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五十五話 【おにいちゃんゲーム 其の三】【与えられた力】

ニィハ(おにいちゃん)ゲーム 其の三】


 カッシュの街が見えてきた。

 街の周囲をぐるりと囲む高い壁はそのままだが、以前訪れたときとはまるで違っていた。


 ――人の気配が、ある。


 風に混じって、鍛冶屋の金槌の音が響く。荷車の軋む音、露店の呼び声、子どもの笑い声。

 ほんの二月前まで、風の音しか聞こえなかったこの場所が、今は街の音を取り戻していた。


 門をくぐると、通りのあちこちで修復作業が進められているのが目に入る。石畳の隙間から伸びていた草は刈り取られ、塀にこびりついていた藻も落とされている。行き交う人々はまだ少ないが、その顔にはどこか安堵の色があった。

 旅人の姿もちらほら見える。交易路が再び開かれたのだろう。


 街の中央広場――以前は誰もいなかった噴水広場に立つと、新鮮な光景が目に飛び込んでくる。その傍らには屋台が並び、子どもが棒切れを手に走り回っている。


 ――『カッシュへようこそ』モニュメントも健在だ。


 ユウマは思わず笑みをこぼす。あのときと同じ文字なのに、今は全く違う意味を持っているように感じた。


 ユウマたちの馬車は、街の中央通りに面した大きな宿の前で止まった。宿といっても、冒険者が泊まるような木造の宿屋ではない。白い石壁に赤い瓦屋根、重厚な木の扉には金属の装飾が施されている。

 まるで王都のホテルのような立派な建物だった。


 ――やっぱり、ロディさんは貴族なんだろうか。


 ユウマは見上げながら思う。

 建物の周囲には花壇が整えられ、玄関前には執事風の男性が控えていた。

 街がまだ復興の途中だというのに、ここだけ別世界のようだ。


 そこへ、義足を取りに行っていたロディが戻ってきた。手には黒い革製のケースを抱えている。


「サイシャ、つけてごらん」


 促されるまま、サイシャは静かにスカートを持ち上げ、義足をはめる。

 その動きにはもう慣れたものだった。

 金属と革が精密に組み合わされており、膝も自然に曲がる。膝上まであるソックスを履くと繋ぎ目を見なければ本物の脚と見分けがつかないほどだ。


「ついでに、ユウマ君たちの部屋も取っておいたから、今日はここに泊まるといいよ」


 ロディがさらりと言う。

 馬車の乗車賃の一部ということらしい。


「ありがとうございます。本当に助かります」

 ユウマは礼を述べ、皆とともに宿の中へ入った。


 中に足を踏み入れると、思わず息を呑む。

 広々としたロビーには光沢のある床と、天井から吊るされたシャンデリア。壁には風景画が飾られている。

 従業員たちが一礼して迎える様子もどこか洗練されていて、ユウマは背筋を伸ばした。


 案内された部屋は、二人でも十分すぎるほど広かった。

 柔らかな絨毯、清潔なベッド、窓からは夕陽が差し込み、カッシュの街並みを一望できる。


「わぁーっ!」


 ウルリカが目を輝かせ、部屋の中を駆け回る。

 ふかふかのベッドに飛び乗り、顔を埋めた。


「すっごい! ユーマ、見て! ベッドが雲みたい!」


 ユウマは苦笑しながらも、どこかほっとするようにその様子を見守った。

 

 ――この街も、人も、少しずつ日常を取り戻している。



◇ ◇ ◇


 夕食を終え、四人はロディの部屋に集まっていた。

 談笑が一段落したころ、ロディがユウマの隣にどっかと腰を下ろした。


「さあ! ユウマ君、結果発表といこうか!」


 両手を勢いよく掲げてテンション高く言う。

 そしてそのままユウマの肩に腕を回し、ウルリカへ向き直った。


「ウルリカちゃん。ボクとユウマ、どっちが君のニィハ(おにいちゃん)に相応しいと思う?」


 突然の質問にか、ウルリカはきょとんとしている

 

 ――いきなりかよ!

 だが……来るなら来い。ここでウルリカがロディさんを選んでも、俺は引き下がらない――俺は決めたんだ。ウルリカと旅をする。ウルリカは――俺が護る。


 握りしめた拳に力がこもる。

 そして、ウルリカが小首を傾げ、口を開いた。


「ウルリカのニィハ(おにいちゃん)は、ユーマだけだよ」


 その一言に、ユウマの胸の奥で何かがほどけた。

 視界が一瞬まぶしくなる。

 安堵と照れと喜びが入り混じって、思わず乾いた笑いが漏れた。


「いやあ、悔しいなぁ!」

 

 ロディが肩をすくめて笑う。


「ウルリカちゃん、ボクお金ならたくさん持ってるよ? ボクのところに来てくれれば、毎日おいしいものが食べられるんだけどなぁ?」


 ウルリカは小さく首を振り、真剣な表情で言った。


「ユーマは、ウルリカがいないと何もできないもん。ウルリカが隣にいてあげなくちゃダメなんだから」


 ――え、ちょ……それ、本気で言ってるのか? ユウマの笑顔が引きつる。

 その隣で、ロディは声を上げて笑いながらユウマの肩をばんばん叩いた。


「ははっ、完敗だよ、ユウマ君!」



◇ ◇ ◇


 ユウマとウルリカはそれぞれの部屋に戻っていた。

 寝支度を整えながら、ユウマはベッドの上でぴょんぴょん跳ねてはしゃぐウルリカを横目で見た。


「なあ、ウルリカ。ロディさんがおにいちゃんだったら、きっと毎日こんな立派な宿に泊まれたと思うけど……それでも、俺で良かったのか?」


 言ってから女々しいな、と思い苦笑する。すると、ウルリカは跳ねるのをやめ、小首をかしげて言う。


「ユーマ、ロディはお姉ちゃんだよ?」


 ――え?


 ――じゃあ、“どっちがおにいちゃんか勝負しよう”って……まさか……くそっ、人の心を弄びやがって……。


 それでも、胸の奥では不思議と怒りよりも温かいものが広がっていた。

 ――俺は自分の気持ちに気づけた。いや、ロディさんが導いてくれたのだろう。


 ユウマは深く息を吸い、ウルリカに向き直る。


「ウルリカ。ヴィルデラーデに行くことなんだけどさ。俺、ウルリカの故郷を見てみたい。そして……その後も一緒に旅がしたい」


 その言葉に、ウルリカの顔がぱっと明るくなった。

 大きな瞳が輝き、勢いよくベッドから飛び降りる。


「うんっ! ユーマと一緒がいい!」


 その声に、ユウマの胸の奥で、閉ざされていた何かが静かに溶けていった。



【与えられた力】


 翌朝。

 

 ユウマとウルリカは、宿の裏庭を借りて剣の稽古をしていた。

 朝露に濡れた芝を踏みしめ、木剣が風を切る音が澄んだ空気に響く。


 ――ウルリカの格闘術もずいぶん様になってきたな。ユウマは横目で彼女の動きを見ながら、木剣を軽く振る。


 そのとき、裏庭の入口から声がした。


「おはよー。朝っぱらから頑張ってるねぇ」


 あくび混じりの声。振り返ると、ロディとサイシャが姿を現した。


「おはようございます」

「オハヨウ!」


 ユウマとウルリカが声をそろえると、ロディはにやりと笑う。


「ユウマ君、もしよければ――サイシャと手合わせしてもらえないかな?」


 唐突な提案に、ユウマは少し驚いたが、すぐに頷いた。


「ええ、良いですよ」


 やはり実戦に近いほうが気付きも多い。

 ククルとの模擬戦の記憶が蘇る――まあ、一度も勝てなかったけど。

 それでも胸が熱くなるのを感じた。


「ありがとう。サイシャと互角にやり合える人なんて、そうはいないんだ」


 ロディの言葉にユウマは木剣を差し出す。

 サイシャはそれを受け取り、しばらく剣を眺めて頷いた。

 そして、静かに構える。


 ――しん、と音が止む。


 次の瞬間。


 タンッ!


 踏み込みと同時に、サイシャが疾駆する。

 横薙ぎに放たれた初撃をユウマは辛うじて受け止めた。

 木剣同士がぶつかる瞬間、腕がビリッと痺れる。


 ――重い。インパクトの感覚が正確すぎる。


 ユウマは体勢を立て直し、反撃へ移る。

 連撃、受け、払い、踏み込み――音が絶え間なく続く。


 だが、やりにくい。

 ククルはスピードを生かし正確無比な攻撃で相手の隙を突いていくのに対してサイシャは……違う。

 軌道が不規則すぎる。目線から次の動きを読めない。簡単に言うと出鱈目に強い。

 まるで、思考と身体が別々に動いているような――。


 ガキィッ!


 交わった剣が止まり、互いの息が荒くなる。

 サイシャはそのまま静かに言った。


「……すごい。私と互角に渡り合えるなんて」


 そして、ふと呟く。


「……ユウマも、与えられた力を持ってるの」


 ユウマは息を整えながら頷いた。

 ――確かに、俺はルルルから“力”を授かった。

 身体能力の強化。ククルの特訓で鍛えられたのも、その恩恵があったからだ。


 サイシャは木剣を見つめながら続けた。


「……私はね、武器を手にした瞬間に、その使い方が分かるの。性能を最大限に引き出す……そういう力を持っているの」


 そう言って一歩下がり、構えを直す。


「でも今は、その力に振り回されているだけ。……だけど、いつか……いつか自分の力として扱えるように――必ず、変えてみせるの」


 その言葉とともに、彼女の木剣が再び唸りを上げた。

 鋭い軌道。ユウマは正面から受け止めた。


 攻防は次第に緩やかになり、やがて二人の剣が静かに止まる。

 どちらともなく木剣を下ろし、深く一礼した。


 肩で息をしながら座り込むと、ロディがタオルを持って駆け寄ってきた。


「いやあ、凄いなあ。二人ともカッコよかったよ、早すぎてよくわからなかったけど」


 笑顔でタオルを差し出すロディ。

 ユウマはそれを受け取り、汗を拭いながら空を見上げた。


 ――スキル。

 俺の魔法はおそらく魔術よりも強大だ。

 けれど、力を与えられただけじゃ、何も意味がない。

 それを扱う心がなければ、力に飲み込まれてしまう。心も、もっと強くならなければ。


 空は青く、風は高く舞っていた。


 

天空の戯言


ルルル「ねぇゲームマスター、章替えしたのに物語が一ミリも動いてないんだけど?」


GM「いや、ちょっと気づいたら語りが止まらなくて……」


ルルル「説教くさい話ばっかりしてたら、読者様に逃げられるわよ? まあ、逃げる読者様すら居ないけど……。ほら、魔法バンバン撃って、ド派手に!」


GM「……ごもっともです。次回、ケノン突入! 予定は未定ですが!」


ルルル「ダメじゃない!」

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