五十三話 【おにいちゃんゲーム 其の一】
【ニィハゲーム 其の一】
ユウマ、ウルリカ、ロディ、サイシャの一行は、無事にモース渓谷を抜け、次のキャンプ地へと辿り着いていた。
夕暮れの中、赤く染まる馬車の影。荷台の中からは、ロディとウルリカの楽しげな声が弾むように響いてくる。
――ウルリカ、楽しそうだな。
ニャミーさんと俺以外の人と、話すのは久しぶりかもしれない。
「……」
――って、こんなに笑う子だったか……?
俺といるとき、こんな風に笑ってたっけ……。
焦りとも寂しさともつかない思いに突き動かされ、つい顔を荷台の方へ向けて声をかけようとしたそのとき――
「おにいちゃん、よそ見しちゃダメでしょ! 操馬中は前見なきゃ!」
ウルリカの叱る声が飛んできた。
――え? ウルリカさん、そんな子でした? ショック受けたユウマは渋々と前方へと視界を戻す。そんなユウマの姿を見てロディの口角が上がる。
しばらく走っていると、街道から少し外れた所に開けた場所を見つけ、ユウマは手綱を引き、馬車を止める。
荷台からテントを二張取り出して設営を始める。
手順を思い出しながら張っているとウルリカが得意げにペグを打ち込んでいく。
――ウルリカさん、まだペグを打つ段階じゃあないですよ。ユウマは苦笑いをしながらウルリカが打ったペグを軽く抜き、布地を伸ばし打ち直して行く。
ようやくテントが完成し胸を張って満足そうに頷いているウルリカを横目にロディ達の方を見る。
二人は地べたに向かい合って座っており、収納袋に入ったままのテントを見つめている。
「えっと、設営しましょうか?」
ユウマが恐る恐る声をかけると「おお、設営してくれるのか!」「……うん。お願い」と食い気味に返答が返ってくる。
苦笑いしながら、この人達は野営はしないのだろうかなど考えながらテントを広げていると、ウルリカが得意げに石とペグを両手に持ってくる。
「ウルリカには薪を拾ってきて欲しいなぁ」
やんわりと指示すると彼女は頬をふくらませて言い返す。
「もー、おにいちゃんはウルリカがいないと何もできないんだから!」
そう言いつつも、どこか嬉しそうに尻尾を揺らして林の中へ走っていった。
ちょうど二つ目のテントを張り終えたころ、ウルリカが戻ってくる。
だが、手にしていたのは薪ではなく――耳をつかまれ、だらりと伸びた角の生えたウサギだった。
「おにいちゃん、晩ごはん獲ってきたよ!」
誇らしげに胸を張るウルリカの姿に、ユウマは思わず頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、ユウマは自分のテントで仰向けになっていた。
隣のテントからは、ウルリカとロディの笑い声がときどき漏れてくる。
――なんか、一人になるのは久しぶりだな。
上に向かって狭くなる布の天井を見つめながら、これからのことを考える。
ウルリカの両親を探す旅は終わった。彼女の父親から「もう少し面倒を見てやってほしい」と託された。言葉の判らない人間の世界にいるより故郷に帰るほうがウルリカにとっても安心するはずだ。
そしてその後はこの世界を一人気ままに旅をしていこう、憧れのファンタジーの世界で――
パチッ……パチッ……。
焚火の爆ぜる音に目が覚めた。寝返りを打って隣を見るが、ウルリカの姿はない。ロディたちのテントでそのまま寝たのだろう。
ユウマは身を起こし、テントの外へ出る。
夜気は冷たく、夏が終わったのだと感じる。焚火のそばではサイシャが切り株に腰を下ろし、無表情のまま炎を見つめていた。
「見張り、代わりましょうか?」
声をかけると、サイシャはわずかに首を横に振る。
「……まだ、大丈夫だから寝てても良いの」
「俺、結構夜更かしは得意なんですよ」
ブラック企業で鍛えられた特技を、誰にも伝わらない冗談を口にする。
焚火の明かりに照らされながら、ユウマはサイシャの隣に腰を下ろした。しばらく無言で炎を眺めたのち、口を開く。
「サイシャさんとロディさんって、どういう関係なんですか?」
「……性奴隷」
「えっ?」
思わず顔を向けると、サイシャは真顔のままぼそりと続けた。
「……ジョーク」
ユウマは胸をなでおろす。サイシャは炎を見つめたまま、淡々と語り出した。
「私はマイスターの剣。マイスターが私を救ってくれた。自由をくれた。だから――私の命はマイスターのためにあるの」
声は静かだったが、その言葉の奥には確かな意志の火が灯っていた。
「命の恩人なんですね」
ユウマは頷きながら、無意識に彼女の右足へと視線を向ける。
ふと、治癒魔法で治せるのだろうか――そんな考えが脳裏をかすめた。
「サイシャさん。もし右足が治るとしたら……どうしますか?」
問いながら、自分でも不思議なことを聞いていると思った。苦笑しつつも、その答えを待つ。
「……このままでいいの。マイスターが私の足を造ってくれる。それでいい」
蛾のような虫が一匹、炎に吸い込まれ、パチッと音を立てて消えた。
夜風が薪の焦げた匂いを運び、時間だけがゆっくりと流れていく。
「サイシャさん、もう休んでください。あとは俺が見張ります」
「……うん。じゃあお願い」
サイシャは小さく頷き、木の枝を松葉杖のように使ってテントへ戻っていった。
ユウマはケトルに水が残っているのを確かめ、焚火の上のトライポッドに吊るす。
しばらくして湯が沸くと、茶葉を入れて蒸らした。 香りが立ち上る頃合いを見計らってカップに注ぎ、一口飲む。上品な苦味と、かすかな甘み。
思わず息を吐き、空を仰ぐ。満天の星が、まるで降ってくるようだった。
そのとき、テントの入口がパサリと音を立ててロディが眠そうに目をこすりながら外へ出てくる。
「やあ、ボクにも一杯、入れてくれないか?」
伸びをしながら焚火のそばへと近づく。
「ええ、どうぞ」
ユウマはまだ湯が温かいのを確かめ、ロディのカップに茶を注ぎ、砂糖をひとさじ加えて差し出した。
ロディは恐る恐る一口すすり、眉をひそめる。
ユウマが苦笑して、砂糖を足すと――
「うん……おいしい。いい茶葉だね」
その言葉に、ユウマは思わず吹き出した。
「――そういえば、ウルリカがお邪魔してすみません」
照れくさそうに礼を言うと、ロディは笑みを浮かべて首を振る。
「ウルリカちゃんって素直でいい子だね」
焚火の光が、ロディの横顔を照らす。
「ユウマ君は、ウルリカちゃんをヴィルデラーデに送り届けるために旅をしてるんだろう?」
「はい。ウルリカは……両親を亡くしてしまったんです。それで、せめて故郷に帰してあげたいと思って」
「――ウルリカちゃんには、そのことを伝えてあるのかい?」
「いえ、まだ直接には……でも、きっと帰りたいはずです」
自分の言葉を反芻しながら、ユウマは焚火の炎を見つめた。
そのとき、ロディの声が軽く響く。
「じゃあ、ウルリカちゃんをボクにくれないか?」
――え?
一瞬、意味が理解できなかった。
「だって、もう届けるだけなんだろう? ウルリカちゃん、可愛いし。ボクが面倒を見てあげるよ」
唐突な言葉に、ユウマの胸の奥がざらつく。
何を言っているんだ、この人は。
怒りとも困惑ともつかない感情が喉に詰まり、声が出ない。
「……それは、ちょっと困ります」
やっと絞り出した返事に、自分でも歯がゆさを覚えた。
ロディはそんなユウマを見つめ、微笑を崩さぬまま言葉を続ける。
「恐らく、君は無報酬でやっているんだろう? ――なら、ウルリカちゃん自身に決めてもらうのはどうだい?」
焚火がパチリと弾けた。
「どっちが、ニィハになるか勝負をしよう」




