四十七話 【右腕】
【右腕】
ユウマとウルリカの前に、坑道の出口が見えてきた。
ユウマは広場から持ち出した松明をそっと地面に置き、俯いたままのウルリカの手を握り直す。二人は並んで坑道を抜け出した。
外に広がるのは、眩しいほどの陽光だった。暗闇に慣れた目が思わず細まる。けれどその光は胸の奥に残る重苦しさを拭うことはなかった。
「ユウマ殿! ご無事でしたか!」
律儀に外で待っていたのだろう。アニオスが駆け寄り、安堵と驚きの入り混じった声をあげる。
「先ほど、中から大聖堂の鐘のような音が響いてきましたが……いったい何があったのです?」
身振り手振りを交え、問いかけてくる。
「……これを」
ユウマは、獣人の衣で雑に包んだものを差し出した。
アニオスが訝しげに受け取り、布をめくった瞬間――
「うわっ……!」
思わず声を漏らし、取り落としそうになる。
布の中から現れたのは、青黒い体液に濡れた異形の者の右腕だった。
アニオスは慌ててお手玉のようにそれを持ち直し、顔を引き攣らせる。
その滑稽な仕草に、ユウマの口元がほんの少しだけ緩む。
やがて冷静さを取り戻したアニオスは、不気味な右腕を包み直しながら、ちらりとユウマとウルリカに目をやった。
今朝までの明るい二人の雰囲気はそこになく、特にウルリカの横顔を見れば――坑道で何かあったと容易に察することができた。だがアニオスは、胸にこみ上げる問いを飲み込み、言葉を選ぶ。
「……馬のところまで戻りましょう」
促され、ユウマは無言でウルリカを抱きかかえ、すり鉢状の岩肌を跳ねるように駆け上がった。アニオスも慌ててその後を追う。
やがて森の縁が見え、出発点に戻る。
そこには五頭の馬と、ブルト、モジャン、ニヤンの三人の姿があった。
彼らは地面に座り、トランプのような木片を広げて遊んでいたらしい。ユウマ達の気配に気づくと、慌てて板をかき集め、袋へと押し込む。
「ど、どうでした? ……何か、分かりましたか?」
ブルトが恐る恐る問いかける。
ユウマは皆を座らせて四人の顔を見渡し、ゆっくりと語り始めた。
――ウルリカが乗っていた馬車を襲った者のこと。その中にいた魔族が坑道に潜んでいたこと。
そして、ウルリカの両親を救い出すことができなかったという事実を。
「……そうでしたか」
アニオスの声は、静かに沈んでいた。
ブルトがぐずりと鼻をすすり、袖で目をこすっている。
「しかし……ネフィルって、本当にいたんだな。兄貴は見たことあるんスか?」
ニヤンが不安げに声をあげる。
「いや、俺も実物はねえな。騎兵学校の授業で叩き込まれただけだ。準騎士だった頃も、目撃報告は時折あったが……」
アニオスは淡々と答える。
「半身飛ばされても生きてるなんて……やっぱりバケモンだ」
モジャンが、皆の前に置かれた青黒い右腕を見つめながら呟いた。
「それと、これも見てほしいんですが……」
ユウマは、獣人が持っていた契約書の切れ端を差し出す。
アニオスはざっと目を通し、眉をひそめる。
「……王都カンセズでの労働許可に関する書類の一部ですね」
「どこで発行されたものか分かりますか?」
ユウマが促すと、アニオスは紙の汚れを指で払いながら細かく確認し、やがて光に透かして掲げた。
「……これはケノンの都市章ですね。商会名までは潰れて読めませんが」
ユウマも受け取って透かす。確かに、中央に押されていた印の上半分らしきものが見えた。
「……それで、ユウマ殿はこれからどうされるおつもりで?」
アニオスが問う。
「はい。ウルリカを故郷のヴィルデラーデまで送ろうと思っています」
俯いていたウルリカの狼耳が、ピクリと動いた。
「それで、ひとつお願いがあるんです。……依頼になるんですが」
「なんでしょう?」
「この腕を、カンセズの正騎士に渡していただけないでしょうか」
――魔族に繋がる証拠。任せるなら正騎士、白銀の狼が確実だろうか。
アニオスはしばし黙考し、やがて口を開いた。
「……第六騎士団〈弧月の牙〉の隊士に、昔世話になったことがある。その人になら、渡せるはずです」
――第六騎士団。魔族関連の任務を担うと、ラスクさんが言っていたな。そこに届くなら最善か。
「ありがとうございます。ではお願いします。それで……依頼料はいくら支払えば?」
その言葉に、アニオスの表情がわずかに険しくなる。
「……ユウマ殿は我々を信用しているのですか? 酔った勢いとはいえ、昨日あなたを襲った連中ですよ? 依頼の達成をどう確認するおつもりで? そもそも依頼するのであれば――ギルドを通すのが筋だと思いますが」
ユウマは思わず怯んでしまう。――たしかに。言われてみれば当然だ。
目の前で真っ直ぐに言い放つアニオスを見て、ユウマは妙に納得してしまう。
――これじゃあ、軽はずみで物を言う世間知らずのボンボンに見えてるだろうな。そうだよな、異世界といってもゲームじゃないんだ。
ユウマが返答に窮していると、アニオスが静かに口を開いた。
「……いいでしょう。お引き受けします。ネフィルに関する情報には報奨金が出ると聞きます。ましてや物的証拠ともなればなおさら。――それを依頼料として受け取る、というのはいかがですか?」
その理にかなった提案に、ユウマは思わず、即座に頷いた。
「じゃあ、お願いします!」
アニオスは短くため息をつき、小さく肩をすくめる。
「では、この腕と廃鉱山の情報を、カンセズに持ち帰ります」
四人は手際よく支度を整え、馬に跨がった。
「情報は早いに越したことはない。――今すぐ王都へ戻ります」
馬上からアニオスがそう告げると、ユウマも深く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
蹄の音を響かせ、四騎は森の道を駆けていった。
四頭の馬が森を抜ける。風を切る中、ブルトが馬を寄せてアニオスに声をかけた。
「やっぱり、ユウマ殿はギルアンティアの血筋なんですかね? 短剣一本でネフィルを退けちまったんですから。それも無傷で」
「……強いのは確かだが、ギルアンティアの人間じゃないだろうな」
「え? じゃあ、俺らを騙してたってことですか?」
「騙したわけじゃない。自分から名乗ったわけでもないからな。ただ――ギルアンティアと、何らかの縁は持っているんじゃないか」
「何者なんすかね、あの人……」
ブルトの呟きに、アニオスは前を見据えたまま短く答えた。
「……さあな。だが一つだけ言える。ユウマ殿はギルアンティア以上の怪物になるだろう」
――俺の直感がそう告げている。




