五十二話 【ロディとサイシャ】
【ロディとサイシャ】
「やっぱり貴方、強いな」
そう言って、水色のボブカットの青年は幌を伝って馬車の屋根から、もぞもぞと降りてきた。途中で足場を探してうろうろしていたかと思えば、体重を乗せた瞬間に足を滑らせ――ドサッ、と尻から地面に落ちる。
「だ、大丈夫ですか!?」ユウマは慌てて駆け寄り、手を差し出した。
「いてて……あ、ありがとう」恥ずかしそうに笑いながら、青年は差し出された手を取る。
「――で、ブーメランの方はどうだったかな? サイシャ」
片手でオーバーオールに付いた土を払いながらサイシャに目を向ける。
「……四十点」
サイシャがぼそりと呟き、ブーメランをポイと手放した。
「えー、四十点!? ツインブーメランだよ? 二つに分かれるなんて、画期的だと思わない?」
青年はユウマの手を握ったまま、ほっぺたを膨らまして言う。
「……前にも言ったの……投擲武器は重いほど威力が上がるの。半分の重さにしたら威力も半分……最初から二本投げた方が合理的」
「でも浪漫って大事じゃない? ねぇ、貴方はどう思う?」
ぎゅっと、あどけない顔が近づき、ユウマは思わず目を逸らす。
「え、ええと……かっこいいとは思いますけど、普通はあんなに正確に当てられないかと……」
――先ほど口にしていた点数は、どうやら武器の出来を評価していたらしい。それにしても、大鎌やブーメラン、随分と個性的な武器だな。うん、嫌いじゃない――
「まあ、ボクが投げても絶対当たらないよ。その前に届かないしね。あれは彼女専用の武器なんだ。さっきは座ったまま投げたから外れたけど、ちゃんと構えていれば完璧に仕留めてたさ」
胸の前で軽く拳を握り、青年は自信満々に微笑んだ。
「――そういえば、自己紹介がまだだったね」
突如話が変わり青年は胸に掌を当て、軽く前屈みになって名乗る。
「ボクの名前はロディ。趣味で武器を造ってるんだ。で、ボクの造った武器を実戦で採点してくれるのが彼女――サイシャだ」
――ロディ。名前だけ聞けば男っぽいような。けれど仕草や声の調子はやはり中性的で、ユウマは再び判断に迷う。
そしてまだ手を握られたままだと気づき、慌てて引っ込めた。
「俺はユウマといいます。この世界を見て回りながら、冒険者をやっていて――」
ユウマは岩場にいるウルリカを呼び、二人に紹介した。
「こっちはウルリカ。今は一緒に旅をしています」
ロディは前かがみになり、ウルリカの目線まで降りて柔らかく微笑む。
「……グルモン、ウルリカ……ミア、ロディ。ヴェル……フロイント?」
ウルリカの耳がぴくりと動き、ぱっと表情が明るくなる。
「グルモン、ロディ! ヤ、ヴェル、フロイント! ドゥ、レデン、バルグ?」
「エイン……ヴェニッヒ」ロディがウインクしながら短く答えた。
「アーベル、ノホラーン」
「ロディさん、獣人語わかるんですか?」
ユウマが驚いて尋ねる。
「カタコトだけどね。昔、ちょっと興味があって勉強してたんだ」 ロディはそう言って、くるりとユウマの方へ身体を向けると、唇の端を上げた。
「“おにいちゃんプレイ”ができるほどじゃないけどね」
「い、いやっ、それはっ……そういう意味じゃなくて!」
ユウマは真っ赤になって両手をぶんぶんと振る。
その反応にロディは肩をすくめ、楽しそうに笑った。
「まあまあ、癖は人それぞれ。ボクも人のこと言えないしね」
そう言って、ちらりとサイシャの方へ視線を向ける。
「――あの服はボクが作ったんだ。完全にボクの趣味さ。可愛いだろ、メイドの制服をアレンジしたんだ。後、武器も隠せるしね」
ユウマは無表情のままVサインをしているサイシャを見て――うん、でもこれも有りだ。と心の中で拳を固める。
「――ところで、ユウマ君にお願いがあるんだけど。僕たち、ケノンまで帰らないといけないんだ。もしよければ、馬車に乗せてもらえないかな?」
――ケノン。フォウス王国の首都だ。ウルリカの故郷ヴィルデラーデへはそこから船で行くことになる。もっとも、大きな問題はないはずだとユウマは思う。
「いいですよ。俺たちもヴィルデラーデが目的地ですから」
ユウマの返事に、隣のウルリカの顔がふと曇る。ロディはそれを視界の端で見やると、にこやかに礼を述べた。
「ありがとう。もちろん、乗車賃は払うよ。それと、カッシュの街には寄るよね? 荷物をいくつか置いてきてて、サイシャの義足の予備もそこにあるんだ」
国境までは十日ほどの行程だ。大きな街はこの先カッシュが最後になる。遺跡の大翼竜、ハッシュパピーが立ち退いてくれたので人々が戻り始めいる。賑わうカッシュも見るのも楽しみだ。
荷物を最小限にして馬車に積み終えると、ロディはサイシャに肩を貸し、二人で馬の方へ歩み寄った。ロディは倒れている馬の首に手を回し、静かにその顔を撫でた。
「ごめんな」
ロディの声は低く、震えていた。次の瞬間、サイシャは無表情のまま膝上まであるソックスの内側から細長い針を取り出す。動作は躊躇なく、必要最低限の冷静さで馬の急所に差し込んだ。馬の瞳から光がゆっくりと引いていき、やがて静寂が訪れる。
その一連の所作にユウマは目が離せなかった。色んな感情が混ざり合い、命の終わりを見届ける無言の時間が胸に重くのしかかる。
ロディはユウマの目線を感じ取り、苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「かっこ悪いだろ? 武器を作るのが趣味だって言ってるくせに、実際に扱うのは下手なんだ。サイシャなら――そう、痛みを最小限にしてやれる」
ロディの言葉には自嘲が混じっていた。ユウマはとっさに否定する。
「そんなことないですよ。俺も、そんな芸当はできません……」
二人は馬から離れユウマの馬車の荷台に近づく。
「では、お邪魔するよ」
ロディは軽く笑いながら荷台へと上がった。続いてサイシャが片手で縁を掴み、片足で軽やかに跳ね上がり舞うように入っていく。
ウルリカが乗り込むのを確かめてから、ユウマも手綱を握り、前席へ腰を下ろす。
太陽はすでに高く昇り、谷を抜ける風がゆるやかに吹き抜ける。
その風は血の残り香をさらい、戦いの痕跡を洗い流すようにユウマの頬を撫でていった。




