表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/59

四十七話 【右腕】

【右腕】


 ユウマとウルリカの前に、坑道の出口が見えてきた。

 ユウマは広場から持ち出した松明をそっと地面に置き、俯いたままのウルリカの手を握り直す。二人は並んで坑道を抜け出した。


 外に広がるのは、眩しいほどの陽光だった。暗闇に慣れた目が思わず細まる。けれどその光は胸の奥に残る重苦しさを拭うことはなかった。


「ユウマ殿! ご無事でしたか!」


 律儀に外で待っていたのだろう。アニオスが駆け寄り、安堵と驚きの入り混じった声をあげる。


「先ほど、中から大聖堂の鐘のような音が響いてきましたが……いったい何があったのです?」

 

 身振り手振りを交え、問いかけてくる。


「……これを」


 ユウマは、獣人の衣で雑に包んだものを差し出した。

 アニオスが(いぶか)しげに受け取り、布をめくった瞬間――


「うわっ……!」


 思わず声を漏らし、取り落としそうになる。

 布の中から現れたのは、青黒い体液に濡れた異形の者の右腕だった。

 アニオスは慌ててお手玉のようにそれを持ち直し、顔を引き()らせる。


 その滑稽な仕草に、ユウマの口元がほんの少しだけ緩む。


 やがて冷静さを取り戻したアニオスは、不気味な右腕を包み直しながら、ちらりとユウマとウルリカに目をやった。

 今朝までの明るい二人の雰囲気はそこになく、特にウルリカの横顔を見れば――坑道で何かあったと容易に察することができた。だがアニオスは、胸にこみ上げる問いを飲み込み、言葉を選ぶ。


「……馬のところまで戻りましょう」


 促され、ユウマは無言でウルリカを抱きかかえ、すり鉢状の岩肌を跳ねるように駆け上がった。アニオスも慌ててその後を追う。


 やがて森の縁が見え、出発点に戻る。

 そこには五頭の馬と、ブルト、モジャン、ニヤンの三人の姿があった。

 彼らは地面に座り、トランプのような木片を広げて遊んでいたらしい。ユウマ達の気配に気づくと、慌てて板をかき集め、袋へと押し込む。


「ど、どうでした? ……何か、分かりましたか?」

 

 ブルトが恐る恐る問いかける。


 ユウマは皆を座らせて四人の顔を見渡し、ゆっくりと語り始めた。

 

 ――ウルリカが乗っていた馬車を襲った者のこと。その中にいた魔族が坑道に潜んでいたこと。

 そして、ウルリカの両親を救い出すことができなかったという事実を。


「……そうでしたか」

 

 アニオスの声は、静かに沈んでいた。


 ブルトがぐずりと鼻をすすり、袖で目をこすっている。


「しかし……ネフィルって、本当にいたんだな。兄貴は見たことあるんスか?」


 ニヤンが不安げに声をあげる。


「いや、俺も実物はねえな。騎兵学校の授業で叩き込まれただけだ。準騎士だった頃も、目撃報告は時折あったが……」


 アニオスは淡々と答える。


「半身飛ばされても生きてるなんて……やっぱりバケモンだ」


 モジャンが、皆の前に置かれた青黒い右腕を見つめながら呟いた。


「それと、これも見てほしいんですが……」


 ユウマは、獣人が持っていた契約書の切れ端を差し出す。


 アニオスはざっと目を通し、眉をひそめる。


「……王都カンセズでの労働許可に関する書類の一部ですね」


「どこで発行されたものか分かりますか?」


 ユウマが促すと、アニオスは紙の汚れを指で払いながら細かく確認し、やがて光に透かして掲げた。


「……これはケノンの都市章ですね。商会名までは潰れて読めませんが」


ユウマも受け取って透かす。確かに、中央に押されていた印の上半分らしきものが見えた。


「……それで、ユウマ殿はこれからどうされるおつもりで?」


 アニオスが問う。


「はい。ウルリカを故郷のヴィルデラーデまで送ろうと思っています」


 俯いていたウルリカの狼耳が、ピクリと動いた。


「それで、ひとつお願いがあるんです。……依頼になるんですが」


「なんでしょう?」


「この腕を、カンセズの正騎士に渡していただけないでしょうか」


 ――魔族に繋がる証拠。任せるなら正騎士、白銀の狼が確実だろうか。


 アニオスはしばし黙考し、やがて口を開いた。


「……第六騎士団〈()()()()〉の隊士に、昔世話になったことがある。()()()になら、渡せるはずです」


 ――第六騎士団。魔族関連の任務を担うと、ラスクさんが言っていたな。そこに届くなら最善か。


「ありがとうございます。ではお願いします。それで……依頼料はいくら支払えば?」


その言葉に、アニオスの表情がわずかに険しくなる。


「……ユウマ殿は我々を信用しているのですか? 酔った勢いとはいえ、昨日あなたを襲った連中ですよ? 依頼の達成をどう確認するおつもりで? そもそも依頼するのであれば――ギルドを通すのが筋だと思いますが」


 ユウマは思わず怯んでしまう。――たしかに。言われてみれば当然だ。


 目の前で真っ直ぐに言い放つアニオスを見て、ユウマは妙に納得してしまう。

 ――これじゃあ、軽はずみで物を言う世間知らずのボンボンに見えてるだろうな。そうだよな、異世界といってもゲームじゃないんだ。


 ユウマが返答に窮していると、アニオスが静かに口を開いた。


「……いいでしょう。お引き受けします。ネフィルに関する情報には報奨金が出ると聞きます。ましてや物的証拠ともなればなおさら。――それを依頼料として受け取る、というのはいかがですか?」


 その理にかなった提案に、ユウマは思わず、即座に頷いた。


「じゃあ、お願いします!」


 アニオスは短くため息をつき、小さく肩をすくめる。


 「では、この腕と廃鉱山(ここ)の情報を、カンセズに持ち帰ります」


 四人は手際よく支度を整え、馬に跨がった。


「情報は早いに越したことはない。――今すぐ王都へ戻ります」


 馬上からアニオスがそう告げると、ユウマも深く頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 蹄の音を響かせ、四騎は森の道を駆けていった。


 四頭の馬が森を抜ける。風を切る中、ブルトが馬を寄せてアニオスに声をかけた。


「やっぱり、ユウマ殿はギルアンティアの血筋なんですかね? 短剣一本でネフィルを退けちまったんですから。それも無傷で」


「……強いのは確かだが、ギルアンティアの人間じゃないだろうな」


「え? じゃあ、俺らを騙してたってことですか?」


「騙したわけじゃない。自分から名乗ったわけでもないからな。ただ――ギルアンティアと、何らかの縁は持っているんじゃないか」


「何者なんすかね、あの人……」


 ブルトの呟きに、アニオスは前を見据えたまま短く答えた。


「……さあな。だが一つだけ言える。ユウマ殿はギルアンティア以上の怪物になるだろう」


 ――俺の直感がそう告げている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ