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第101話

 ——第五波:地底からの侵略——




 俺は天井のシャンデリアを見上げ、ゆっくりと息を吐いた。

 既に7,000人を超える死者。

 それがたった二日目までの数字だという。

 昨日のDランクスタンピードで感じた恐怖は、この話に比べれば取るに足らないものだった。


「アスちゃん……」


 ククルの声は小さく、震えていた。


「それだけじゃないんでしょ?」


「ええ」


 エリカはゆっくりと頷いた。

 彼女の表情には暗い影が浮かんでいた。


「第五波は『地底からの侵略』と呼ばれる恐怖でした」


 彼女の声が低く沈み、部屋の空気がさらに重くなった。




「8月18日午後4時45分。第四波の『天空の恐怖』との戦いで疲弊しきった私たちに、休息の時間はありませんでした」


「最初の兆候は、地面からの微かな振動でした。まるで遠くで地震が起きているかのような。しかし、地震計は何も検知していませんでした」


「『何かおかしい……』私の側にいたレイラがそう言いかけたとき、それは始まりました」


「重慶の中心部で、突如として地面が大規模に陥没し始めたのです」


 エリカが描写すると、脳裏に恐ろしい映像が浮かび上がった。

 道路が裂け、建物の基礎が崩れ、地下鉄のトンネルが押しつぶされる光景。

 そしてその穴から何かが這い出てきた——地核蟲ディヘイチョンと呼ばれる巨大なモンスター。


「頭部は完全な円錐形で、表面全体が回転する掘削ドリルのような構造になっていました。体は円筒型で、表面は金属のような光沢をもつ甲殻に覆われていました」


 エリカの説明を聞いていると、まるで映画を見ているような気分になった。

 それが現実だったと思うと、恐ろしさが倍増する。


「最初に出てきたのは一体。次に二体。そして、次々と地面から現れ始めました」


「彼らは地下を高速で移動し、建物の基礎部分を食い荒らすように破壊していきました。高層ビルが次々と倒壊し、人々をがれきの下に埋めていきました」


 俺は震える手で紅茶のカップを持ち上げたが、もはや飲む気はなかった。

 これだけの恐怖を語りながら、エリカの声は不思議と冷静だった。

 それは彼女が生き残るために身につけた強さなのだろうか。


「もはや組織的な対応は難しかったのです。通信網は崩壊し、軍の部隊は分断され、医療チームは負傷者であふれていました。私たちS級探索者も各地に散らばり、局地戦を戦っていました」


「林勇太郎の『零式』部隊もまた、大きな打撃を受けていました。多くの隊員が負傷し、残された者たちは疲労困憊の状態にあったのです」


「それは計画的でした」


 エリカの声に静かな怒りが混じる。


「『影の軍勢』が通信施設を破壊し、『崖壁機械兵』が防衛拠点を攻撃し、『黒雲竜』が高所からの監視を妨害し……。そして今、『地核蟲』が都市のインフラそのものを破壊していた……それはあまりにも完璧に組織化された攻撃でした」


 俺は震える手で額の汗を拭った。

 全ての波が完璧に連携しているなんて、それは単なるモンスターの暴走ではない。

 背後に知性的な存在がいることを示していた。

 これは単なる災害ではなく、戦争だった。


「午後5時には、重慶の市街地の70%以上が機能不全に陥っていました」


 エリカの声が沈んだ。


「電気、水道、ガス、通信……あらゆるライフラインが断たれ、市民は文明社会から切り離された状態で生存を強いられることになったのです」


「何かが計画してるんですね」


 俺は小さな声で言った。


 エリカはゆっくりと頷いた。


「そう感じていました。私たちは分断された都市の中で、生存者を探し続けました。私は『量子跳躍』を使って瓦礫の中から人々を救出し、レオンは『カオスセオリー』で倒壊しそうな建物を一時的に安定させました」


「レイラは怪我人の応急処置に奔走しました。しかし、それは海の中の一滴のような努力でした」


 エリカの声が震えた。

 レイラの名前を口にするたび、彼女の表情には深い痛みが浮かぶ。

 エリカにとって特別な存在だったのだろう。

 単なる護衛以上の、何か深い絆を感じさせる。


「『地核蟲』は単なる巨大モグラではありませんでした。彼らは集合知を持っていたのです」


 エリカが説明するに、地下を縦横無尽に動き回る彼らは、単なる本能ではなく、明確な計画性を持っていた。

 まるで誰かの指示を受けているかのように。

 電力施設、水道設備、通信基地局——彼らの攻撃目標はあまりにも明確だった。


「最も恐ろしかったのは、それまでの波との連携でした。『崖壁機械兵』が攻撃した場所の基礎部分を『地核蟲』が破壊する。『影の軍勢』が人々を誘導した先に、『地核蟲』が出現する。『黒雲竜』の攻撃から逃れようと隠れた建物や地下空間を『地核蟲』が攻撃する……それは偶然とは思えない正確さでした」


「ある避難所を守ろうとしていたとき、『地核蟲』は地下から突如として現れ、避難所の床を破壊し始めました」


 エリカの声に緊張が走る。


「『全員、外へ!』レオンが叫びました」


「しかし、外にも危険が待ち受けていました。『崖壁機械兵』の一部がまだ活動しており、『黒雲竜』も空を飛んでいました。そして、夜が近づくにつれて『影の軍勢』も活発になりつつありました」


「まるで全ての波が同時に押し寄せてくるかのようでした」

 

 俺の背筋に冷たいものが走った。

 これは……想像を絶する恐怖だ。


「『八方支援陣、展開!』林勇太郎の周りに八角形の結界が広がり、その中に入った探索者たちの力が一時的に高まりました。林勇太郎自身も『軍神刀』と呼ばれる特殊な刀を振るい、『地核蟲』に立ち向かいました」


「しかし、『地核蟲』の数はあまりにも多く、彼一人の力では太刀打ちできませんでした」




「そして……地面から一際大きな振動が伝わってきました」


 エリカの声が低く沈んだ。


「地面が大きく隆起し、そこから巨大な『地核蟲』が現れました。通常のものと比べて少なくとも3倍以上の大きさがあり、その頭部のドリルは金属構造物さえ一瞬で貫通する威力を持っていました」


「『親地核蟲だ!』レオンが叫びました」


「親地核蟲は巨大な口を開け、恐ろしい咆哮を上げました。その声は地響きとなって街中に響き渡り、建物をさらに不安定にさせました」


 エリカが言いかけて、唐突に口を閉ざした。

 レオンの視線が鋭く彼女に突き刺さる。二人の間に言葉にならない緊張が流れた。

 まるで何かを共有する秘密があるかのように。


 エリカは一瞬だけ困惑の表情を見せ、なにかを飲み込むように喉を鳴らした。


「白雪永人が前に出たのです」


 彼女は言葉を選ぶように慎重に話を修正して続けた。

 その声には、何かを意図的に避けているような硬さがあった。


「『私が引き付けます』彼は静かに言いました」


「『無茶だ!』レオンが止めようとしました」


「しかし、彼の決意は固かったのです。『これが私の役目です』」


「白雪永人は単身、親地核蟲に向かって走り出しました。彼の魔銃から放たれる光の弾丸は、親地核蟲の注意を引くには十分でした。巨大なモンスターは怒りの咆哮を上げ、彼を追いかけ始めました」


「その行動は多くの市民に避難する時間を与えました。白雪永人は危険を顧みず、親地核蟲を市街地から離れた場所へ誘導していきました」


「私たちも彼を助けようと続いました。レオンは『カオスセオリー』の力を振り絞り、親地核蟲の周囲の大地を重くしました。レイラは『フロストゾーン』を最大限に展開し、親地核蟲の動きを鈍らせました。私は『量子跳躍』で親地核蟲の周りを飛び回り、その注意を分散させました」


「しかし、それでも白雪永人は深手を負いました。親地核蟲のドリルが彼の体を貫き、彼は床に倒れたのです」


「彼の魔銃だけがまだ握られていました」


 エリカの声が震えた。

 彼女の目に一瞬、涙が浮かんだように見えた。


「『まだだ……』彼は血を吐きながらも立ち上がろうとしました。『まだ終わっていない……』」


「その時、奇跡が起きました」


 エリカの声が少し明るくなった。


「白雪永人の魔銃が突然、眩い光を放ち始めたのです。その光は普段の金色ではなく、純白でした。まるで魔銃そのものが彼の意志に応えたかのように」


「『撃て!』林勇太郎が叫びました」


「白雪永人は最後の力を振り絞り、魔銃を親地核蟲に向けました。そして、引き金を引いたのです」


「放たれた光は単なる弾丸ではありませんでした。それは太陽のような輝きを持つ光の柱となり、親地核蟲を貫きました」


「親地核蟲は凄まじい悲鳴を上げ、その体から黒い煙を噴き出しました。そして、ゆっくりと地中へと潜り込み始めました。他の地核蟲たちも後を追うように地中へと消えていきました」


「彼らは撤退したのです」


 エリカの声が沈んだ。




「しかし、その勝利には大きな代償が伴いました」


 部屋の空気が一層重くなる。

 俺の心臓が速く鼓動しているのを感じた。

 志桜里の兄の物語が悲劇的結末に向かっていることが予感できた。


「白雪永人は倒れたまま動かなくなりました」


 エリカの声が震え、彼女はカップを置いて目を伏せた。


「彼の体からは既に命の輝きが失われていました。彼の手に握られていた魔銃『スターバースト』だけが、まだ温かみを保っていました」


「彼は……多くの命を救いました」


 エリカの声が震えた。


「彼は本当のヒーローでした」


 俺の目に熱いものが浮かんだ。

 志桜里の兄。彼の最期を聞いて、胸が張り裂けそうな思いだった。

 彼が命を懸けて守った魔銃が今、志桜里の手にあるのだ。

 それはただの武器ではなく、命の代償として受け継がれた英雄の遺志だった。


「その日の夕方、私たちは第五波の被害状況を把握しました。さらに2,000人が命を落とし、街の半分が破壊されていました。生存者の多くは重傷を負い、医療施設は限界を超えていました」


「そして、私たちはまだ第五波の終わりにすら到達していませんでした」


 エリカの声がさらに沈んだ。


「最終波はすでに始まりつつあったのです」

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