五十八話 【教会からの依頼】
「商家議会」の名称を「商華議会」に変更しました。
【教会からの依頼】
「それでは、手付金をお納めください」
受付の女性が、事務的な口調で告げる。
――ケノンのギルドは、依頼を受ける際に「前金として成功報酬の一割」を預ける仕組みになっている。
失敗した場合はその金で後処理を行い、冒険者が無責任に依頼へ飛びつくのを防ぐためでもあるらしい。
もちろん、依頼を達成すれば全額が返ってくる。
その分、依頼料は相場より少し高めだ。ギルドとしては成功率が上がり、依頼主にも安心材料になる、というわけだ。
――効率と信頼。ケノンらしい仕組みだ。
ユウマはそう思いながら、代金を受付へと差し出した。
◇ ◆ ◇
次の日、ユウマとウルリカは依頼主が待つ教会へと足を運んだ。
ウルリカにはボランティアで何かさせてもらおうと思っている。
「もう、おにいちゃんは人使いが荒いんだから」と文句を言いながらも、彼女の尻尾は元気よく揺れている。
ちなみに――ウルリカの呼び方は再び「おにいちゃん」に戻して貰った。
どうやらロディが「男の人は名前で呼ばれると嬉しいんだよ」などと、それっぽいことを吹き込んでいたらしい。
どうもウルリカに名前で呼ばれるのに慣れない。
――決して、おにいちゃんと呼ばせる事には深い意味はない。……多分。
ケノンには、街の規模に合わせて四つの教会がある。
いずれも元を辿ればルルル大教に端を発するものだが、そのお祀りしている側面が少しずつ異なる。
旅の加護を司る教会、商いの神を祀る教会、癒しに特化した教会、そして慈善事業を担う教会――
日本の神社のように「お願いごとで参拝先を使い分ける」ような感覚に近い。
とはいえ、この国では信仰心そのものはそこまで強くはない。
祈りより実利、フォウス王国らしいものだった。
依頼主の教会は慈善事業を担っている所で教会が所持している土地に新たな孤児院を建てているものだった。
目的の場所は、入り組んだ区画を抜けた先の小さな広場にひっそりと佇んでいた。
建物自体は大きくはないが、壁も庭も丁寧に手入れされており、静かな清らかさが漂っている。
庭では数人の子供たちが遊び、若いシスターがその様子を見守っていた。
ユウマがベンチに座るシスターへ「依頼の件で伺いました」と声をかけると、
シスターは一瞬だけぼんやりとユウマの顔を見つめた後、手元の白い杖をそっと握り直して立ち上がる。
「こちらへどうぞ」
柔らかな声でそう言い、杖の先で床を確かめるようにしながら、ゆっくりと教会の中へ案内してくれた。
教会の奥の部屋の前まで来ると、シスターが扉を軽く叩く。
ガチャリ、と勢いよく扉が開き、屈強な体格の男が顔を出した。
「おお、来てくれたか!」
褐色の肌にスキンヘッド、目も声もやたらと明るい。
それでいて妙に清潔感のある、マッチョな神父だった。
「私は神父のデイアッカーだ。よろしく頼む!」
差し出された大きな右手に、ユウマは慌てて応じる。
「ユウマです。よろしくお願いします」
握手を交わした後、ウルリカの存在も紹介する。
小さなバルグの少女を見たデイアッカーは、目を細めて豪快に笑った。
「おお、可愛い子だな! 掃除でも片付けでも、やりたいことがあれば何でもお手伝いしてもらおう。歓迎するよ!」
バンバンとウルリカの肩を叩きサムズアップでウインクをする。ウルリカも負けずに「ヨロシク!」と言ってマッチョ神父に親指を立てる。
「実は私はこれから教会連盟の会合に出なくてはならなくてな。七日ほどここを離れる。その間、この教会を護ってほしいんだ。詳しいことはテレッツァから聞いてくれ」
デイアッカーはそう言うと、部屋の奥へ入り、大きな鞄へ次々と荷物を詰め始めた。
――仕事熱心なのか、勢い任せなのか……忙しい人だな、ユウマは乾いた笑いをこぼす。
「では、ユウマさん。こちらでお話ししましょう」
テレッツァが静かに言い、慣れた杖づかいで礼拝堂へと案内する。
礼拝堂には、ひんやりとした清浄な空気が満ちていた。
奥に立つ女神像は、優しげな微笑みをたたえ、腰まで伸びるツインテールの髪が流れている。
その姿はカンセズで見たルルル像の厳かな雰囲気とは異なり、どこか少女めいた、親しみのこもった造形だった。
「ルルイの女神様です。子どもの守護と、慈善、恵みを司る女神なのですよ」
そう説明しながら、テレッツァはベンチへ腰を下ろす。
「ウルリカ、後で説明するから――庭で子どもたちを見ていてくれるかい?」
先ほどから外の楽しそうな声に落ち着かず、しきりに尻尾を揺らしていたウルリカへ声をかける。
「うん、わかった!」
ウルリカは嬉しそうに返事をすると、小走りに庭の方へ駆けていった。
ユウマはテレッツァの隣に腰を下ろす。テレッツァは朧げにユウマの方へ顔を向け、静かに語り始めた。
「この教会では、今は八人の孤児たちが暮らしています。……ですが、この建物は古く、広さも足りません。そこで、隣の区画にある教会の空き地を使って、新しい孤児院を建てているのです」
視線を女神像に向ける。
「ケノンは今、急速に大きくなっています。早すぎる成長は更に貧富の差を生むでしょう。親を失う子どもや、ここへ流れ着く子どもも増えます。だから、私たちは少しでも早く――彼らの居場所を整えてあげたいのです」
弱視の瞳に強い光が灯る。
「……ですが、その区画に“歓楽街を作る”という計画を掲げている貴族がいまして。土地を売れと迫ってくるのです。断ってからは、妨害や嫌がらせが続いていて……デイアッカー神父が在宅のあいだは何とか抑え込んでいたのですが、留守になると分かれば、何をされるか……」
テレッツァが小さく息を吐く。
――地上げ屋か。どこの世界にもいるんだな。
ユウマは心の中で依頼内容をまとめた。
――デイアッカー神父が戻るまで、およそ七〜十日。
そのあいだ、教会と建設中の孤児院の警備と雑務を担当する。
妨害の黒幕は証拠こそないが、ドズルバッド侯爵。
嫌がらせは侯爵に雇われた連中の仕業らしい。
建物が完成し運営許可が出ればドズルバッドも手が出せなくなるみたいだ――依頼期間中は教会に泊まり込み。
テレッツァの説明が終わり、二人は建設中の孤児院を確認するため庭へ出た。
外には子どもたちの弾むような笑い声が響いている。
その中心で、ウルリカが完全に遊び相手として捕まっており、子どもたちに揉みくちゃにされながらキャッキャと笑っていた。
「ウルリカ、孤児院を見てくるね」
「うん! いってらっしゃい、おにいちゃん!――うわっ」
再び揉みくちゃにされているウルリカに手を振り返し、ユウマはテレッツァと共に教会を後にした。
入り組んだ細い路地をしばらく抜けると、急に視界が開ける。
そこには平屋建ての新しい建物があり、外壁には木組みの足場が何段も組まれていた。
外観の大部分はすでに仕上がっているようで、壁には新しい石灰に水色が塗られている。
足場の上では二人の大工が作業をしており、テレッツァが「こんにちは」と声をかけると、
十代後半ほどの青年がこちらへ顔を向け、ぱっと笑みを浮かべた。
「テレッツァさん、こんちわっす!」
軽やかに足場から飛び降り、トン、と地面を踏んで駆け寄ってくる。
だがユウマに視線を移した途端、表情がきゅっと引き締まった。
「……この人は?」
まるで品定めような目つきで、ユウマを上から下まで素早く観察する。
「こちらは依頼を受けてくださった冒険者、ユウマ・キリハラさんです」
テレッツァが紹介すると、青年の険しい顔が少しだけ緩む。
「ユウマさん、こちらはパズ・ダンジョーさん。孤児院の建設を請け負ってくださっている大工一家のご子息です。ご家族みんなで手伝ってくださっているんですよ」
パズは鼻を鳴らしながら、ユウマをもう一度じろりと見た。




