四十四話 【召喚魔法】
【召喚魔法】
ガァアアアアア――!
一斉にゾンビたちが襲いかかってくる。
「シャイニングシールド!」
ユウマは即座に光のバリアを展開し、自分たちとゾンビの間に巨大な壁を作る。
突進してきたゾンビたちは、次々とバリアに激突し、呻き声をあげながら拳や武器で叩き始めた。
『小魔法を使用しました。寿命が二日減少しました』
「バリアに触れれば爆発すると思ったか? ――残念だが、爆破の可否はこの私の意志でも可能なのだよ」
異形の者の低く嘲る声が、広場全体に響き渡った。
――それは、そうだろうよ、勝手にポンポン爆発されたら何の役にも立たないだろ。
「ウルリカ、この中にパパやママはいるか?」
ユウマは前を向いたままウルリカに問う。
「うん。いないと思う」
「そうか……」
シャイニングシールドの内側からは放出系の魔法は通らない……相手は屍人、魂を再構築とか何とか言ってたよな。ならファンタジーものの定番の魔法……教会で見たアレ――
イメージする。
「天界からの慈愛、聖なるもの……歪んだ魂の浄化……安らぎの息吹――」
「召喚魔法! 〈セラフィックサモン〉!」
ゾンビたちの背後、ひび割れた床一面に七色の魔法陣が広がる。
――天空――
「召喚魔法陣を感知……構築式を解析、生成可能、偶像生成を開始。転移座標、固定しました」
ルルルは顎を上げ言葉を静かに読み上げた。その瞳孔はゆっくりと溶けるように消え、代わりにピンク一色の光だけが残る。頭上には幾何学的な魔法陣がいくつも浮かび上がり、ゆっくりと回転を始めた。
「召喚転移、開始します」
リン…ゴーン
リン…ゴーン
廃坑道に、不釣り合いなほど澄んだ大聖堂の鐘の音が響き渡った。
そして魔法陣から、銀色に輝く巨大な女神像がゆっくりと地面から生えるように姿を現す。
カンセズの教会にあったものと同じ清らかな顔立ちのルルルの偶像があらわになる。
ユウマは女神に命ずる。
「アストラルリリース!」
女神像の閉じられた目がゆっくりと開く。
光を宿した瞳が広場全体を包み込むと、口が静かに開き、そこから滝のような純白の光が流れ出した。
光は床を走り、ゾンビたちの足元を絡め取るように伸びていく。
やがて光は対象を包み込み、一体一体の獣人だった者に寄り添う小さな女神の姿となった。
その女神はそっと獣人の頬に触れ――歪み、苦しみに満ちていた魂を優しく抱きしめる。
次の瞬間、ゾンビたちの動きが止まり、静かに光へと溶けていった。
絡み上がる光の弦は天へと伸び、浄化された魂を導きながら昇っていく。
残されたのは、朽ちた肉体ではなくただ、彼らが身にまとっていた装備だけが、床にカラン、カランと寂しく落ちる音だけが響く。
女神はゆっくりと消え、魔方陣が閉じてゆく。
――そして、あの音声
『大魔法を使用しました。寿命が二年減少しました』
ユウマの背筋にぞくりと冷たいものが走る。
しかし同時に、胸の奥では熱が膨れ上がるのを感じていた。
命を削って放つ魔法。その代償は重い、決して戻ることのない寿命――それでも、この瞬間、想像を具現化し、自分の力で世界をねじ伏せた感覚が全身を駆け抜ける。
――背徳にも似た甘美な興奮。
大金を賭けて大金を得るような賭けではない。これは、戻らぬ命を賭けて得た圧倒的な“結果”――目の前の障害を一瞬で消し飛ばした、抗い難いほどの“力”。
口元が、勝手に歪む。
低く、乾いた笑いが、こぼれ落ちた――
「おにいちゃん……?」
袖を引くウルリカの声が、意識を現実へと引き戻す。
心臓の奥に巣くった奇妙な熱が、ゆっくりと冷えていく。
「ごめん。大丈夫だよ、ウルリカ」
ウルリカの頭に手を乗せながら息を吐く。
――今の感情は……何だ?
ユウマは頭を振り、視線を見通しの良くなった広場の奥へと向ける。
「ハッハッハ……なんだこれは? 貴様、神官なのか? いや――神官であろうとも、このような芸当はできまい……古代魔術か? いや、違う……」
笑い声が洞窟の天井に反響する。しかしその奥底には、得体の知れないものを前にした、微かな畏怖が確かに混じっていた。
「ハハッ! おもしろい! 実におもしろい!」
異形の者は両手を広げ、恍惚とした表情で笑っている。
「兵隊はもういない。……さあ、答えてもらおうか」
ユウマは短剣を抜き、刃先を異形の者に向けた。
「ウルリカの両親はどこだ?」
「またその話か……」
異形の者は心底つまらなそうに声を落とす。
「それだけの力を持ちながら、なぜバルグなどに固執するのだ?」
「答えろよ」ユウマは苛立ちを露にする。
「それよりも……」紅の瞳が細く光る。
「貴様のことを聞かせろ。先ほどの魔術は何だ? 見たところアーティファクトも持っておらぬな」
「だから言ったろ、冒険者だ。職業は魔法使い」
「……魔法使い?」
異形の者は小さく笑った。
「魔法とは何だ。何を媒体としている?」
――何だと言われてもな。そう、俺にとっての魔法とは。
「浪漫さ」
「……」
「意味がわからんな。しかし、貴様の“魔法”とやら……興味深い」
異形の者はゆっくりと歩みを進める。
「その力の正しい使い方を、私が教えてやろう」
「悪趣味な人攫いに教えを乞うつもりはないね」
ユウマは肩を竦め、挑発するように続けた。
「五年前、カンセズの王女を攫おうとしたのもお前だろ? ……結局、失敗したらしいけどな」
「王女?……ああ、そんなこと言っていたな」
異形の者はわずかに笑い、指先で顎をなぞる。
「私は王女の血なんぞに興味はない。ただ、使役の方法を教えてやっただけだ。……あんな低級な術、失敗して当然だがな」
「血?」
「王女の血ってどういう意味だ?」
「さあな。下衆どもの企みなど、興味はない。まあ、王族の魂なら、私が貰ってやってもよかったがな」
異形の者はゆっくりとマントを翻し、その身を包み込む。
「もうよい。貴様はつまらん……興が冷めたわ」
氷のように冷え切った声が洞窟に響く。
異形の者は足を揃えたまま、音もなく後方へと滑るように下がり、距離を取った。
「そんなに両親に会いたいなら――会わせてやろう」
ガキッ、ガキッ……
岩肌に硬いものが叩きつけられるような音が反響し、通路の闇からソレは現れる。
最初に広場の明かりに映ったのは、漆黒の脚だった。節の多い、細長い脚。だが、その先端は鋭く曲がった刃、まるでカマキリの前脚を巨大化させたような、鎌。
やがて全身が姿を現す。蜘蛛――だが、ただの蜘蛛ではない。高さは三メートルを優に超え、身体は甲殻に覆われており、黒曜石のように光沢を放っている。
八つの目が赤黒く光り、洞窟内の蒼白な炎を不気味に反射する。
そして、そのうち二つ。額に寄生するように、狼の顔が浮かび上がっていた。
ウルリカと同じ銀灰色の毛並みを持ち、苦悶の表情を張り付かせたままの、彼女の両親の顔だった。
ユウマの背筋に冷たい電流が走り、次の瞬間には、それが灼熱に変わる。胸の奥で抑えていた怒りが弾け、喉を焼き尽くすような感覚が襲う。
「あああああああっ!」
ウルリカは叫び、頭を抱え、その場にへたり込む。
「いや……いやぁ……パパ、ママ……!」
震える声が洞窟に吸い込まれ、静寂と絶望をより濃くした――




