第13話
あれから一週間ほど経った。
教室の窓際の席から外を眺めながら、俺は授業そっちのけでダンジョンのことを考えていた。夜行性の幽霊ククルは家で熟睡しているはずだ。昼間活動する幽霊なんて矛盾してるが、探索に同行してもらうには必要だな。
正直、あいつのことはかなり頼りにしている。だが、そんなこと本人に言ったら絶対調子に乗るから、死んでも言わないけどな。
あ、そうそう。ククルに破壊された俺の家なんだが、雷が落ちたということで火災保険が適応された。
なのでそこまでお金はかかってないんだな。
……ただ修復工事が時間かかるがな。とんでもなく深い穴掘りやがって、あいつは……。
あの時の、ハヤテの申し出に俺は承諾した。というか、断る理由がなかった――。
実をいうと、俺もお願いしようかと思っていた。ただこちらからは言いづらかった。
元々俺、陰キャだしな。友達作るのも自分から声をかけるなんて苦手で、結局ずっと作れずにいるし。
え? ククル? あいつは別だ別。
ハヤテ——令和の股旅と呼ばれる彼は、探索者界隈では俺のアストラルなど比較にならない超有名人だ。数えきれない探索者を救ってきたにも関わらず、取材も賞も辞退し続け、公の場に姿を現さない。A級と名乗るが、実質S級の実力者だという噂まである。
「あっしはただの探索者でござんす」
そう言いながら、ハヤテは無意識に左腕を軽く押さえた。三度笠の陰に隠れた表情が一瞬だけ暗く沈むのを、俺は見逃さなかった。
「お前さんのような若者が、命を懸けてまで人を助けようとする気持ちは立派でござんす。あっしのように……後悔の念に駆られて行動するよりもずっとな」
言葉の端々に滲む何か。過去の傷跡のような、誰かへの思いのような。俺はそれ以上追求することなく頷いた。詮索し合わないという約束があったからだ。
そんな大物が、なぜ俺なんかに協力を持ちかけてきたのか。いまだに理解できない。
ただ、お互いのことについて詮索はしない、という条件付きではあるが。
俺の中では理由よりも「信頼」という言葉が重く響いていた。ハヤテの眼差しには嘘がない。その直感だけで、一緒に探索者たちを守る道を選んだ自分がいた。時に感情は理屈を超える——それが人間の強さであり弱さでもあるのだろう。
さて、あのダンジョン。俺については骨折り損で終わったかと思っていたのだが、帰宅してスキルブックを開いたら……思わぬ収穫を得ていた。
Bランクモンスター、マンイーターを倒したことで【光魔法LV+2】を手に入れていた。
魔法は属性ごとにLVがあり、使い続けることで上がる。そのLVを元に使用者はオリジナル魔法を創り出す。
俺の【カタストロフィ・コフィン】も黒い鎌も弾丸も、全部俺のオリジナルってわけだ。
中二病センスだって? カッコ良ければそれでいいんだよ!!
今俺が主力にしている魔法属性は【光】と【闇】だ。
スキルブックのページをめくりながら、俺は考える。
魔法の研究者によれば、属性ごとのLVが上がれば上がるほど、使える魔法の幅も広がるという。
【光魔法LV+2】を手に入れたおかげで、あの閃光よりもっと複雑な光の術式が紡げるようになる――そう思うとワクワクが止まらなかった。
俺自身のLVも上げたいところだな。ゲームみたいにステータス画面みたいなのは無いから、感覚で掴むしかないんだが。
ただ、ダンジョンで敵を倒せば倒す程、強ければ強い程、身体能力が上がっていくのは間違いない。そのためにも、毎日探索し続けなければ。
……もう、あんなヘマはしたくないしな。
色々、そんなことを考えているうちに授業は終わったようだ。
高校三年ともなると進路とか受験でバタバタしている。
俺は、卒業後は探索業に専念すると決めている。
大学は残された資産を考えると無理と判断した。親戚に頼るのも申し訳ないしな。
極少数だが、探索で稼いだお金だけで大学入ってる人もいるらしい……相当キツイ生活と聞くから、俺は真似したくないけどな。
「ねえねえ、聞いた? 最近ダンジョンで人助けしてる変なヒーローがいるんだって」
教室の後ろから女子の声が聞こえてきた。俺は思わず耳を澄ませる。
「え、なに? どんなの?」
「『不気味な魔術師アストラル』と『令和の股旅』っていうの。一人は中二病みたいな格好で、もう一人は時代劇から飛び出してきたみたいな衣装なんだって」
「へぇ~。ネットで見たよ! でもさ、ただカッコつけたいだけなんじゃない? 特にそのアストラルって人」
「そうかなぁ。私は結構カッコいいと思うけど。危ない目にあってた探索者を助けてるって聞いたし」
「時代劇の方は確かに格好いいかも。でもマントとか被って闇の力とか言っちゃうアストラルは痛すぎじゃない?」
俺は女子たちが話題にしているのが自分だと気づき、思わず席で固まった。アストラルとして活動してるのがバレてるわけじゃないけど、こんな風に噂になってるなんて……。恥ずかしさと同時に、少しだけ誇らしさも感じる。「カッコいい」って言ってくれた子がいたし。
でも「痛い」って評価もまだまだ多いんだな……。令和の股旅ことハヤテとの差を改めて感じる。俺もいつかハヤテみたいに「カッコいい」の一言で語られるようになれるだろうか。そのためにも、もっと磨かないとな。
さて、学校を出たらククルを連れてダンジョン探索へ行くかと席を立った時だった。
「えっと……鈴倉阿須那さんって……あなたですか?」
「え? そうだけど」
声をかけてきたのは白雪志桜里——学校のベスト3に入る美少女だ。腰まで伸びる銀色の髪は名前のとおり雪のようにきらめき、その存在感は教室でも際立っていた。
「あの……お願いがあるんだけど……」
だが意外なことに、彼女の声は小さく、途切れがちだった。瞳には決意が宿っているのに。
「焦らなくていいよ。俺も人と話すの苦手だから、気持ちはわかる」
彼女は小さく頷き、深呼吸をした。「ありがとう」
「探索者になるには……どうしたらいいのかな」
予想外の質問に、思わず聞き返しそうになった。
内気な彼女がダンジョン探索?
探索者には不向きな気がするが、その決意を否定する権利は俺にない。
「興味あるの?」と尋ねると、彼女は真剣な表情で頷いた。
その目には、単なる興味以上のものがあった。何か、彼女なりの理由があるのだろう。
ていうかなんで俺に? 他にも探索者やってる奴はちらほらいるが……。
「そういうのはダンジョン部行けば教えてくれるんじゃないのか?」
「その……最初はそこに行ったんだけど……お前には無理だって断られて……」
「ええ……なんだよそれ……」
初心者には優しく教えるのが、同業者を増やす基本だと教わってないのかあいつらは……。
志桜里は細い指で制服の袖をくいくいと引っ張りながら、俺の顔をちらちらと見上げる。
「それで……どうしたらいいのかなって困ってたら、あなたが探索者やってるって聞いたの……」
その声には、どこか切実さが混ざっていた。
「そう頼られると断れないなあ……」
「あ、あの! 無理だったらいいの! 私のわがままだから」
「いや、いいよ。可愛い女の子にそう頼られると助けたくなるのが本音だし」
「え……あ、ありがとう」
可愛いと言われたせいか志桜里は顔を赤くして俯いた。
いや……あんたくらいの美少女なら、可愛いなんて言われ慣れてるだろうに……なんかこっちも照れてくる。
「えっとな……探索者ってのはすぐなれるものじゃなくてな、自動車免許みたいに講習受けて試験受けないとダメなんだ」
「え? そうなの?」
「そりゃあ命掛かってる仕事だしなあ。国だって自分の命を粗末にしないような人に任せたいんじゃないかな」
「うん……言われてみれば、そうだよね」
「でも頑張れば最短七日で試験まで行けるから、試験になったら俺も可能な限りバックアップはするよ」
「うん……本当にありがとう、阿須那くん」
志桜里はまた顔を赤くして、教室から出ていった。
赤面症なのかな? そんな頻繁に赤くしたら誤解されると思うよ志桜里さん……。




