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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第七章「嵐山竹林ダンジョン —血盟と絶望の夜明け、そして希望の光—」
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第136話

 電車が駅に滑り込む音が響く中、それぞれの思いを抱えていた。


 そのとき、頭上でククルが突然固まっているのに気づいた。

 半透明の体が微かに震え、普段の無邪気な表情が一瞬で警戒色に変わっている。


「どうした、ククル?」


「あ、えーっと……」


 彼女は慌てたように手をひらひらと振ったが、その視線は確実に何かを捉えていた。


「実は今、ちょっと気になることが」


 眉をひそめた。

 ククルの直感は大抵的中するから、見過ごすわけにはいかない。


「何が気になるんだ?」


「向こうの車両から、すっごく嫌な気配がするんだよね」


 ククルが指し示したのは、三両前の車両だった。彼女の半透明の顔が青ざめている。


「まるで……血の匂いみたいな。でも違う。もっと冷たくて、計算高い感じ」


 振り返りたい衝動を抑えた。

 ククルが感じ取ったということは、相当危険な人物がいる可能性が高い。


「アスちゃん、振り返っちゃダメ。きっと監視してる」


 ククルの警告に、背筋に冷たいものが走った。


 その時、星凛が俺たちの会話に反応した。




「阿須那、何か感じるん?」


 彼女の指がノートパソコンのキーボードを叩き始める。

 画面には複数のウィンドウが開かれ、リアルタイムでネットワークトラフィックを解析するツールが動いている。


「最近、ネット上での活動がやりにくくなってるねん」


 星凛の声に苛立ちが混じった。


「阿須那が言ってた通り、アストラルとハヤテへの組織的な攻撃が本格化してるわ。この数日間、ずっと奴らと情報戦やってたんや」


 画面にはIPアドレスの追跡結果や、不自然なアクセスパターンを示すグラフが表示されている。

 星凛の指が驚異的な速度でキーボードを叩いていく。



「例の偽造動画の件、詳しく調べてみたんやけど、想像以上に巧妙やった」


「どういうこと?」


 村山が身を乗り出した。


「まず第一段階で、複数のアカウントが同時に『疑問』を投稿するねん。『考えすぎかもしれないけど、連携が取れすぎてない?』って感じでな」


 星凛は画面を村山に見せながら説明した。


「そして第二段階で、『もっともらしい懸念』にエスカレートさせる。『調べてみたらこんな証拠が』って感じで、活動場所や日時の一致を指摘したりな」


「典型的な世論誘導の手法ですね」


 村山が冷静に分析した。


「そして第三段階で、あの偽造動画や。『探索者協会元職員の内部告発』として決定打を放ったんや」


 星凛の声に怒りが込められていた。


「でも、工作員がいるってことか?」


「そうや。しかも相当なスキルを持った奴が」


 星凛は画面の一部を指差した。そこには複数のサーバーを経由した複雑な通信ログが表示されている。


「見てみ、このプロキシチェーンの構築方法。普通のハッカーやったら、せいぜい3〜4段階や。でもコイツは12段階もプロキシを経由してる。しかも、各段階でパケットの断片化と再構築を行ってる」


 専門用語がよく分からなかったが、星凛の興奮ぶりからその技術の高さが伝わってくる。


「それってすごいことなのか? 専門用語を言われても俺にはさっぱり……」


「アスちゃん、こういうのは『考えるな、感じろ』って聞いたことあるよ」


 村山が苦笑いを浮かべながら補足した。


「簡単に言えば、足跡を消すのが異常に上手いってことですね。普通の人が学校に一直線で行くのに、この相手は12回も寄り道して、その度に変装もしてるみたいな感じです」


「あー、そういうことか」


 何となく分かってきた。


「すごいなんてもんやない。この技術レベルやったら、国家機関のサイバー部隊クラスや」


 星凛の眼鏡が光った。


「うちも対抗してるけど、相手は組織やから人数が違う。一人じゃ限界があるねん」


 画面には、星凛が作成したカウンター情報のデータが表示されていた。

 だが、その数は敵の工作活動に比べて圧倒的に少ない。


「でも、どうしてアストラルとハヤテをそんなに攻撃するの?」


 志桜里が素朴な疑問を口にした。


「邪魔だからだよ、きっと」


 ククルが頭上で腕を組んだ。

 もちろん、志桜里には聞こえていない。


「阿須那が説明してくれた『革命』とやらを企んでる人たちにとって、正義のヒーローは目障りなんだろうね」


 俺は複雑な気持ちでククルを見上げた。

 彼女の言う通りだろう。

 アンナたちが社会の信頼を破壊しようとしているなら、人々に希望を与える存在は確かに邪魔だ。




「でもな」


 星凛が急に笑顔を見せた。


「うちにも秘策があるねん」


 彼女は別のウィンドウを開き、そこには膨大なデータの解析結果が表示されていた。


「工作員たちの行動パターンを逆解析してるねん。いつ、どこから、どんな内容を投稿するか——全部データ化した」


 村山の目が輝いた。


「それは……予測可能ということですか?」


「そうや! もう敵の次の手は読めてる。だから先手を打てるねん」


 星凛の指が再びキーボードを踊る。



「今夜8時に『決定的証拠』を投下してくる予定やから、うちは7時半に予防線を張る。奴らの『証拠』が偽造であることを事前に証明したるわ」




 その時、電車が急ブレーキをかけた。車内放送が響く。


「お客様にご案内いたします。線路内に異常が発見されたため、安全確認のため一時停車いたします」


 乗客たちがざわめき始めた。

 だが、俺たちの間には別の緊張感が走っていた。


「まさか……」


 村山が呟いた。


「偶然ですよね?」


 星凛の画面を見ると、ネットワークの監視ツールが異常を示していた。



「やばい。うちのIPアドレス、特定されたかもしれん」


 星凛が慌ててノートパソコンを閉じた。


「今すぐ回線切断した方がええ」


 ククルが俺の肩を叩いた。


「アスちゃん、なんか怖い」


 彼女の不安そうな声に、俺の胸も締め付けられた。

 確かに、この状況は偶然にしては出来すぎている。


「大丈夫だ」


 俺は静かに言った。

 志桜里の不安そうな表情を見て、できるだけ落ち着いた声で続けた。


「星凛の技術があれば、きっと何とかなる。それに——」


 俺は立ち上がり、窓の外を見た。

 線路脇に作業員の姿が見える。本当に安全確認のための停車のようだった。


「世の中にはな、嘘に負けない真実があるんだ」


 その言葉に、ククルが嬉しそうに微笑んだ。


「そうだよ! アスちゃんの言う通り!」


 彼女は宙でくるくると回った。


「どんなに嘘を流されても、本当のことは本当のこと。アストラルとハヤテが人を助けてるのを見た人は、絶対にそれを忘れないよ」


 俺はククルの姿を見ながら、心の中で誓った。

 このまま黙って見ているわけにはいかない。

 俺にも何かできることがあるはずだ。




「星凛」


 俺は彼女に向き直った。


「もし俺にも手伝えることがあるなら、何でも言ってくれ」


 星凛の目が驚きで見開かれた。


「阿須那……でも、危険やで?」


「関係ない」


 俺の声に迷いはなかった。


「仲間が困ってるのに、手をこまねいて見てるなんてできない」


 志桜里が俺の袖を引っ張った。


「私も……私にも何かできることがあるなら」


 村山も眼鏡を上げて言った。


「僕もです。ダンジョン部の件で、もう後には引けません」


 星凛の瞳に涙が浮かんだ。


「みんな……ありがとう」


 彼女はノートパソコンを再び開いた。


「なら、みんなでやったろか。一人で戦うより、仲間と一緒の方が強いもんな」


 画面には無数のウィンドウが開かれ、複雑なプログラムが起動していく。


「覚悟しいや、工作員ども。うちらの絆の力、思い知らせたるからな」


 車輪の音と共に、俺たちの新たな戦いが始まろうとしていた。


 敵は思った以上に手強い。

 そして、俺たちの戦いはもう始まっているのかもしれない。


 だが、俺には仲間がいる。

 ククル、志桜里、星凛、村山——みんなで力を合わせれば、きっと何とかなる。


 そう信じて、俺は前を向いた。





 




「うちがハッカーとして言えるのは、どんなに精巧でも偽造は必ず痕跡を残すってことや。大事なのは、一つの情報だけで判断せん、複数のソースを確認する、発信者の意図を考える——これだけで大半の嘘は見抜けるで」

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 本格的に牙を剥いて来た大量且つ強い悪意、それに立ち向かうのは仲間の絆…という状況ですが。やはり敵側のが圧倒的に有利に立ち回ってる以上、不安な気持ちのが強いですね読んでて…。 そ…
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