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第126話

 黒と赤のゴシックロリータ風衣装は、まるで中世の宮廷から抜け出してきたような優雅さがあった。


 見た目は16歳ほど。

 だが、その瞳の奥には——年齢不相応の「何か」が潜んでいる。


 野生動物が持つような、原始的で危険な本能。

 獲物を前にした肉食獣の瞳。

 それでいて、無邪気な少女の愛らしさも併せ持つという、恐ろしく魅力的な矛盾。


「私はルビー。よろしくお願いしますわ♪」


 少女は優雅に膝を曲げて会釈した。

 その仕草には確かに貴族的な上品さがあったが、どこか演技じみている。

 まるで「上品な少女」という役を演じているかのような——。


「心配してくれるの? 優しいのね♪」


 ルビーは嬉しそうに微笑んだが、その笑顔の端に——ほんの一瞬だけ、捕食者のような冷たい光が宿った。


「でも大丈夫よ。私、この辺りでお散歩するのが趣味なの。危険なモンスターたちと遊ぶのって、とっても……」


 彼女の声が一瞬だけ、うっとりとした響きを帯びた。


「……楽しいから♪」


 その「楽しい」という言葉の響きに、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 普通の少女が言う「楽しい」とは、明らかに質が違う。


「遊ぶ……?」


 ハヤテの警戒心がさらに高まったのが分かる。


「ええ♪ 例えば——」


 ルビーの指先から、まるで生き物のように真紅の液体が糸を引いて飛び出した。

 それは近くを漂っていた狐火に命中し、瞬時に赤い膜で包み込む。

 狐火は突然大人しくなり、まるでペットのようにルビーの指の動きに合わせて宙を舞い始めた。


「血液操作術『ブラッドマニピュレーション』♪」


 俺は思わず息を呑んだ。血を操る魔法——理論上は可能だが、実物を見るのは初めてだ。


 それに、なぜ彼女はこんなにも自然に、まるで呼吸をするかのように血液を操れるのか? 

 血液操作には膨大な集中力と精神力が必要なはずなのに、彼女はまるで水を操るような軽やかさで扱っている。


「すごい……でも、ちょっと怖いかも」


 ククルが興味深そうに、しかし明らかに怯えた声で呟いた。

 幽霊である彼女が恐怖を感じるということは、この少女が人外の存在であることを示唆しているのかもしれない。


「魔法……なのか? 血を操る魔法って見たことないけど」


 俺の疑問に、ルビーは得意げに胸を張った。


「はい♪ 探索者がオリジナルの魔法を作れるように、オリジナルの属性も作れちゃいます。私のblood属性は——」


 彼女の指先から、今度はより濃密な赤い液体が滴り落ちた。


「水と闇を組み合わせたものなのよ。水の『流動性』と闇の『侵食性』を融合させて、生命そのものを操る力を手に入れたの」


 属性の融合化。

 確かに可能ではあるが、俺も光と闇の組み合わせに挑戦して見事に失敗した経験がある。

 相反する属性の制御は、理論では簡単でも実践は極めて困難なはずだ。


 それなのに、この少女は軽々と成し遂げている。


(一体何者なんだ……?)


「それで」


 ハヤテの声には明らかに疑惑の色が混じっていた。


「こんな深層で『お散歩』をしている理由は?」


 その瞬間、ルビーの表情が一瞬だけ硬くなった。

 だがすぐに無邪気な笑顔を浮かべ直す。


「あら、バレちゃった♪ 実は——」


 彼女は少し困ったような仕草を見せてから、恥ずかしそうに頬を染めた。


「私、運動不足なの。普段は研究ばかりしてるから、体がなまっちゃって。ここのモンスターたちって程よく強いから、いい運動相手になるのよ」


 研究——? 16歳の少女が?


「どんな研究を?」


 俺の質問に、ルビーの瞳が一瞬だけ、まるで獣のように光った。


「生命の研究よ♪ 命って不思議よね。一滴の『あれ』で、その人の全てが分かっちゃうの」

 あれ——なぜか血液という単語を避けた彼女の口調に、俺は違和感を覚えた。


 その時、周囲の霧が不自然に揺らめいた。

 複数の殺気が俺たちを包囲していく。

 ゆっくりと、だが確実に。


「あら♪」


 ルビーの声に恐怖は微塵もない。

 それどころか——まるでプレゼントを前にした子供のような、純粋な喜びに満ちていた。


「お客さんみたい。ちょうどよかった。皆さんに私の『研究成果』を見てもらえるわね」


 霧の中から姿を現したのは、半人半狐の異形だった。

 白狐の頭部に人間の胴体、そして朱色の装束を纏った不気味な化け物。その数は3体。


稲荷使役者(いなりしえきしゃ)……Bランクモンスターでござんすな」


 ハヤテが警戒しながら刀に手をかける。俺もスキルブックを取り出し、戦闘態勢に入った。

 心臓の鼓動が早まり、手のひらに汗が滲む。


 だが、ルビーだけは違った。


 彼女の顔には、まるで美味しそうなケーキを前にしたような、うっとりとした表情が浮かんでいた。

 その瞳は稲荷使役者たちを見つめ、まるで値踏みでもするかのように上から下まで舐め回していく。


「すてきな血の匂い♪ 濃厚で、力強くて……きっと美味しいだろうなぁ」


 美味しい——?


 俺は思わず身震いした。まさか彼女は——


「皆さん、私に任せてくださいな♪」


 ルビーは軽やかにモンスターの前に立ち、両手を広げた。

 その瞬間、彼女の雰囲気が一変する。


 無邪気な少女の仮面が剥がれ落ち、代わりに現れたのは——純粋な捕食者の顔だった。


 彼女の指先から真紅の液体が溢れ出し、空中で螺旋を描きながら硬化していく。

 瞬く間にそれは美しい鎌の形を成した。

 その刃は鏡のように磨き上げられ、見る角度によって虹色に輝いて見える。


「血魔法【ブラッドサイズ】♪」


 技名を告げる声は、まるで愛の告白でもするかのような甘い響きだった。


 だが、その直後の動きは完全に別人だった。


 ルビーの体が流水のように滑らかに動き、血の鎌が稲荷使役者に襲いかかる。

 モンスターは慌てて「狐火操作」で青白い炎を放ったが——


 彼女は人間離れした俊敏さでそれを避けた。

 まるで炎に触れることを楽しんでいるかのように、危険すれすれの距離を舞い踊る。


 そして逆に血の鎌で相手の胴体を袈裟懸けに切り裂いた。


「きゃ♪」


 モンスターの血が飛び散った瞬間、ルビーは小さく喜びの声を上げた。

 その表情は、まるで花びらが舞い散る様子を見て感動する少女のような純粋さがあった。


 だが、それが「血」への反応だと思うと、俺の背筋は凍りつく。


 その戦い方は確かに美しかった。

 だが同時に、見ている者の心を寒からしめる残酷さも孕んでいた。

 まるで死神の舞踏を見ているような——


 俺も負けてはいられない。


「【冥府の(デスサイズ・)使者(ファントム)】!」


 闇の鎌が俺の手に現れ、二体目の稲荷使役者に向かって突撃する。

 心の中でスキルカードの効果を確認——【闇属性で攻撃時、DEF&MDEF50%無視】。


 モンスターは慌てて「結界」を展開したが、俺の鎌はその防御をあっさりと突破した。


 闇の刃がモンスターの胸部を貫く手応えが伝わってくる。

 稲荷使役者は断末魔の叫びを上げ、白い粒子となって霧散した。


 ハヤテは残る一体を相手取り、「連環刀」で複数の幻影を発生させながら敵を翻弄していた。

 その剣技は芸術的で、モンスターはハヤテの残像に惑わされるばかりだった。


 だが今回、俺は心の中で新しいスキルカードの力を感じていた。

 昭和記念公園で手に入れた【四大元素・全体強化】——このタイミングこそ、その真価を見せる時だ。


「【四大元素・全体強化】発動!」


 俺の声と共に、スキルカードから緑の光が溢れ出した。

 瞬間、俺とハヤテ、そしてククルの周囲を四色の光——赤い火、青い水、白い風、茶色い土——が包み込む。


 火の加護で攻撃力が30%上昇し、水の加護でHPが継続回復し始め、風の加護で移動速度が50%向上し、土の加護で防御力が30%上昇する。


「これは……」

 ハヤテが驚いたような声を上げた。


「新しいスキルカードの力だ!」


 四大元素の加護を受けた俺たちの動きは、明らかに以前とは異なっていた。

 特にハヤテの剣技は、風の加護により更なる速度と流麗さを手に入れていた。


「終わりでござんす」


 一瞬の隙を突いて、ハヤテの本体が間合いを詰める。

 鮮やかな一刀両断。最後の稲荷使役者も消滅した。


 戦いは短時間で決着がついた。

 ククルは周囲に人魂を放って警戒し、新たな敵の接近がないことを確認してくれている。


「ふぅ……」


 俺は一息ついて額の汗を拭った。

 Bランクモンスター。

 中華街ダンジョンの時は苦戦したが、今では油断しなければ難なく倒すことができる。

 自身の成長を実感し、体の中心から歓喜がこみ上げてきた。


 対して、ルビーだけは息一つ乱れていなかった。

 それどころか——


「あぁ……♪」


 小さな、うっとりとした溜息を漏らしていた。


 彼女の頬は上気し、瞳は陶酔したような光を宿している。

 まるで激しい運動の後の爽快感ではなく、もっと別の——より原始的で官能的な快楽を味わっているかのような表情だった。


「すごいわ、阿須那さん♪ 私と同じ鎌の武器魔法を使うなんて珍しいわね」


 ルビーが興奮した様子で俺の近くに歩み寄ってきた。

 その赤い瞳は好奇心に満ちているが、どこか品定めするような光も宿っている。


 まるで俺を「獲物」として値踏みしているような——。


「君も相当な実力だな」


 俺は率直に感想を述べたが、内心では警戒心を高めていた。

 彼女の血液操作能力は確かに見事だったが、それ以上に気になるのは戦闘に対する異常な愛着だ。


 普通の探索者なら、戦闘後は疲労や安堵を示すはずなのに、彼女はまるで最高の娯楽を楽しんだかのような満足感を漂わせている。


「ありがと♪ でも、私まだまだ修行中なの」


 ルビーは指先に付いた血を、なぜかゆっくりと舌で舐め取った。

 俺の視線に気づいたルビーは、まるで何でもないことのように微笑んだ。

 

「あら、行儀悪かった? でも勿体ないじゃない、こんなに新鮮なのに♪」

 

 その自然さが、逆に俺を震え上がらせた。


「先生に認めてもらうためにも、もっともっと強くならないと」


「先生……?」


「ええ、私の師匠よ♪」


 ルビーの瞳が崇拝の色で輝いた。

 その表情には純粋な憧れがあったが、同時に狂信的な何かも感じられる。


「世界一の医師で、同時に最高の魔術師でもある人なの。先生の研究のお手伝いをするのが、私の生きがいなの」


 世界一の医師で魔術師……そんな人物が実在するのだろうか?

 だが、この少女の異常な能力を見る限り、その「先生」とやらも相当な実力者なのかもしれない。


「ねえ、一緒に探索しない?」


 ルビーが無邪気に提案した。


「私も伏見稲荷ダンジョンの詳しい情報を集めたいの。それに——」


 彼女の瞳が一瞬だけ、獰猛な光を宿した。


「あなたたちと一緒だと、もっと強い敵に会えそうだもの♪」


 俺はハヤテを見た。

 彼は少し考え込んだ後、警戒を込めた視線をルビーに向けながら小さく頷いた。


「一時的な同行でよろしいでござんすが……何か裏があれば容赦しませんよ」


 ハヤテの声には明確な警告が込められていた。


「もちろん♪ 私は正直者ですもの」


 ルビーは無邪気に笑ったが、その笑顔の奥に何かを隠しているのは明らかだった。


 こうして俺たちのパーティーに、謎めいた赤髪の少女が加わることになった。

 彼女は確かに強力な戦力だが、その正体と真の目的については依然として謎に包まれている。


(本当に大丈夫なのか……?)


 俺の胸の奥で、漠然とした不安が膨らんでいく。


 だが同時に、この少女がこれから見せるであろう「真の姿」への好奇心も、確かに俺の中に芽生えていた——。

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