四十九話 【リリィローズ】
更新に時間がかかりお待たせしました。(待っていた人がいると信じて)
【リリィローズ】
四頭の馬が東の丘をゆっくりと登っていく。王都カンセズの城壁を遠く背にし、やがて視界には整然と並ぶ並木道が現れた。人工的に植えられた木々が道の両脇を守るように連なり、その奥には大きな屋敷の輪郭が浮かび上がってくる。
ちょうどその時、屋敷の方から一頭の馬が近づいてきた。すれ違った人物は白の装束を纏い、深々とフードを被って顔を隠していた。無言で通り過ぎる姿に、四人は一瞬だけ視線を送る。
やがて屋敷の門前に到着すると、彼らは馬を降り、ヒッチングレールに手際よく繋ぐ。そのまま重厚な門をくぐった。
「……デカい屋敷だなあ。これで別荘なんスよね」
ニヤンが細い目をさらに細めて、感嘆とも皮肉ともつかない声を漏らす。
「まあ、伯爵様ともなりゃな」
赤いメッシュの入った前髪をかき上げながらアニオスは、堂々とそびえる館を仰ぎ見た。
アニオスが玄関の鈴を鳴らすと、しばらくして戸が開き、ラフな身なりで無愛想な男が顔を出し、値踏みするように四人を眺める。
「ったく、今日は来客が多いな」
顎髭を撫でながら男は目を細める。
「お久しぶりです、バッカス様」
アニオスが頭を下げると、バッカスは赤メッシュをちらりと見て首をかしげた。すぐには名前が結びつかないらしく、面倒くさそうに「まあ、入れ」と四人を中へ促す。
通されたのは狩猟趣味を反映した応接間だった。壁には弓が几帳面に掛けられ、暖炉の上には鹿の頭部の剥製、部屋の隅には等身大の熊の剥製がどっしりと据えられている。バッカスはソファにどっかりと腰を下ろし、対面に四人を座らせた。
「んで? 何の用だ?」
アニオスはテーブルの上の大ぶりなナイフを手に取り、布で刃を拭きながら応える。左手首には包帯が巻かれている。
「実はモース渓谷近くの廃鉱山で見つけたのですが……見てもらえますか?」
アニオスは綺麗めな布に包み替えた異形の者の右腕を机に置き開いて見せる。
「うわっ、おい、きったねえなあ」
バッカスは顰めっ面で青黒い腕を覗き込む。
「ネフィルの腕と思うのですが。坑道の奥に落ちてました」
ユウマは報酬のこともあるからと自分の名前は伏せてくれと伝えてきたのでアニオスは適当に誤魔化す。
「間違いねえな、ネフィルの一部だろう……バルグを斬ったときはこんな断面図じゃなかったからな」
バッカスはニヤニヤとしながらナイフの先で斬口を突っつきながら言う。
「……でかしたじゃないか、えーっとアニオスだっけ? これは有力な情報になるぜ。俺様に任せときな、然るべき所へ持っていってやるよ」
「あ、あの……報奨金の方は……?」
おずおずとブルトが口を開く。
バッカスはナイフを弄んでいた手を止め、ジロリと睨みつける。空気が一瞬、重く張り詰めた。だがすぐに口角を吊り上げ、ニヤついた笑みに変わる。
「お前らみたいな冒険者がギルドに持ち込んでも、鑑定だの調査だので時間を食うだけだろう。俺様が直接持っていった方が話は早い。……報奨金は立て替えてやるよ」
そう言って奥の部屋へ姿を消すと、しばらくして革袋を片手に戻ってきた。
「物的証拠だ、金貨十枚くらいが相場だろうな……だが俺様に持ってきたのは正解だった。オマケに一枚、足してやろう」
カチャリ、と革袋を卓上に置く。
「ありがとうございます!」とブルトが身を乗り出し、革袋に手を伸ばしかけた瞬間、バッカスが袋をスッと引き寄せた。
「この腕のこと……誰かに話したか?」
低く、威圧的な声。四人の背筋が同時に強張る。
「……いえ、誰にも」ブルトが慌てて答える。
「俺達はネフィルの調査を慎重に進めている。不確かな噂が流れると面倒だ。……他言無用だ、誓えるな?」
バッカスは四人の顔を順番に見回す。その眼光に射すくめられるように、アニオスが毅然と答えた。
「はい。この件は決して他言致しません」
「良し」バッカスは袋を押し出し、顎をしゃくって渡した。
「それにしてもお前ら、運がいいな。たまたま入った坑道で、こんなお宝を拾うとはな……」
ブルトが「へへっ」と苦笑いをし革袋を胸に抱きしめる。バッカスはその様子を細めた目で眺めながら、顎を高く上げた。
「それでは、これで失礼します」
アニオス達は立ち上がり、一礼して部屋を後にする。
「おう。また何か掴んだら俺様の所に持ってこい」
座ったまま、ナイフで証拠の腕を突きながら、バッカスは彼らを送り出す。
玄関が閉まる音を耳にすると、バッカスはゆっくりと腰を上げ、異形の者の腕を片手に台所へ向かった。
かまどの上では、水を張った鍋がぐつぐつと煮え立っている。
「……ったく、面倒なもん拾わせやがって。おまけに報奨金まで払っちまったじゃねぇか」
吐き捨てるように呟きながら、青黒い指からリング状のアーティファクトを三つ外し、腕を窯の火へ放り込む。
ゴォッと音を立てて炎が青く跳ね上がった。
「……あいつらは、何者だ?」
背後から響いた声に、バッカスの全身がビクリと跳ねた。
反射的にナイフを取り振り向くと、壁にもたれ腕を組む白装束の人物がそこに立っていた。
「おいおい、脅かすんじゃねぇよ……てめぇ、もう帰ったんじゃなかったのか? そんなに俺様が信用できねぇってか? ……まあ、それはお互い様だが」
鼻で笑い、ナイフを鞘に戻す。
「あの赤メッシュ……あんま覚えてねぇが、多分、昔準騎士を指導してた時にいた奴だろ。――それより、俺が払った報奨金、立て替えてくれるんだろうな?」
「……金、金とうるさいな。安心しろ、きっちり払わせる」
「へっ、ファトスのお偉方にとっちゃ、こんな端金なんざ鳥の餌くらいにしか思ってねぇんだろうけどよ」
バッカスは鍋から湯を汲み、葉と香辛料を放り込み、乱暴にかき混ぜる。
「金と権力さえあれば何でも手に入る……いや、権力なんざ金で買える。俺はいずれ、この手で王国を築いてやるぜ」
湯飲みを口に運び、一気に飲み干す。
「……淋しいやつだな」
白装束は横目でバッカスを一瞥し、細く吐き捨てる。
「あァ? てめぇだって、金積まれりゃ股を開くんだろ? で、幾ら出したらヤラしてくれんだ?」
「殺すぞ」
白装束の女の眼光が鋭く光る。その一言に、バッカスは一瞬凍り付く。
「へっ、冗談だよ冗談。……それより、あの魔王だっけ? 腕を斬ったのは誰だ? アイツ、気色わりぃが馬鹿みてぇに強いんだろ?」
気圧され、慌てて話題を変える。
「魔王のなりそこないだ。――斬られた本人に聞いてみればいい。もっとも今どこにいるかは知らないけどな。……まあ、サシで渡り合えるヒューマンなんて、ドラフ・ドランかニオ・ギルアンティアくらいだろう。もしかしたら実験中の事故ってこともあるんじゃないか?」
「ふん、どうでもいい。……監視が済んだなら、とっとと帰りやがれ」
バッカスはくちゃくちゃと噛んでいた葉を吐き捨て、手で追い払う仕草をする。
「ああ、そういや――てめぇの名前、まだ聞いてなかったな。どう呼べばいい? どうせ本名じゃねぇんだろうけどよ」
振り返った瞬間、白装束の姿はもう消えていた。
残されたのは、冷たい声だけ。
「……リリィローズ」
その名が、部屋に溶けるように残響する。
◇ ◆ ◇
玄関を出て馬のもとへ戻った四人は、振り返って屋敷を見上げる。
「バッカス様って……あんな感じでしたっけ? なんか雰囲気、変わったような……」
モジャンが小声で漏らす。
「数年前に兄が二人、立て続けに事故で亡くなったらしい。そのせいで色々あったんだろう」
アニオスは馬に跨がりながら、どこか思案するように答えた。
白装束の人物、リリィローズは女性という設定だったのですが三十八話の中で一か所「男」と書いていました。訂正致します。




