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中二病の俺が影のダンジョンヒーローを目指していたら、変てこな幽霊と不思議な股旅に出会う  作者: 本尾 美春
第七章「嵐山竹林ダンジョン —血盟と絶望の夜明け、そして希望の光—」
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第135話

 11月27日。

 Bランクスタンピード発生まで、あと3日。


 京都駅の新幹線ホームに降り立った瞬間、肺に古都の冷たい空気が流れ込んだ。

 11月末の京都は観光シーズンが終わりかけているはずなのに、スタンピード警戒令の影響で観光客の姿は普段の半分以下。

 代わりに自衛隊の車両や探索者協会の職員らしき人々が目立っている。


「あー、やっぱり京都の空気は違うなあ」


 天井近くでふわりと浮かぶククルが、嬉しそうに深呼吸の真似をしていた。

 相変わらず一般人には見えない半透明の少女だが、俺には彼女の無邪気な笑顔がはっきりと見えている。


「お前は空気なんか吸わないだろうが」


 突っ込みに、ククルはぺろっと舌を出した。


「確かに全然わからない。ククルは雰囲気で空気を吸っている」


「お前……」


 横では、銀髪の美少女——志桜里が緊張した面持ちで周囲を見回していた。

 深緑のコートに身を包んだ彼女の姿は、この緊迫した雰囲気の中でも凛とした美しさを放っている。


「すごい人ですね。こんなに多くの関係者が集まるなんて」


「そりゃそうや。Bランクスタンピードやからな」


 後ろから聞こえてきたのは、青縁メガネをかけた星凛の関西弁だった。

 いつものメッセンジャーバッグを肩にかけ、ノートパソコンを大事そうに抱えている。


「でも、これだけ準備してても、アンナの計画が成功したら全部水の泡やで」


 彼女の言葉に、表情が一様に曇った。


 そして最後尾を歩く細身の男子生徒——村山匠は、相変わらず眉間にシワを寄せた深刻な表情で資料の入ったファイルを抱えていた。


「駅を出たら、まずはホテルにチェックインだな」


 四人を振り返って言った。


「それから、村山からダンジョン部の説得結果を聞かせてもらう」




 ◇◇◇




 ホテルへ向かう電車の中は、微妙な緊張感に包まれていた。

 星凛が非探索者のため、一般の電車を利用せざるを得なかった。

 ワープ移動を使えば一瞬なのに、こうして普通の電車に揺られているのが何だか不思議な気分だった。


 車窓から見える京都の街並みは美しく、まるで絵はがきのようだった。

 だが、その美しい風景があと3日で血に染まってしまうかもしれないと思うと、胸が重くなる。


 

「それで、村山」


 向かいに座る彼に向き直った。


「ダンジョン部のみんなを説得した結果はどうだった?」


 村山は深いため息をつき、眼鏡を上げた。

 疲労と失望が滲んでいる。



「やはり、洗脳の程度は深刻だった」


 彼の声は静かだったが、その奥に深い無力感が込められていた。


「僕の話を聞いてくれたのは、せいぜい2〜3人。でも——」


 村山の手が微かに震えた。



「今回は明らかに様子が違っていた」


「どう違ったんだ?」


「これまでの2週間、僕は何度も部員たちと話をしてきた。最初の頃は確かに『アンナさんは素晴らしい人だ』『君は心配しすぎだ』という反応だったが、まだ『個人の意見』という範疇だった」


 村山が眼鏡を上げながら続けた。



「でも昨日は全く違った。話の途中で急に表情が変わったんだ」


「表情が変わった?」


「ああ。最初は『そうかもしれない』『気をつけた方がいいかも』と普通に反応していた。でも僕がアンナの名前を直接出して批判した瞬間——」


 村山の声が震え声になった。



「まるでスイッチを切り替えたように、全員が同じ表情になった。空虚で、でも妙に陶酔した感じの……まるで何かに支配されているような」


 志桜里の顔が青ざめた。


「同じ表情って……」


「そうだ。しかも、その時に言った言葉が——」


 村山は拳を握りしめた。



「『アンナ様を疑うなんて罪深い』『私たちはアンナ様に選ばれし者』『アンナ様の美しさの前では全てが無意味』——三人が全く同じ言葉を、全く同じ抑揚で言ったんだ」


 星凛が身を乗り出した。



「それまではそんな異常性はなかったん?」


「全くなかった」


 村山が強く首を振った。



「1週間前までは、確かにアンナを信頼してはいたが、まだ『普通の人間』としての反応だった。意見の相違もあったし、疑問を呈することもできた。でも——」


「でも?」



「スタンピードが近づくにつれて、急激に変化した。特にここ3日間は異常だ。まるで何かが彼らの脳に直接信号を送っているかのような」


 俺は寒気を感じた。



「つまり、洗脳が段階的に深くなってるってことか?」


「その通りだ」


 村山が深刻な表情でうなずいた。



「しかも一番怖かったのは」


 村山の目に恐怖が宿った。



「部長の岡田が普段絶対に言わないことを言ったんだ。僕の母親を『弱い人間』と嘲笑った。あの優しかった岡田が、まるで別人のように冷酷で傲慢な表情で」


「それは……」



「でも時々、彼らの表情に『苦痛』が混じることがあった。アンナの話をしている時でも、一瞬だけ『助けて』と訴えるような目をする。でもその直後には、また空虚な笑顔に戻ってしまう」


 ククルが俺の肩に震える手を置いた。



「それって……本当の彼らが、心の奥で必死に抵抗してるってこと?」


「そうかもしれない」


 村山が希望を込めて言った。



「だからこそ、洗脳の力も強化されているのかもしれない。まるで『革命』側が、部員たちの抵抗に対抗するために、より強力な手段を使い始めたかのような」


 星凛の眼鏡が光った。



「つまり、追い詰められてるのは向こうも同じってことか」



「恐らく。特に田辺が最後に言った『やれるならやってみろ』という言葉——あれは洗脳された側の発言じゃない。本来の彼女が、洗脳に抵抗して必死に僕にメッセージを送ろうとしていたんだと思う」


「それなら」


 俺は希望を感じた。



「まだ完全に諦めるのは早いってことだな」


「ああ。でも同時に、時間がないことも確かだ。洗脳の強化が続けば、やがて彼らの本来の人格は完全に消されてしまうかもしれない」


 重苦しい沈黙が車内に流れた。みんなの表情が暗く沈んでいる。




 そのとき、頭上でククルが突然身を乗り出した。


「そうそう、村山くんってすっごく頭良いよね! 分析とか本当に的確だし」


 俺は思わず上を見上げて応えた。


「ああ、ククルの言う通りだ。村山の洞察力には本当に助けられてる」


 村山が首を傾げた。


「今、誰と話してるんですか?」


「え? あ、えーっと……」


 しまった。

 つい癖でククルに返事をしてしまった。


 志桜里と星凛が顔を見合わせた。

 星凛が小さくため息をついた。


「やっぱり志桜里ちゃんの話、本当やったんやな」


「星凛さんの話?」


 村山が困惑した表情を浮かべた。


「実は先日、志桜里ちゃんから聞いてたんよ。阿須那くんには『特別な友達』がいるって」


 星凛が眼鏡をクイッと上げながら続けた。


「最初は半信半疑やったけど、今の会話でよく分かったわ」


「つまり」


 俺は困ったような表情で口を開いた。


「俺には、えっと……幽霊の友達がいるんだ。ククルっていう15歳の女の子」


「ゆ、幽霊……?」


 村山の声が震えた。


 星凛が手をポンと叩いた。


「ああ、そうや! 昭和記念公園ダンジョンの時の現象、これで説明つくやん!」


「昭和記念公園ダンジョン?」


 村山が眉をひそめた。


「確か、ダンジョン部でエリカさんにインタビューしに行った時ですが……」


「その時、あんたたち全員大パニックになったやろ? スマホやカメラが勝手に異常な映像映して、不気味な現象が次々と起きてたらしいやん」


 星凛の言葉に、村山の顔が一瞬で青ざめた。


「まさか……あの時の現象って……」


「多分やけど、ククル——その子の仕業やと思うわ」


「うん、今もそこにいるよ」


 俺は何気なく頭上を指差した。


「君の分析を褒めてた」


「そ、そこって……」


 村山がゆっくりと俺の指差す方向を見上げた。

 もちろん彼には何も見えない。


「つまり今、僕の頭上に……ゆ、幽霊が……?」


「大丈夫やって、ククルちゃんは良い子やから」


 星凛が慌てて言った。


「あの時も別に危害を加えようとしてたわけやないし」


「い、良い子って問題じゃ——」


 その瞬間、ククルが村山の真上に降りてきて、にこにこしながら手を振った。


「村山くん、あの時はごめんね〜♪ でも今度はよろしく〜♪」


 もちろん村山には声も姿も見えないが、俺が慌てて「あ、ククル、そんなに近づいちゃダメだ」と言ったものだから——


「ちか、近づいてるんですか!?」


 村山の声が裏返った。


「い、今どのくらいの距離に!?」


「えーっと、ほぼ真上に——」



「うわああああああああ!!」



 村山が椅子から飛び上がった。


「すみません、すみません、すみません! 僕、無理です! 絶対無理です!」


 彼は背中のファイルを抱えたまま、通路に飛び出した。



「隣の車両に避難させてください! お願いします!」


「ちょ、ちょっと村山!」


「だめです! 見えないのに存在してるなんて、そんなホラー展開無理です!」


 村山は車両の端まで猛ダッシュした。

 その速さたるや、昭和記念ダンジョンで「お化けェェェ!」と叫びながら階段を駆け上がった時と全く同じだった。



「ごめんね、僕は次の車両にいます! 到着したら呼んでください!」


 扉を開けて隣の車両に逃げ込んでいく村山の後ろ姿を見ながら、俺たちは唖然としていた。



「あの時と全く同じリアクションやな」


 星凛が眼鏡を上げながら笑った。


「まさかここまで一貫してるとは」




 しばらくして、恐る恐る戻ってきた村山の顔は、まだ少し青かった。


「も、もういませんよね?」


「大丈夫、別の車両に行ってもらった」


「ふう……」


 村山は額の汗を拭いながら席に戻った。


「すみません、取り乱してしまって」


「あ、そうだ」


 志桜里が疑問を口にした。



「村山くん、ダンジョンのスケルトンとかゾンビは平気なんですか?」


「ああ、それは全然平気です」


 村山がきっぱりと答えた。



「あれはモンスターですから。RPGの敵キャラクターと同じような感覚で戦えます」


「でも幽霊は——」



「それとこれとは話が別です!」


 村山の声に力が込められた。



「モンスターは『見える敵』です。攻撃パターンも分析できるし、対策も立てられる。でも幽霊は『見えない存在』で、しかも『人間だった者』で、しかも『何を考えているか分からない』……」


 彼は震え声で続けた。


「つまり、理論で割り切れない恐怖なんです。データベース化できない、予測不可能な存在。それが一番怖い」


「なるほど、合理的な考え方やな」


 星凛が納得したように頷いた。


「村山くんらしい理由や」



 ククルは別の車両から手を振っていた。


「今度は事前に挨拶してから会おうね、村山くん〜♪」


 もちろん村山には聞こえないが、俺がその旨を伝えると、彼は苦笑いを浮かべた。


「事前に心の準備をしても、結果は同じだと思いますが……ご好意だけありがたく受け取っておきます」


 こうして、重苦しかった車内の空気は、村山の一貫した幽霊嫌いのおかげで少し和らいだのだった。

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