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四十五話 【対 大蜘蛛戦】

【対 大蜘蛛戦】


 ギャギギギィィィ――!


 大蜘蛛が甲高い叫びを上げ、鎌状の脚を振り下ろす。

 ユウマはウルリカを抱きかかえ、後方へ跳んだ。次の瞬間、鎌が床に叩きつけられ、硬い岩盤が砕け、破片が鋭い弾丸のように四散する。


「純血のバルグの魂は――美しく、そして強靱だ。未だに抵抗を続けている……」

 

 異形の者が、悦に言う。


「どうする? まだあの二人は生きているぞ。だが――解呪も、浄化も通じぬ……ククッ」


 マントの裾が大きく揺れ、異形の者の片腕が現れる。呪文が吐き出され、周囲の空間が歪む。蜃気楼のような揺らめきが広がり、(ポータル)が開こうとしていた。


「散々、邪魔をしてくれたな……腹立たしいが、私も忙しいのでね――これにて失礼する」


 異形の者が門へと足を踏み入れようとした、その瞬間。


「バインドスネア!」


 ユウマの叫びとともに、地面から無数の植物の蔦が噴き出した。絡みついた蔦は生き物のように異形の者の右半身を締め上げ、その動きを封じる。


「逃がすものか……!」


 ユウマは片膝をつき、床に押し当ていた掌を、胸の前で拳を握る。締め付ける蔦の圧力が一段と増した。


『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』


「……やれやれ、最後の最後まで」


 異形の者が深い溜息を吐いた瞬間――。


 ズバァッ!


 異形の者の右半身が、肩から足まで蔦ごとごっそりと切断された。断面から青白い糸がほつれるように飛び散る。

 切り裂いたのは――背後にいた大蜘蛛の鎌だった。


「……ハハッ、これは再生に少し時間がかかりそうだな」

 

 異形の者は、どこか愉快そうに笑い、そのまま蜃気楼の門へと消えていった。歪んだ空間は音もなく閉じる。


 悔しがる暇もなく、大蜘蛛は再びユウマへと襲いかかる。


 放心したままのウルリカを抱きかかえ、迫る鎌を必死にかわしながら広場の中を駆け抜ける。

 やがて広場の入口まで走りつくと、ユウマは小刻みに震える彼女をそっと地面に下ろした。


「ウルリカ、ここから動くな」


 焦点の定まらない瞳を見つめ、優しく頭を撫でる。そう言い残し、ユウマは再び蜘蛛の方へ駆け出した。


 振り下ろされる巨大な鎌を身をひねって避けざま、腰の短剣を抜いて脚に突き立てる――。

 だが鋼鉄のような甲殻に弾かれ、金属音が広がった。


「……硬い! 剣じゃ歯が立たないのか!」


 ユウマは思考する。

 ――魔法で対処するにしても、ウルリカの両親はどうなっている? 首から下は完全に融合しているのか? 切断してから治癒魔法で……? そんな事、出来るのだろうか――


 その刹那。

 思考に囚われたユウマへ、巨大な鎌が横殴りに襲いかかる。


「しまっ――シャイニ……!」


 叫ぶより早く、凄まじい衝撃が走った。

 バギィッ、と短剣で受け止めたものの防ぎ切れず、鎌の威力に吹き飛ばされる。背中から岩壁へ叩きつけられ、肺の中の空気が一気に口から吐き出される。


「ぐっ……はっ!」


 息が詰まり、視界が一瞬白む。

 その隙を逃さず、蜘蛛が腹をくねらせ、先端をユウマへと向けた。糸疣(いといぼ)が痙攣し、次の瞬間――。


 バシュッ!

 網状の糸が稲妻のように(はし)り、ユウマの全身に絡みつく。全身が壁に圧着された。腕に力を込めても、糸はびくともしない。


 ――落ち着け。まだ魔法は撃てる、この態勢でも……。


 勝利を確信した大蜘蛛が、ギギ……と不快な音を響かせながらゆっくりと迫ってくる。


 ユウマは息を整え、イメージする。


「風の魔法――鋭利な刃を、乱れ撃つ……」


 ――まだだ。十分に引き寄せてから。


 すぐ目の前まで来た蜘蛛の複眼が、不気味な赤黒い光を放つ。

 そして、その左右の巨大な鎌が高々と振り上げられた――。


「今だ! 風魔法――っ!」


 その瞬間。


「だめぇっ!」


 幼くも力強い声が広場に響く。次の瞬間、ユウマの目の前にウルリカが現れる。両腕をいっぱいに広げ、蜘蛛に立ちふさがる。


「ウルリカ! 何してる! 逃げろ!」


 ユウマの叫びと同時に、鎌が黒い弧を描いて振り下ろされる。

 思わずユウマは目を瞑った――。


 ガキンッ!

 鋭い音が広場に響く。鎌はウルリカの足元、床に深々と突き刺さった。


「やめろ、ウルリカ! 早く逃げろ!」


 しかし彼女は言葉に耳を貸さず、振り下ろされた鎌を両手でそっと掴み、優しく抱きしめるように握った。


「……ママ、パパ。ウルリカだよ……遅くなって、ごめんなさい……」


 ギギ……ガ……。

 蜘蛛は動きを止め、虚ろな二つの顔が、確かにウルリカを見ているように感じられた。


 だが次の瞬間、蜘蛛の巨体が痙攣するように震え、頭上の鎌がぎしぎしと揺れる。

 本能と理性がぶつかり合うように、獣の咆哮が空気を揺らした。


 ギャギィィィ!

 

 ついに本能が勝ち、鎌が振り下ろされる――!


「シャイニングシールド!」


 ガキィン!

 ウルリカの頭上で光の障壁が展開し、鎌の一撃を受け止めた。だが蜘蛛は執拗に鎌を押し付け、火花のように光が散る。


『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』


「ウルリカ! 頼む、逃げろ!」


 ユウマの必死の叫びも、ウルリカは動かない。鎌を握る手は震えながらも離そうとしなかった。


 蜘蛛が狂ったように鎌を連打する。バリアが軋み、崩壊寸前まで追い詰められていく。


 ――もうやるしかない!


 ユウマの瞳が赤く光り、瞳孔が開く。眼球が素早く動き、蜘蛛の八つの眼のうち、六つを正確に照準する。


「無属性魔法! 〈マジックミサイル〉!」


『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』


 圧縮された銀色の光弾が次々と浮かび上がり、ユウマの前に横一列に並んだ。


「行けッ!」


 掛け声と同時に、ミサイルがターゲットに向けて放たれる。


 ギャギィィィ!

 

 眼を撃ち抜かれた蜘蛛が絶叫し、巨体をのたうたせて後方へ跳ね退る――



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