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五十六話 【首都ケノン】

【首都ケノン】


 ユウマとロディが出会う三日ほど前――


 フォウス王国 王宮内。


 長い回廊に革靴の音が響いていた。

 ひとりの男が足早に進む。

 きっちりと撫でつけたオールバック、切れ長の瞳に光る細縁の眼鏡。

 その立ち姿には、「几帳面」という言葉が似合う。


「……まったく、どこをほっつき歩いているんだ」


 男は苛立ちを押し殺すように低く呟いた。


 廊下の先に立っていた侍女に声をかける。

「おい、王女を見なかったか?」


 侍女は慌てて頭を下げたが、望んだ返答は返ってこない。

 舌打ちをひとつ。眼鏡の奥の目が細くなる。


「四国会議も迫っているというのに……よりによってミーティングをサボるとは……いい度胸だ」


 ブツブツと文句を漏らしながら、王女がいそうな場所を次々と探していく。

 だが、どこにもその姿はなかった。


 ――まさか。


 胸をかすめた嫌な予感に、男は踵を返し、地下へ続く階段へ向かう。


 冷たい石壁に囲まれた階段を降りかけたところで、一人の若い侍女の後ろ姿を見つけた。


「おい、シリシリ! 王女はどこだ?」


 呼びかけに、侍女の肩がびくりと震える。

 壊れた人形のようにぎこちなく振り返ると、雀斑(そばかす)の浮いた顔には冷や汗が滲んでいた。


「ひ、ひぃっ……! も、も、もうお戻りに……なられたのですね、アイザック様」


 アイザックと呼ばれた男は一歩踏み出す。

「王女はどこだ?」

 眼鏡が、ランプの光を反射して鋭く光る。


「え、えっと……ロディシエル様は……お体の具合が……少々芳しくなく……。お部屋でお休みになっておられます。だ、

誰も入るなと……」


 しどろもどろにあからさまな言い訳を並べるシリシリの声は震えていた。


「では、貴様はここで何をしている」


「ひぃっ」


 次の瞬間、アイザックは彼女の後ろ襟を無造作につかみ、そのまま階段をずるずると引っぱって行く。


「あわわわ、そっちは、駄目ですぅ。駄目なんですぅ」


 突き当たりの扉を、アイザックは勢いよく開けた。


 中は薄暗く、青白い魔導灯が幽かに揺れている。

 部屋の中央には、楕円形の転移装置(ポータル)が静かに佇んでいた。

 いつもなら赤いモヤをまとい、フォンフォンと不気味な唸りを上げているはずが――今は、音ひとつしない。つまり、それは誰かが、使ったということだ。


 装置の足元には、ぬいぐるみがちょこんと置かれていた。

 水色の髪をした少女の形。ウインクをし、舌をちょろりと出している。

 その胸元には、『探さないでね』と紙が貼られていた。


 アイザックのこめかみがピクつく。

 きっちり撫でつけたオールバックが、数本はらりと額に落ちる。肩が震えていた。


「わ、わだじも止めたんですよぉおお! 駄目ですって言ったんでずよぉおおお」

 

 その場の空気に耐えくれなくなりシリシリが泣きながら叫ぶ。


 アイザックは、壁に掛かった通信管の受話器を乱暴に引きはがした。


「王女が脱走したッ! すぐに全騎士団を出せ! ・・・知るかっ! 呼び戻せ! この際、生死は問わん! ・・・馬鹿、言葉の綾に決まっとるだろうが!」


 怒号と泣き叫ぶ声が響き渡り。地下室はカオスな空間と化していた。



◇ ◇ ◇ 


 中央大陸南東に広がる豊かな平野と、穏やかな海岸線――。

 そこに築かれたのが〈フォウス王国〉である。


 王国と名はついているが、実質的な権力は王ではなく「商華議会」――商業ギルドの代表たちによって構成される、金と票で動く議会が握っている。

 王政はかつての威厳はなく形式上のものに過ぎず、王族は国の象徴として外交儀礼や祝典に顔を出すだけだ。

 この国は剣よりも契約書が、軍旗よりも商標が力を持つ。


 富を生む者が発言権を得る。

 それが今のフォウスの掟であり、同時に国の根幹だった。


 その中心に位置するのが、首都〈ケノン〉

 大河と内海の港を抱え、交易の要衝として栄える巨大都市である。

 通りには白い石畳が敷かれ、運河には商船が行き交い、香辛料と香水の匂いが入り混じる。

 昼は金の音が鳴り響き、夜は酒場の笑い声と楽師の笛が絶えない。

 一見すれば、どこまでも華やかで、秩序立った都市に見えるだろう。


 だが、一歩裏通りへ入れば様相は一変する。

 増築と改築を繰り返した木造家屋が折り重なり、路地は細く、迷路のように入り組んでいる。

 日の光すら届かぬその空間には、日銭を稼ぐ労働者、流れの傭兵、そして情報屋や闇商人たちが蠢いていた。

 表のケノンが“繁栄”の象徴なら、裏のケノンは“富の犠牲”そのものだ。

 同じ街の中で、金貨十枚の食卓と銅貨一枚の飢えが共存している。


 それでも、この街には奇妙な秩序があった。

 ギルド本部――「商華議会館」がすべての取引と法の中心として鎮座しているからだ。

 王宮よりも人の出入りが多く、決定された議案は王印よりも重く扱われる。

 その建物には、王家の紋章ではなく、黄金の天秤が掲げられていた。


 街を囲む外壁は、北方のカンセズ王国よりも低い。

 魔族領から遠く、戦禍が及ばぬこの土地では、壁は防衛よりも象徴の意味しか持たない。

 代わりに、情報と信用が人々を守っている――そんな国だった。



◇ ◆ ◇


  ユウマたちの馬車が、白い石造りの門をくぐり抜ける。


「いやあ、楽しい旅だったねぇ、ユウマ君、ウルリカちゃん。――そして」


 手綱を握るユウマの後ろでロディが両手を広げた。


「ようこそ、ケノンへ!」


 潮風が吹き抜け、馬車の帆布がはためく。

 海沿いの大通りには潮と香辛料の匂いが混じり、遠くで海鳥がギャァギャァと鳴いていた。

 並木の向こうには蒼い海がきらめき、港には無数の船が並んでいる。

 ――想像していたより、ずっと近代的だ。

 ユウマは目を細め、心の中で呟く。

 何十人もの船乗りがオールを漕ぐ光景を思い浮かべていたが、港に並ぶのは帆と歯車を組み合わせた洗練された船ばかりだった。

 通りの両脇に並ぶ建物も、どれも形が美しく、鮮やかな壁色が陽光を反射している。


 ――カンセズの街も荘厳で好きだったけど……ここは、また違う息づかいがある。


 ユウマの胸に、旅人としての好奇心が静かに灯る。


 「――そして、あれがフォウス王国の象徴。フォウス城だ!」


 ロディが、海の向こうを指さした。

 見れば、港から三キロほど離れた小島に、白亜の孤城が聳えている。

 周囲を濃い群青の海に囲まれ、陽光を受けて塔の先端が黄金に輝いていた。


 その姿は、カンセズの威厳ある要塞とは異なりどこか静かで、古き時代の息吹をそのまま残したような気品があった。


「ボクはここからの眺めが一番好きだな」


 ロディは独り言のように呟いて目を細めた。


  

 港の喧騒が少しずつ静まり始めるころ、四人は早めの夕食をとることにした。

 テーブルには見慣れぬ料理がずらりと並んでいた。

 色とりどりの貝のスープ、スパイスを効かせた焼き魚、そして香草を散らした白いパン。

 ウルリカは目を輝かせ、狼耳と尻尾をぱたぱたと揺らしながら頬をほころばせている。

 

 ロディはユウマから受け取った一枚の紙切れに目を通していた。


「しかし――君たちもこの事件に関与していたなんて」

 

 ロディは果実酒を飲みながら口を聞いた。


「しかも、ネフィルの関与まであるとは」


 ユウマは頷いた。

 ケノンへ向かう途中、ロディがある事件を追っていると聞いた――獣人たちの失踪事件。

 ユウマはウルリカの身に起きた出来事をすべて話した。

 廃鉱山で見たゾンビ化した獣人のこと。

 そして、その獣人が持っていた“労働許可証の切れ端”。

 それを、ロディに託していたのだった。


「この街はヴィルデラーデから仕事を求めて来るバルグも多い。ボクたちも商会――いや、“商家議会”の一部が関与してるんじゃないかと睨んでた。これで、その線が一気に濃くなったね」


 ロディは紙を透かして光にかざす。

 その横顔は、普段の軽い調子とは違い、真剣そのものだった。


「でも……どうして、ロディさんがこの事件を?」


 獣人は自己責任意識が高く、人間は余り関与しないと聞いた事を思い出し尋ねた。

 ロディは何か言いかけたが直ぐに言葉を飲み込んだ。

 一拍の沈黙。


「――ウルリカちゃんみたいな子を、見過ごせないのさ」


 窓の外の暮れなずむ港を見ながら言った。


「でも助かったよ、ユウマ君」

 ロディはふっと微笑む。


「ここのところ情報が途絶えて、行き詰まってたんだ。……君のおかげで、少しだけ光が見えた気がする」


 ユウマにパンのおかわりをねだっているウルリカを見ながら薄く微笑んだ。



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