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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第七章「嵐山竹林ダンジョン —血盟と絶望の夜明け、そして希望の光—」
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第137話

 ホテルにチェックインを済ませた後、コンビニで買った弁当を膝の上に置き、テレビのニュース番組に釘付けになっている。


「今夜は、間もなく発生が予想される京都嵐山竹林ダンジョンでのBランクスタンピードについて、国際探索者協会から派遣されたSランク探索者の方々にお話を伺います」


 アナウンサーの言葉と共に、見慣れた二人の姿が画面に映し出された。


「うわあ! エリカとレオンだ!」


 ククルが興奮して宙で跳ね回った。


「テレビに出てるなんて、すごいね!」


 箸を止めて画面を見つめた。

 エリカは相変わらずの上品な笑顔で、レオンは少し疲れた表情を浮かべていた。

 だが、二人とも画面を通してもはっきりと分かるプロフェッショナルなオーラを放っている。


「エリカ・スターリングさん、まず今回のスタンピードの危険度について教えてください」


 インタビュアーの質問に、エリカが丁寧に答えた。


「Bランクスタンピードは確かに深刻な脅威ですが、適切な準備と対応があれば、被害は最小限に抑えられます。重要なのは、市民の皆様が避難指示に従って行動していただくことです」


「レオン・クロスさんはいかがですか?」


 レオンが少し苦笑いを浮かべた。


「正直に言えば、楽観視はできない状況です。ただし、日本の自衛隊と探索者協会の連携は世界でもトップクラス。必ず乗り越えられると信じています」




「実は視聴者の皆様から、別の件についてもご質問をいただいているのですが」


 阿須那の手が、思わず弁当の箸を握りしめた。

 嫌な予感が胸をよぎる。


「最近、SNSやネット上で『アストラル』と『ハヤテ』という日本の探索者について、様々な疑問の声が上がっているようです。特に、探索者協会の元職員と名乗る人物による内部告発動画が話題になっていますが、お二人は昭和記念公園のスタンピードで実際に彼らの活動をご覧になったと伺っています」


 その質問を聞いた瞬間、阿須那の胸が重くなった。


「やっぱり……全国放送でも取り上げられてしまった」


「アスちゃん……」


 ククルが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。




 画面の中のエリカの表情が、一瞬で変わった。

 上品な笑顔が消え、代わりに鋭い怒りの光が瞳に宿る。


「まず、その『内部告発動画』についてですが」


 エリカの声には、これまでにない厳しさがあった。


「現場を知る者として断言いたします。あの動画は明らかな偽造です」


 阿須那は息を呑んだ。

 エリカがこれほど断定的に言うなんて。


「私は昭和記念公園で、アストラルとハヤテの活動を最初から最後まで目撃しました。動画で語られているような『事前の打ち合わせ』や『演出』など、一切ありませんでした」


 エリカの声が次第に力強くなっていく。


「特に決定的なのは、動画の男性が『アストラルの戦闘は台本通り』と言っている点です。ですが現実には、彼は予想外の敵の攻撃パターンに対して、見事なアドリブで対応していました」


 レオンも割って入った。


「ちょっと待てよ」


 いつもの軽い調子とは違う、明らかに怒った口調だった。


「俺も現場にいたが、あの動画の内容はデタラメもいいところだ」


 レオンの拳が小刻みに震えている。


「『探索者協会がアストラルを広告塔として作り上げた』だって? 馬鹿馬鹿しい。協会がそんな無駄なことに時間を割くと思ってるのか?」


 彼は画面に向かって指を突きつけた。


「それに、もし本当に協会の職員なら、アストラルの活動記録くらい正確に把握してるはずだろ? でもあの動画の男は、昭和記念公園での戦闘の詳細を間違えまくってる」


 エリカが頷いた。


「その通りです。例えば、動画では『アストラルはケルトの幽霊王と戦わなかった』と言っていますが、実際には彼がトドメを刺したのです。私たちがサポートしたのは事実ですが、最後の一撃は間違いなく彼の功績でした」


「嘘つきめ」


 レオンが吐き捨てるように言った。


「現場で汗も流してない奴が、勝手に憶測で語るんじゃねえ」


 阿須那の目に、涙が浮かんだ。


「それに」


 エリカが付け加えた。


「もし彼らが本当に『組織的』に動いているなら、むしろ素晴らしいことではないでしょうか。探索者同士が協力し、連携を取ることは、市民の安全にとって最も重要なことです」


「そうそう」


 レオンが軽く手を振った。


「俺たちだって『組織的』に動いてるぜ? 国際探索者協会って組織にな。一人で戦うより、仲間と戦う方が強いに決まってる」


 インタビュアーが恐る恐る尋ねた。


「では、あの動画は完全な嘘だと……?」


「断言します」


 エリカの声に迷いはなかった。


「技術的な詳細は専門家に任せますが、少なくとも内容に関しては一片の真実もありません。誰かが意図的に彼らの名誉を傷つけようとしているのです」


 レオンも深く頷いた。


「アストラルってガキは確かに変わってる。中二病だし、台詞回しも独特だ。でも、あいつの目を見れば分かる。純粋に人を救いたいって気持ちで動いてるんだ」


 レオンの表情が一瞬だけ真剣になる。


「そんな奴を、根拠のない嘘で中傷するなんて、俺には理解できない」


 エリカが微笑んだ。


「アストラルには、まだまだ成長の余地があります。ですが、彼の持つ『人を救いたい』という純粋な想いは、多くの大人が見習うべきものです。私は彼を、次世代を担う優秀な探索者の一人として見ています」


 画面を見つめる阿須那の頬を、一筋の涙が伝った。


「アスちゃん……」


 ククルが優しく声をかけた。


「泣いてるの?」


「ああ……」


 阿須那は涙を拭いながら答えた。


「エリカとレオンが……俺たちの無実を証明してくれた」


 胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。それは感謝だけではなく、改めて湧き上がる使命感だった。

 偽造動画で傷ついた心が、ようやく癒されていくのを感じた。




 インタビュアーが締めくくりの質問をした。


「最後に一つお聞きします。『重慶の悪夢』では辛くも奇跡的な生還を果たしました。それだけでも相当な恐怖と覚悟を背負ったと思われます。それでもなおこのB級スタンピードに立ち向かい人々を守ろうとするその強い信念はなんでしょうか」


 その質問に、身を乗り出した。

 ククルも興味深そうに画面を見つめている。


 エリカは一瞬、遠い目をして重慶の空を思い返すような表情を見せた。

 その美しい顔に、ほんの僅かな影が差す。


「……そうですわね」


 彼女の手が無意識に胸の辺りに触れた。

 そこには見えないが、きっと大切な何かを身につけているのだろう。


「重慶では、確かに多くのものを失いました。仲間も、そして……大切な人も」


 エリカの声が一瞬だけ震えたが、すぐに毅然とした調子を取り戻す。


「レイラ……私の親友でした。彼女は最後の瞬間、私を庇って……」


 言葉が詰まりそうになったが、エリカは深く息を吸って続けた。


「でも、だからこそ分かったのです。命の重さと、それを守ることの意味を。私が生き残ったのは偶然ではありません。生き残った者には、失われた命の分まで責任があるのですわ」


 エリカの瞳に強い光が宿る。


「国籍なんて些細なことです。目の前で苦しんでいる人がいて、私に力があるなら——それが全てですわ。重慶で学んだのは、力を持つ者の義務。レイラの遺志を継ぐことが、私の使命なのです」




 レオンも続いた。


「はっ、重慶の悪夢ねぇ……」


 レオンは苦笑いを浮かべながら、いつものように軽い調子で話し始めた。

 だが、その瞳の奥には深い痛みが宿っている。


「確かにあれは地獄だったよ。崩壊する街、逃げ惑う人々、そして……」


 彼は一瞬言葉を切った。


「俺の目の前で、一人の少女が瓦礫の下敷きになった。手を伸ばせば届く距離だったのに、俺は……間に合わなかった」


 レオンの拳が小刻みに震えている。


「それ以来、俺は夢を見るんだ。『助けて』って叫ぶその子の声が、毎晩聞こえる」


 彼は自嘲的に笑った。


「でもさ、俺には『負けず嫌い』っていう致命的な欠点があるんだ。あの時救えなかった命があるからこそ、今度は絶対に守り抜きたい」


 レオンの表情が一瞬だけ真剣になる。


「それに……エリカが一人で背負い込むのを見てるのも我慢できないんだよ。あいつ、表向きは強がってるけど、実は一番傷ついてるからさ」


 彼は肩をすくめて見せた。


「要するに、俺の動機なんて単純なもんさ。『二度と失いたくない』——それだけだよ」


 胸が熱くなった。

 二人の言葉には、偽りのない真実が込められている。


 失った痛みを背負いながらも、それを力に変えて戦い続ける——これが本当のヒーローの姿なのだと、改めて思い知らされた。


「素晴らしいですね」


 ククルがうっとりとした表情で言った。


「やっぱりSランク探索者は違うなあ」


「ああ」


 深く頷いた。


「俺も、いつかあんな風に——」




 その時、スマホが振動した。

 着信画面を見ると、「ハヤテ」の文字が表示されている。


「もしもし、ハヤテ?」


「お疲れ様。京都には無事到着したか?」


 受話器の向こうから聞こえるハヤテの声は、いつもより緊張感を帯びていた。


「ああ、さっきホテルに着いた。そっちはどうだ?」


「こちらも順調だ。それより、君にお知らせがある」


 ハヤテの声のトーンが少し明るくなった。


「明後日——つまりスタンピードの前日に、林勇太郎さんともう一度お話しできることになった」


 声を上げそうになった。


「本当か!?」


 前回京都で会った時は、重慶の話を聞かせてもらったが時間が短かった。

 もっと詳しく話を聞きたいと思っていたところだ。


「ああ。君のこれまでの活動と、今回の件での貢献を改めて評価しての決定だ」


 ハヤテの声に誇らしさが込められていた。


「場所は二条城、時間は午後2時。正式な面会だから、きちんとした服装で来てくれ」


「分かった。ありがとう、ハヤテ」


「それじゃあ、明日の準備をしっかりと。お疲れ様」


 電話を切った後、興奮を抑えきれずにいた。

 だが、それ以上に胸を満たしていたのは、深い感謝の気持ちだった。


「どうしたの、アスちゃん?」


 ククルが心配そうに尋ねた。


「林勇太郎ともう一度会えることになったんだ。それに……」


 阿須那は振り返って、まだ続いているテレビのインタビューを見た。


「エリカとレオンが、俺たちを信じてくれてる」


「うん! すっごく嬉しそうな顔してる!」


 ククルが嬉しそうに宙で回転した。


「でも当然だよ。アスちゃんは本当にヒーローなんだから!」


 阿須那は深く息を吸った。

 ネット上でどんな批判を浴びようとも、現場で見てくれた人たちは分かってくれている。

 それだけで十分だった。


「俺も負けてられないな」


 画面の中のエリカとレオンの姿を見つめながら、新たな決意が胸の中で燃え上がった。


 明日からの戦いは、いよいよ本格的に始まる。

 だが、仲間がいる。ククル、志桜里、星凛、村山、そしてハヤテ。

 みんなで力を合わせれば、きっと——


 しかし、電車で感じたあの不穏な気配のことを思い出すと、敵も相当な準備を整えているのだろう。


 窓の外では、京都の夜景が静かに輝いていた。

 この美しい古都を守るために、俺たちは戦うのだ。


 スタンピードまで、あと3日。


 重慶の記憶を背負ったエリカとレオンの瞳に、真のヒーローの重みを見た。

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