒してる!」

「あの技、名前長すぎない?」

「でも効果は本物だ!」

「カッコつけてるけど実力あるじゃん」

「ちょっと中二病だけど……すげー」


 ダンジョン部の生徒たちから歓声が上がった。

 しかし、その反応はまちまちだった。


「やっぱり偽ヒーローのパフォーマンス」

「アンナ様の予言通り」


(やっぱりか……)


 また湧き上がる苛立ち。

 でも今度は最初ほど激しくない。

 村山の必死な説明を聞いた後だからか、怒りの奥に哀しみが混じっている。


(分かってる。彼らは操られてるんだって、分かってる)


 拳を握りしめる。

 理性では理解できても、心がついていかない。

 悔しいのは、彼らの言葉が的外れじゃないからかもしれない。

 俺は確かに、まだ偽物に近いヒーローなのかもしれないから。


(でも……それでも)


 感情を飲み込む。

 苦いけれど、これも成長の一部なんだろう。



 一方で——


「でも……あの技術、本物じゃない?」

「CGじゃあんな風には……」


 田辺と呼ばれた1年生の少女が口ごもる。


「す、すごい……本当にヒーローなのかも……」


 この子たちの困惑した声に、俺の怒りが少し和らいだ。



(そうだ……全員が完全に洗脳されてるわけじゃない)


 今日の戦いは、モンスターとの戦いだけじゃない。

 人の心に巣食う「絶望」「洗脳」「諦め」との戦いでもあるのだ。




「村山!」


 俺は村山に向かって叫んだ。


「お前だけでもいい! みんなを安全な場所まで連れて行ってくれ!」


 村山は一瞬躊躇した。

 だが、やがて強い決意の光を瞳に宿して頷いた。


「分かりました! 僕が必ず——」


 その時、新たな黒姫の群れが現れた。

 今度は20体以上だ。


「アスちゃん! 危ない!」


 ククルの警告が響く中、俺は覚悟を決めた。

 洗脳されていようが、誤解されていようが——俺は彼らを守る。

 それが俺の、アストラルの正義だから。

 だが、その決意を試すかのように——


「うわああああ! アスちゃ~~ん!」


 ククルの悲鳴が空に響いた。

 ゴル〇13のアイマスクで視界を完全に遮られた彼女が、空中でくるくると回転しながら慌てふためいている。


「気配が……気配がいっぱいだよ〜! ゾワゾワする〜! すっごく邪悪な感じが50個以上も!」


 竹林の奥から現れたのは、先ほどの倍以上の黒姫の大群。

 ククルの鋭敏な霊感が察知した通り、その数は優に50体を超えていた。


「くっ……!」


 俺一人では、とてもこの数は——




「これは……大変な状況でござんすな」

 

 風を切るような鋭い足音と共に、股旅姿の男性が瞬時に現れた。


 ハヤテだった。


(助かった……でも)


 安堵感と同時に、複雑な気持ちが胸を満たす。

 また誰かに助けられることへの歯がゆさ、そして——ダンジョン部への苛立ちがまだ完全に消えていない自分への嫌悪感。


 普段の飄々とした雰囲気は微塵もなく、その身のこなしは獲物を狙う猛禽のように鋭い。

 三度笠の下から覗く瞳には、戦士としての凄まじい殺気が宿っていた。


「阿須那、少し下がって欲しい」


 ハヤテが刀の柄に手をかけた瞬間、周囲の空気が一変した。

 まるで嵐の前の静寂のような、張り詰めた緊張感が辺りを包む。


 そして——。



「【疾風斬しっぷうざん】」


 一閃。


 ハヤテの刀から放たれた青白い衝撃波が、黒姫の大群を薙ぎ払った。

 50体以上いた敵が、たった一撃で半分以下にまで減っている。



「うわあああ! 何だあの人!?」


「化け物だ! 人間じゃない!」


 ダンジョン部の生徒たちが恐怖に震えている。

 そりゃそうだろう。

 俺でさえ、ハヤテの実力には毎回驚かされる。



 だが、それでもまだ敵は残っている。

 黒姫たちは倒された仲間の死体から黒い液体を吸収し、より強大な力を得ようとしていた。


「なるほど……」


 ハヤテが眉をひそめ、敵の動きを注意深く観察した。


「根系で繋がっているようでござんすな。一体倒しても、その力が他に分散される」


 つまり、全てを一気に殲滅しない限り、敵は無限に強化され続けるということだ。


「ハヤテ、俺に任せてくれ」


 俺は前に出た。

 胸の奥で、光と闇のエネルギーが渦巻いている。


「我が光と闇の力よ……融合し、絶対なる檻となりて現れよ! 【闇光檻デュアルバインドケージ】!」


 光と闇のエネルギーが混じり合い、残った黒姫たちを巨大な檻で囲み込んだ。

 敵が動こうとするたびに、檻の壁から光と闇の弾丸が放たれ、動きを封じる。


「今だ!」


 俺の合図と共に、ハヤテが最後の攻撃に移った。


「【連環刀れんかんとう】」


 複数の幻影が現れ、檻の中の黒姫たちを四方八方から同時攻撃する。

 敵は逃げ場を失い、次々と黒い粒子となって消滅していく。




 最後の一体が倒れた時、辺りに静寂が戻った。


「やったー! アスちゃん、ハヤテ、お疲れさま!」


 ククルが嬉しそうに宙で回転する。

 その無邪気な笑顔を見て、俺の心も少し軽くなった。


 だが——


「すげー! これは絶対にバズる!」

「SNSに上げよう! 再生数稼げるぞ!」


 ダンジョン部の生徒たちが、まだカメラを回し続けていた。



(結局これなのか……)


 胸の奥で、諦めにも似た疲労感が広がっていく。

 さっき少し希望を抱いた分、落胆も深い。

 理解しようと努力した自分が馬鹿らしく感じられて——


 俺は深いため息をついた。

 疲労感と同時に、深い失望感が胸を満たしている。


 人が命がけで戦っているというのに、彼らの関心は再生数と話題性だけなのか。


(こいつら……)


 歯を食いしばる。

 感情を抑えようとするが、どうしても腹立たしさが込み上げてくる。


「こんなことを続けていては——」


 村山だけは違った。

 彼は仲間たちを見て、明らかに困惑し、苦悩していた。


 その姿を見て、俺の心に小さな変化が生まれる。

 怒りだけじゃダメなんだ。

 村山みたいに、粘り強く向き合い続けることが——


「うるせー! お前はいつもそうやって水を差す! これが俺たちの正義なんだよ!」


 正義。


 その言葉が、俺の迷いを吹き飛ばした。

 もう怒りじゃない。確かな決意が胸に宿る。

 彼らなりの正義があるなら、俺にも俺なりの正義がある。



 だが、俺が何かを言う前に——


 遠くの竹林から、再び不気味な地鳴りが響いてきた。


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