四十八話 【媒体と寿命(コスト)】
【媒体と寿命】
ユウマはラビの村の宿屋へ戻った。
廃鉱山からの帰り道、ウルリカは一言も喋らなかった。今は隣のベッドで布団をすっぽり被り、小さな背を丸めている。
――今はそっとしておこう。
そう思いながら、ユウマは自分のベッドに腰を下ろし、窓の外へ目をやった。雲間に隠れた月が、朧に夜空を照らしている。
ふと、あの異形の者に投げかけられた問いが甦る。
「……魔法とは、何だ?」
正直、深く考えたことはなかった。ファンタジー世界で魔法といえば、科学の代わりの自然法則だったり、精神や意志の力、神や精霊の加護だったり……あるいは言語や記号を用いたプログラム的なブラックテクノロジー。だったりするよな。
しかしどんな背景であろうと魔法を使う為にはエネルギーの変換、媒体が必要なはず。
〈ソウルサクリファイス〉――寿命を代償にする。
″余命″ならまだ分かる。残された時間には確かに“エネルギー”がある気がする。けれど″寿命″……? 平均寿命なんて、ただの統計的な数字に過ぎない。誰かが八十年分の命を保証してくれるわけじゃない。
俺は転生するにあたってキャラメイキングをした、その時に寿命も設定されたのか? いや設定されたのならそれは余命だよな。
――未来を一つ潰す。
今より先にあったかもしれない時間を消し去る。
その未来に積み重なっていたはずの“エネルギーの可能性”を、無理やり引き出して魔力へと変換している……そんな仕組みなのか? つまり、これは未来の前借り――?
ユウマは頭を掻きむしった。
――ああ、考えても仕方ない。答えなんて出やしない。
剣と魔法の世界に憧れてきたじゃないか。せっかくその世界にいるんだ、せめて楽しめ。
流れていく雲の切れ間から、再び月が顔を覗かせた。
淡い月光が窓を照らし、静かに胸を撫でていくように感じていた。
そのとき「トクン」と胸の奥が鳴る。――自然と、ククルの顔が浮かぶ。
――今ごろ、どうしてるんだろう。遠征任務って、危険な事ではないんだろうか?
次の瞬間、「チクリ」と胸に痛みが走る。切なさとも高揚ともつかぬ感情に浸ろうとしたそのときだった。
突如、強烈な光に照らされる。視界が白に染まり、点滅する光に目を閉じても逃れられない。
「ドクン!」心臓が跳ねた瞬間、全身が灼けるように熱を帯び、鋭い激痛が体の隅々を走り抜ける。
関節がきしみ、ねじ切られるような感覚。思わず叫び声が漏れる。
――昔、インフルエンザで苦しんだ事があったがそれよりも何十倍もの痛みだった。
「ガァアアアアッ!」
自分のものとは思えない獣じみた声が喉から迸る。
ベッドに仰向けに沈み込んだかと思えば、今度は腹の奥が引き上げられるようにして体が反り返る。身体中の骨がミシミシと音を立てている。
「……おにいちゃん! ……おにいちゃん! ……大丈夫なの……!?」
遠くにウルリカの声が響く。だが、もう応える余裕はなかった。
テレビの電源が落ちるときのように、視界が収束しながら暗転していく。
――沈む。
音のない虚無の空間。そこに、ぼんやりとした小さな球体が浮かんでいた。
それは次第に大きくなり、近づいてくる。惑星エリジオスだと自然と理解する。
身体は抗えぬ力に引き寄せられ、惑星の奥深くへと吸い込まれていく。大気圏を抜けた途端、視界に広がったのは黒雲の荒海、稲光が絶え間なくその闇を裂いていた。さらに雲を突き抜けた瞬間、滝のように降りしきる雨と、雷鳴の轟音が全身を包み込む。
大地がぐんぐん近づいてくる。ぼんやりと浮かぶシルエット――城? あれは……カンセズ城!?
あちらこちらから黒煙が立ち昇っている。
突如、轟音とともに城壁の一部が爆ぜ飛び、騎士たちの身体が宙に舞う。
煙が視界を覆い、次の瞬間には場面が切り替わっていた。
城内。長い廊下で、騎士たちと魔族が入り乱れ、熾烈な戦闘が繰り広げられており、悲鳴、怒号、武器がぶつかり合う甲高い金属音。響き渡るその渦の最後尾に――紫の長い髪を揺らし、ティアラを戴いた若き女性がいた。
ドレスのシルエットを鎧に仕立てたような装束に身を包み、剣を高々と掲げて叫んでいる。
閃光。
視界が真白に塗り潰され、場面はまた一変する。
――カンセズのはるか北。
魔族領の奥に聳える、天を突く山。
大地が震え、空気が悲鳴を上げ、次の瞬間、轟音とともに山が爆ぜた。
炎と黒煙が空を突き破り、赤々とした溶岩が地を呑み込む。
噴煙が天を覆い尽くし、ユウマの視界は暗黒に沈んでいく。
そして――意識は深い闇へと落ちた。
◇ ◇ ◆
……目が覚める。
ユウマはゆっくりと上体を起こした。窓の外から、朝の風がそよそよと入り込んでくる。
不思議なことに、あれほどの痛みは跡形もなく消えていた。夢の光景も、次第に霞んでいく。
ベッドの横には、上半身をユウマの布団に預けて眠るウルリカの姿があり、小さな体で必死に看病してくれていたのだろう。
ユウマはそっと癖っ毛に触れ、優しく撫でる。
その瞬間、ウルリカがむくりと頭を上げた。しばらくぼんやりと瞬きを繰り返した後――ユウマの顔を認識した途端、泣きそうな笑顔を浮かべて飛びついてきた。
「おにいちゃん、大丈夫なの……? 死んでないの?」
「死んでるわけないだろ。……ごめん、心配かけたな」
ユウマがウルリカの髪をわしゃわしゃとかき混ぜると、彼女はくすぐったそうに笑い、安堵と嬉しさが混じった表情を浮かべた。
汗で重くなった服を脱ぎ、絞ったタオルで身体を拭う。
ニオ・ギルアンティアの屋敷で、メイド長キャスリーが誂えてくれたリネンのシャツに袖を通した。
「……?」
――違和感。
次にボトムパンツを履いてみる。
だが、やはり同じ違和感がまとわりつく。
肩幅が妙にきつい。袖や裾も、これまでより短く感じる。俺の体格に合わせて作られており、何度か洗濯はしたが、この服が縮んだことは一度もない。
……じゃあ、俺の方が大きくなった?
その時、キャスリーの言葉が脳裏に蘇る。
――彼女は、俺の身長や体重を言い当てた。そして、年齢を「十七歳」と言った。
あの時は色々と動揺していたので聞き流していた。
だが、確かに彼女はそう言ったのだ。
俺はルルルに頼んで、十六歳の姿で転生した。
――そして、白銀の狼のみんなに治癒魔法をかけた時、寿命を一年分失った。
まさか……その分、年齢も進んだってことか?
さらに思い出す。
今まで使った魔法で削った寿命は――三年と数カ月。
ユウマはハッとする。
「……俺、十九歳になってる!?」
乾いた笑いがでた――




