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第112話

 駅を出た瞬間、古都の空気が肌を撫でた。

 乾いた冷気と歴史の香りが混ざり合う独特の京都の匂い。


 股旅姿のハヤテが周囲を見回して眉をひそめた。


「……ククルは?」


 言われて初めて気づく。

 半透明の幽霊少女の姿がどこにもない。


「あれ? そういえば……」


 俺も慌てて辺りを見渡した。三度笠を被ったハヤテの表情に、僅かな焦りが浮かぶ。


「阿須那くん、どうしたの?」


 志桜里が不思議そうに首を傾げた。深緑のチェック柄コートを着た彼女には、状況が見えていない。

 銀色の髪が朝の光に透けて、真珠のように輝いている。


「誰かと待ち合わせしてるの?」


 その時だった。


「アスちゃん、お待たせえーっ!」


 甲高い声が背後から響き、振り返った俺たちの目に飛び込んできたのは——。


「「え!?」」


 ハヤテと俺の驚きの声が重なった。


 そこに立っていたのは、白いワンピースに素足の、見知った顔立ちの美少女。

 長めの髪を無造作に揺らし、瞳は宝石のように輝いている。

 ククルだった。

 ただし、半透明の幽霊の姿ではなく、まるで普通の女の子のような実体を持った姿で。


「な、なんで人型になってんだお前!?」


 声が裏返りそうになるのを必死に抑える。

 ククルは青い人魂を操れば一時的に人型になれることは知っていたが、まさかここで使うとは。


「だって別にダンジョン行かないんでしょ?」


 彼女は小悪魔的な笑みを浮かべた。

 前にMPK事件後の打上げでも使った「青い人魂」の力だ。

 短時間だけど実体化して、幽霊を見えない人にも姿を見せられる。


「それに人間の姿で街を歩くの、久しぶりで楽しいんだもん!」


「志桜里とデートみたいになってんの嫌だったしククルもアスちゃんとデートしたいよ!」


 頭痛の前兆を感じる。

 こいつ、空気読めてないどころか、わざと騒ぎを起こしているようなものだ。


「デートってなに言ってんだお前は! ハヤテもいるんだからデートになるわけないだろうが!」


 俺が叫ぶと、ハヤテは困惑した表情で眼前の少女を観察していた。


「……ククル、でござんすか?」


 志桜里も目を丸くして、ククルを見つめている。


「え? この子、魔銃返ってきた時にいた子よね? どうして京都にいるの?」


 ああ~、そういえばハヤテは知らなかったな。

 そして志桜里もいきなりククルが現れたことに驚いているのも当然だ。

 どうやって説明すればいいんだこれ。


「ククルだよ!」


 彼女はくるりと一回転して、はしゃいだ様子で言った。


「青い人魂を使うとみんなに見える人型になれるんだよ」


 人魂と言っても志桜里にはピンとこないだろう。

 俺がどう説明しようか考えていると、ハヤテが穏やかな口調で口を開いた。


「……大体は分かりました。あと阿須那」


「あ……ああ。なんだハヤテ」


 彼は真剣な眼差しを向けてきた。


「志桜里には一から説明するべきでござんす。幽霊であることも含めて話したほうがいい」


 彼の言葉に、背筋に冷たいものが走る。


「え……でも信じてもらえるか」


 こんな非現実的な話、普通の高校生が受け入れられるとは思えない。


 しかし意外にも、志桜里は落ち着いた表情で俺を見つめた。銀髪が柔らかく揺れる。


「……大丈夫だよ、阿須那くん。阿須那くんがどんなことを言っても信じるから。教えて欲しい」


 その純粋な眼差しに、胸が少し熱くなった。


「……分かった」


 ククルはニヤリと笑い、俺の腕にしがみついた。


「どう? アスちゃん、両手に花みたいで嬉しいでしょ~」


 一かけらも嬉しくねえよ。


「長話になりそうだから電車の中で説明するよ」


 俺はそう提案し、皆で駅のホームへと向かった。




 ◇◇◇




 電車に揺られながら、俺は静かに志桜里に向き直った。

 車内は意外なほど静かで、乗客の多くは観光客のようだ。

 しかし、表情にはどこか不安の色が見える。

 皆、ニュースを見たのだろう。

 京都に「スタンピード警戒令」が出されたことは既に報道されている。


 窓の外には京都特有の町家が連なり、時折顔を覗かせる神社の赤い鳥居が目に入る。

 歴史と現代が織りなす独特の風景だ。


 ちなみにククルは白のワンピースだけだと季節的に目立つから、俺の荷物からジャケットと靴を取り出して身につけさせた。


「……いつの間に忍び込ませてたんだよそれ」


 俺の疑問に、ククルは意味ありげに笑うだけだった。

 彼女は幽霊なのに、時々こういう物理的な悪戯ができるのが不思議でならない。



 俺はククルのことについて志桜里に全部説明した。

 数カ月前、家の床に突然穴が開き、そこからククルという幽霊が現れたこと。

 彼女が「日給100円」で俺のダンジョン探索を手伝うようになったこと。

 そして彼女の持つ様々な特殊能力——壁をすり抜ける能力、人魂を操る能力、さらには最近発見した「青い人魂」で人間に見える姿になれる能力まで。


 説明を終えて、志桜里は不思議そうな顔をしたが、すぐに納得してくれたようだった。

 彼女の方が柔軟な発想を持っているのかもしれない。


「そうだったんだ……」


 志桜里の瞳に驚きと納得が混ざり合う。

 彼女は指先で銀髪を巻きながら、思案げな表情を浮かべた。


「……じゃあ東京から京都に行くときも、ずっと傍にいたってこと? ……あ、一緒にお昼食べた時に阿須那くんの様子がおかしかったのも……」


「うん! 実はそうなの。びっくりした?」


 ククルが得意げに答える。


「全然気づかなかった。……阿須那くんとハヤテさんはどうしてククルちゃんが見えるの?」



 その鋭い質問に、俺とハヤテは顔を見合わせた。


「……わかんないんだな、それが」


「同じく……」


 ハヤテも小さく首を振る。


 エリカの場合はスキルカード「心眼」があるからって納得いくけど、俺たちは何故ククルが見えるのかは謎のままだ。

 ククルと出会った当初から俺には自然と見えていたし、ハヤテもそうだったようだ。


「……あの、改めてっていうのも変かもだけど、よろしくねククルちゃん」


 志桜里が差し出した手を、ククルは嬉しそうに取った。


「うん、よろしくね! 恋のライバルとして!」


「こ……こここ、こい!?」

 志桜里の顔が一気に真っ赤になった。


「だ、だから違うって言ってんだろうがククル!」


 大声で会話してるもんだから周りの乗客が驚いて俺たちを見ている。

 老夫婦が「若いねえ」と微笑み、サラリーマン風の男性は眉をひそめ、女子高生グループはくすくす笑っている。

 俺は思わず気恥ずかしくなって顔を伏せた。


 ふと顔を上げてハヤテの様子を見ると、彼は困ったような表情で三度笠の位置を直していた。

 そんな彼に、向かい側の席に座っていた女性が恥ずかしそうに声をかける。


「あの……もしよろしければ、一緒にお写真を撮っていただけませんか?」


 ハヤテは丁寧に頭を下げた。


「申し訳ございませんが、少々事情がありまして……」


 その断り方も上品で、女性は「そうですよね、すみません」と気を悪くした様子もなく引き下がった。

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