四十六話 【繋がる世界】
二十四話でのユウマのセリフの中から「ネザドワーフ」という単語を削除し以下のセリフに変更しました。
「ドラゴンは……極北の地へ向かうと言い残し、空へと飛び去っていきました」
【繋がる世界】
「風魔法――〈エアリアルウイング〉!」
『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』
白い光の翼がユウマの背に芽吹き、羽ばたく。
翼から零れた数枚の羽根が、意志を宿したかのように宙を舞い、蜘蛛の糸を鋭く切り裂いていく。
糸が断たれ、ユウマの身体は自由を取り戻し、床に軽やかに着地した。
広場の中央では、眼を潰され青色の体液をまき散らしながら大蜘蛛が断末魔の叫びをあげ、鎌を滅茶苦茶に振り回している。
荒れ狂う脚の音が洞窟全体を震わせるなか、ユウマはすぐ傍に立つウルリカの肩へと手を置いた。
「ウルリカ、動くなと言った――」
「おにいちゃん!」
いつもの甘えるような調子ではなく、強く、はっきりとした意志を帯びていた。
「何で……何で攻撃なんてしたの!」
思わぬ叱責に、ユウマの言葉が途切れる。
「な、何でって……! あのままじゃウルリカは……殺されてたんだぞ!」
出会ってから初めて、ウルリカの真っ直ぐな怒りを聞いた。
ユウマは自分でも驚くほどに動揺していた。
――ウルリカと出会って一ヶ月と少し、「俺の身が自由になってから両親を探そう」と決めたのは俺だった。けれどウルリカは、本当は一日でも早く行きたかったんじゃないのか? 無理に笑って、健気に俺に付き合って……俺の顔色を伺いながら……。
俺は彼女の気持ちを考えず、ただ「自分が守ってやっている」なんて思い込んでいただけじゃないのか?
胸の奥が痛む。
――やめろ、今は振り返っている場合じゃない。彼女を守らなければ確実にやられていた。ユウマはウルリカを見つめる。
「……ごめんなさい」
しばらく俯いていたウルリカが、涙をこらえるように顔を上げる。
「でも……でもね。パパとママと……話したいの」
その声に幼さはなかった。家族を想う、まっすぐで強い決意が宿っていた。
「ユーマおにいちゃん……お願い。パパとママと……話をさせて」
ユウマは答えなかった。ただ左の掌をウルリカの頭にそっと置き、短く撫でる。そして静かに右腕を蜘蛛の方へ向け、低く呟く。
「土魔法――〈バインドスネア〉八本の脚を絡め取れ」
ドン、と地鳴りのような音。
蜘蛛の足元から無数の蔓が一斉に伸び上がり、うねりながら鎌状の脚へと巻き付いていく。振り上げていた前脚すら地面へ引きずり落とされ、巨体は無理やり押さえつけられた。胴体は沈み込み、M字に折れ曲がる。
『小魔法を使用しました。寿命が二日減少しました』
蜘蛛は複眼から青い体液を垂らしながら、なおも身をよじらせ必死に抵抗する。ウルリカの両親の顔も苦痛に歪む。
ユウマはウルリカの手を握り、そのまま蜘蛛の正面へ歩み寄った。
近づくほどに振動は荒れ狂う。蔓が軋み、岩床がミシミシと音を立てる。
だがユウマは一歩も退かず、じっと見据えた。
そして、蜘蛛の胴に手を伸ばし、そっと触れる。
「……〈エイド〉」
掌から淡い緑の光が溢れ、波のように広がっていく。
その光は蜘蛛の体を包み込み、損なわれた複眼をじわじわと修復していった。
崩れかけていた複眼が、ゆっくりと形を取り戻していく。
『中魔法を使用しました。寿命が一ヶ月減少しました』
――その瞬間。
世界が唐突に暗転した。足元の感覚はなく、ただ宙に浮かんでいるような不思議な感覚。自分の身体の輪郭が淡く光を放ち、衣服もなく裸のまま――なのに、羞恥も恐怖も湧かない。ただ不思議と、心地よい静謐さに包まれていた。
目の前にウルリカの姿が浮かぶ。
彼女もまた、淡い光の輪郭に包まれている。ユウマの左手とウルリカの右手は自然と繋がれており、右側には――父と母の姿があった。
――ここは……精神世界……? 治癒魔法の影響で引き寄せられたのか?
「パパ! ママ!」
ウルリカが弾むような声で呼びかける。
母親がゆっくりと歩み寄り、彼女を抱きしめた。
「ウルリカ……無事だったのね」
「うん。ユーマおにいちゃんが助けてくれたの!」
父親がウルリカからユウマに視線を移す。
「ユーマさん……娘を、ありがとう」
「……いえ。来るのが遅くなって……すみません」
何故か謝罪の言葉が口をついて出た。
「おにいちゃんはね! すごく強いの! 魔術だって何でもできるの! だから、だからママ達を――」
「ウルリカ……」
母が優しく言葉を遮る。その声音には深い愛情と、どこか儚さが滲んでいた。
「私達の意識は、もうほとんど残っていないの……ユーマさんが分けてくれた生命の力のおかげで、こうして……最後に、あなたとお話できているのよ」
母はウルリカの頬を両手で包み、優しく言った。
「そんなことない! ママ達と一緒に帰るもん。ねえ、おにいちゃん?」
ウルリカの真っすぐな視線に、ユウマは思わず目を逸らす。返す言葉を探したが、喉にひっかかり声にならなかった。
「ユーマさんを困らせるんじゃない」
父が静かに口を開いた。
「父さん達はもうバルグには戻れない。どんな手を尽くしても、な。……ウルリカ、お前はもう十二歳だ。独り立ちをするには十分な歳だろう。これからは、自分の道を歩いていくんだ。父さん達は樹となり、風となり……ずっとお前を見守っている」
「……嫌だよ。まだ教えてもらってないことがいっぱいあるのに……これから、もっと一緒にいたいのに……」
ウルリカの瞳に涙が滲み、声が震える。三人はただ抱き合い、名残惜しくも静かな時間が流れた。
「ユウマさん……どうか、もうしばらくはウルリカの傍にいてやってください」
父の真剣な眼差しを受け、ユウマは力強く頷く。
「はい。そのつもりです」
「じゃあね、ウルリカ。食べすぎには気をつけるのよ」
母の冗談めいた言葉に、ウルリカは泣き笑いを浮かべた。二人の身体は徐々に薄れ、光の粒となって散っていく。最後の影が消える瞬間、ウルリカは何かを言いかけ、手を伸ばした――だが、その手は虚空を掴み、光は霧散した。
世界が暗転し、再び坑道の広場へと意識が引き戻される。
目の前には、石のように固まった大蜘蛛が静かに佇んでいた。表面はさらさらと崩れ落ち、石の粉が坑道の微風に舞っている。
――ウルリカの両親の意識は、幾重にも張り巡らされた糸に絡めとられながらも、娘の名を叫び続けていたのだろう。蜘蛛の意識もまた、己を縛る鎖を断ち切ろうと足掻いていた。意識の融合など出来るはずがない。そもそも魂なんてものも……。いや、考えたところで答えなど出やしない。
ユウマはひとつ息を吐き、目を細めて、静かに佇むその影を見据えた。
広場の奥、異形の者が残していった右腕が転がっていた。その場からウルリカが動こうとしなかったので静かに握っていた手を解きユウマは腕のところまで歩いていった。
斬られた断面にはドロッとした青色の膜張っていて、五本ある指は長く三つの指輪がはめられていた。少し迷ったがユウマは腕を拾い持ち帰ることにした。
さらに周囲を見渡すと、散乱した獣人達の遺品の中に一枚の紙片を見つける。下半分が千切れた契約書のようで、どうやら仕事の斡旋に関するものらしい。
ユウマは佇むウルリカの元へ戻った。蜘蛛の体は形を失いつつ、石の粉は広場に舞っていた。
「……帰ろう、ウルリカ」
ユウマは彼女の肩に手を置き、静かに促す。
ウルリカは小さく頷き、二人はゆっくりと広場を後にした。
天空の戯言
ユウマ「召喚魔法!〈セラフィックサモン〉!」
ルルル「あら、優馬様ったら……わたくしの偶像を召喚するなんて」
ユウマ「アストラルリリース!」
ルルル「え? ちょっと、ゲロビ(ゲロビーム)!?いやぁぁぁ口からださないでぇ」




