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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第二部最終章「翠影の終焉 ―血脈と月夜に響く革命の調べ―」
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第142話

 11月30日、午前8時15分。


 俺の予想は的中した。


 嵐山竹林の向こうから響いてきた不気味な地鳴りと共に、空が一瞬で暗雲に覆われる。

 まるで自然そのものが恐怖に震えているかのように、風が止み、鳥たちの鳴き声が一斉に消えた。


 静寂。

 それは嵐の前の——死の前兆だった。


「来たな……」


 俺は古い石垣の陰に身を隠しながら、アストラルの衣装——漆黒のマントと純白の仮面、そしてとんがり帽子を急いで身につけた。

 心臓の鼓動が太鼓のように響き、手のひらには冷や汗が滲む。

 昨夜ハヤテと交わした約束が胸の奥で燃えている。


 『生きて帰る』——それが俺たちの血の誓いだった。


 竹林の奥から立ち上る淡い緑色の霧が、朝の陽光を不気味に彩りながら広がっていく。

 その霧の中から、まるで幻想的な夢の世界から現れたように姿を現したのは——




「これが……黒姫……」



 思わず息を呑んだ。


 美しい、あまりにも美しい少女たちだった。

 腰まで届く艶やかな黒髪、雪のように白い肌、深い黒の着物を身にまとった日本人形のような姿。

 高さは120センチほどで、まるで高級な雛人形が命を得たかのようだった。


 だが——何かが違う。


 その美しさには、言いようのない違和感があった。

 漆黒の瞳は光を反射せず、まるで深い穴のように暗い。

 口元には常にかすかな微笑みが浮かんでいるが、その笑みは決して目には届かない。


 そして最も異様だったのは、彼女たちが地面から「生まれてくる」様子だった。


 竹の節が裂け、そこからするすると美しい人形の頭が現れる。

 やがて肩が、胸が、腰が——まるでかぐや姫のように、竹から美しい少女が立ち上がってくる。



 一体、また一体、また一体——


「150体以上……いや、200体は確実にいるな」



 竹林の各所から次々と現れる黒姫たちが、古の雅な舞を踊るように優雅な動きで京都市街地に向かって進んでいく。

 着物の袖や裾からは細い竹の根が這い出し、地面に深く根を張りながら移動している。


 その光景は、美しくも恐ろしい悪夢の行進だった。




「アスちゃん!」


 天空から響くククルの声に振り返ると——



「って、何だそのアイマスクはっ!!」



 俺は思わず絶叫した。


 ククルの顔にはアイマスクが装着されていたのだ。

 だが、それは可愛らしい動物柄でも、上品な無地でもなく——



「ゴル〇13かよ!!」



 黒いアイマスクに、あの有名な劇画調の鋭い目がくっきりと描かれている。

 半透明の幽霊少女が、ゴル〇13の眼光で宙に浮いている光景は、シュールを通り越してもはや世紀末だった。


「えー、だって!」


 ククルは無邪気に胸を張った。


「ゴル〇って絶対に標的を見逃さないでしょ? だから……その、見ちゃいけないものも見逃さないかなって——」


「理屈が斜め上すぎる!!」


 俺の絶叫が朝の竹林に響く。

 思わず頭を抱えたくなったが、今はそんな場合じゃない。


「それに、どこでそんなマニアックなアイマスク手に入れたんだよ!」


「昨日の夜中にドン・〇ホーテで♪ 深夜営業って便利だよね〜」


 ククルの天然な返答とゴル〇の眼光のギャップに、俺の頭がくらくらした。

 だが、彼女なりに死体恐怖症対策を真剣に考えた結果なのだろう。


「まあ……効果があるなら何でもいいか」


「うん! これで完璧だよ! ……たぶん」


 その「たぶん」が不安すぎるが、今は信じるしかない。



 突然、嵐山の彼方から異様な気配が立ち上がった。

 黒姫たちの軍勢が、ついに本格的な侵攻を開始したのだ。

 彼女たちは美しい日本舞踊のような動きで、京都市街地に向かって雅な死の行進を始めている。


「行くぞ、ククル! 闇より来たりて光を操る者——不気味な魔術師アストラルの真なる力、見せてやる!」


「了解! このゴル〇アイで敵の動きを完璧に把握するよ!」


 俺たちは石垣を飛び越え、運命の戦場へと駆け出した。




 ◇◇◇




 ——第一波:竹林の黒き舞——



 戦場となった嵐山の麓は、幻想的でありながら恐怖に満ちた光景と化していた。


 黒姫たちが放つ淡い緑色の息が辺り一面に立ち込め、その毒気に晒された自衛隊員や探索者たちの様子が異常だった。

 多くの者が黒姫たちの美しさに見とれ、まるで人形のようにぼんやりと立ち尽くしている。


「第一波、黒姫約180体確認! 制限区域への侵入開始!」


 無線から聞こえる自衛隊員の報告に、俺の背筋が凍る。

 180体——しかも今度は心理的な攻撃も加わった、これまで戦ってきたダンジョンの比ではない敵だった。

 指揮所では林勇太郎一等陸佐が冷静に指示を出し、その隣でエリカ・スターリングが台座付きのグラナイトエクスカリバーを構えて立っている。


「探索者各位、展開位置に就いてくださいな。敵の毒息と魅了攻撃に注意し、できるだけ直視を避けてください」


 エリカの上品な口調での戦術指示が、無線を通じて各所に伝達される。

 俺は指揮所から少し離れた高台で、黒姫たちの動きを観察していた。

 美しい外見とは裏腹に、彼女たちは恐ろしく計算された戦術を取っている。


「あの動き……知性がある」


 先頭集団が魅了した自衛隊員や探索者を「人形の舞」で操り、後続部隊がそれを盾にして建物の死角に身を隠す。

 まるで古代の精鋭忍者部隊のような統制された動きだった。





「アスちゃん、気をつけて!」


 ククルの声に振り返ると、俺の足元から黒姫が一体、地中からするすると立ち上がってきていた。

 美しい微笑みを浮かべながら、長い黒髪が触手のように俺に向かって伸びてくる。


「【冥府の(デスサイズ・)使者(ファントム)】!」


 咄嗟に発動した闇魔法が、黒い鎌の形で具現化する。


 しなやかな音。


 黒姫の髪の毛と俺の鎌が激突し、絹の音が響いた。

 だがその髪は見た目に反して鋼鉄のワイヤーのような強度を持ち、俺の体が後方に引かれる。


「くっ……!」


 俺は歯を食いしばりながら、必死に鎌で髪を切断しようとした。

 だが、切れた髪からは新たな触手が分裂し、俺を絡め取ろうとする。


 間一髪、俺は【幻影奈落行ヴォイド・シャドウステップ】で後方に瞬間移動した。


 淡い緑の息が俺の元いた場所を覆い、黒姫の髪が虚空を探る。




「情報共有するぞ」


 俺は通信機器のスイッチを入れた。


「こちら、不気味な魔術師アストラル。敵は地中移動が可能で、心理攻撃も使用する。直視は避け、音や気配で位置を把握することを推奨する」


「了解、アストラル」


 林一等陸佐の声が返ってくる。


「各部隊に伝達する。貴重な情報をありがとう」


 通信を切った瞬間、俺の背後で聞き覚えのある声がした。




「おい、あれアストラルじゃないか?」


「マジ? 例の中二病ヒーロー?」


 振り返ると、そこには見覚えのある制服姿の高校生たちがいた。



 ダンジョン部。



 俺の心臓が一瞬止まった。本当にここに来たのか——


「何をしている!? ここは君たちには危険すぎる!」


 俺は思わず声を荒げた。

 Bランクスタンピードの最前線で、低ランクの探索者が来るような場所じゃない。


「決まってるだろ!」


 金髪の少年——部長が興奮気味に答えた。

 手には高性能カメラが握られている。

 しかし、その瞳にはどこか空虚な光が宿っていた。


「スタンピードの真実を記録するんだ! 俺たちが世界に本当のことを伝える!」

 

 その瞬間、俺は気づいた。

 部員たちの表情が妙に統一されているのだ。

 まるで同じ思考回路で動いているかのような——


「アンナ様の指導の通りに」

 副部長格の生徒が機械的に呟く。


「私たちは選ばれし記録者です」

 別の部員も同じような抑揚で続けた。


 俺の背筋に寒気が走った。これは村山が警告していた洗脳の状態なのか。


「危険すぎる。すぐに避難区域まで戻れ」


「うるせー! 偽ヒーローに指図される筋合いはない!」

 部長の声は怒りに満ちていたが、俺にはその奥に何か別の感情が見えた。

 諦め? それとも——『頼む、俺たちを見捨ててくれ』と訴えているような絶望?


 しかし、その複雑な表情は一瞬で消え、再び空虚な笑みに変わった。


「お前、ヒーローなんだろ? だったら死者を出さずに全てを守ってみせろよ」


 その言葉は挑発のように聞こえたが、部長の震える拳を俺は見逃さなかった。


 その瞬間、俺の中で激しい感情が渦巻いた。

 理性では分かっている——彼らは洗脳されている被害者だと。

 部長の震える拳も、瞳に宿る『助けて』という光も見えている。


 だが、俺が何かを言う前に——



「うわあああ!」

 竹林の奥から、美しい女性の上半身と漆黒の長髪を持つモンスターが現れた。

 黒姫だ。


 その髪の触手が蛇のようにうねり、足元からは黒い液体が滲み出している。


「きゃー! 美人!」


「え、モンスター? でも綺麗!」


 ダンジョン部の何人かが魅了されたような表情を浮かべる。

 しかし、俺は気づいていた。

 黒姫の口から淡い緑色の息が流れ出し、彼らの体が徐々に硬直し始めているのを。

 その時、黒姫の口から淡い緑色の息が俺に向かって流れてきた。


 甘い花の香りに混じって、何か危険な匂いが——


「毒息!」


 咄嗟に俺は叫んだ。

 ダンジョン部の生徒たちが徐々に硬直し始めているのを見て、これが魅了と麻痺の複合攻撃だと理解する。



 だが——俺には切り札がある。


「伏見稲荷で手に入れた力、今こそ使う時だ!」


 俺はスキルブックから朱色に輝くカードを引き抜いた。



 【フィールドと範囲攻撃の毒効果の耐性+70% 状態異常完全無効3回】発動!



 瞬間、俺の全身を淡い朱色の光が包み込む。

 伏見稲荷ダンジョンで倒した朱雨蛾から得た、毒と状態異常への完全なる防御——


 黒姫の毒息が俺の体に触れた瞬間、朱色の光がそれを完全に弾き返した。



「な、何だって!?」


 部長が驚愕の声を上げる。


「毒が効いてない……!」


「どうして平気なんだ?」


 ダンジョン部の生徒たちが困惑している間に、俺だけが毒息の中でも正常な思考を保っていた。


「お前たち! その場から動くな! 毒息の範囲内にいると危険だ!」


 俺は魅了で動けなくなった彼らを守るため、黒姫との間に立ちはだかった。


「ククル! ヘビーミストで生徒たちを守ってくれ!」


「了解!」


 ククルの白い霧がダンジョン部の周囲を覆い、毒息から彼らを保護する。


 そして俺は——


「貴様ら! この闇より来たりて光を操る者、不気味な魔術師アストラルの前で愚行を犯すとは!」

 

 【冥府の使者】を発動し、黒い鎌で黒姫の髪の触手を薙ぎ払った。


「すげー! 毒が全然効いてない!」


「本当にヒーローなのか……?」


 ダンジョン部の生徒たちの反応が、少しずつ変わり始めているのを俺は感じていた。


 

「早く逃げろ!」


 だが、魅了から醒めたダンジョン部の生徒たちは——


「すげー! これは絶対バズる!」


「アストラルの戦闘シーン、超貴重じゃん!」


 再びカメラを俺と黒姫に向けていた。



「駄目だ、この人たち……早くなんとかしないと」


 ククルの声が震えていた。

 ゴル〇13のアイマスクをつけていても、その声には明らかな困惑が込められている。


「時々、本当の表情が見えるの。苦しそうで、助けを求めてるような……でも次の瞬間には、また空っぽになっちゃう」


 幽霊である彼女だからこそ見える魂の状態。

 ダンジョン部の生徒たちは、心の奥で必死に抵抗しているのだ。


 俺は【幻影奈落行】で黒姫の攻撃を躱しながら、複雑な感情を抱いていた。


 怒り? いや、違う。


 悲しみだった。


 彼らも被害者なのだ。

 アンナという女に洗脳され、本来の自分を奪われた——


「これはゲームじゃない!」

 俺は戦いながら叫んだ。

 怒りと苛立ちが声に混じっているのが自分でも分かる。


「現実だ! 人が死ぬんだぞ!」


「何をビビってるんだよ」

 部長が鼻で笑った。

 その機械的な笑い方に、俺の怒りは頂点に達する。


(くそ……! なんで俺がこんな……)


 だが、次の瞬間に部長の瞳に宿った『助けて』という光を見て、俺は愕然とした。


(……俺は何をやってるんだ?)

 怒りに支配された自分への嫌悪感が込み上げる。

 彼らも被害者なのに、なぜこんなに腹を立ててしまうのか。


「だって、ヒーローなんでしょ?」

 田辺の震え声が追い打ちをかける。


「人を救うのがヒーローの仕事じゃん。できないなら最初からヒーローなんて名乗るなよ」


 その瞬間、俺の中で何かが切れそうになった。


(言われなくても分かってる! でも……)


 感情と理性が激しく衝突している。

 怒りと同情、苛立ちと使命感——全てが混じり合って、俺自身が混乱していた。


 だが——それでも。


「絶対に見捨てない」

 俺は歯を食いしばりながら決意を口にした。


「洗脳されていようが、俺を挑発しようが——お前たちも守る」


 この矛盾した感情のまま、それでも行動する。

 それが俺なりの答えだった。


 理不尽に腹が立つ。

 でも——見捨てられない。


 完璧なヒーローじゃない。

 でも——諦めるわけにはいかない。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 何の作品だったかちょっと忘れましたが。こんな感じでヒーローを煽るバカを見捨てる→当然バカ共はキレる→ヒーローが「お前ら何か勘違いしてないか?お前らが『守られる権利』とかほざいてる…
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