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四十三話 【魔族(ネフィル)】

魔族(ネフィル)


「……あの時のウルフ種か」


 異形の者が、感情のこもらない声で獣人語を発した。


 ユウマはすぐにウルリカの前へ出て、片手でかばうように制する。


「ウルリカの両親を……どこにやった?」


 異形の者はわずかに顎を傾け、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「さて――どのバルグのことだ? 数が多すぎて、いちいち覚えていないな」


 その瞬間、ユウマの全身に戦慄が走った。


「……だが、逃げ出したバルグを、わざわざ自ら連れてくるとは。これは手間が省ける」


 異形の者が左手をすっと掲げ、何かの呪文を詠唱し始める。掌に赤い光が灯り、そこから細い糸のような紅の線がウルリカの胸元へと伸びていく。


 しかし次の瞬間、その糸がふっと消えた。「ふむ……」異形の者が何かを感じ取り疑問の言葉を発した。


「文様なら解呪させてもらったよ」

 

 異形の者の疑問に、ユウマは答える。


「解呪だと……? そうか、ドラゴンの使役を解いたのも、お前か……?」


 低く抑えられた声に、ほんのわずか焦りが滲んでいた。


「ヒューマンごときに、そんな芸当が……貴様、いったい何者だ?」


 ユウマは肩をすくめ、片方の口角を上げて


「ただの冒険者さ」


 そしてすぐに、冷ややかな目で睨むように問い返す。


「お前こそ……何者だ? 魔族か? こんな場所で、何を企んでいる?」


「ネフィルか……貴様はネフィルを知っているのか?」


 ――魔族(ネフィル)


 ユウマの脳裏に、大翼竜ハッシュパピーの記憶からあの光景がよみがえる。


 およそ千年前。

 魔族はエルフの森を蹂躙し、ノームとドワーフを根絶の縁へと追いやった。

 

 その最初の“始祖魔族”は、二千年前に三体の大翼竜が創造された後、エルフやノームと同時期に誕生した。熊にもゴリラにも似た巨大な怪物だったという。額には長く太い角、身体には黒い体毛。そして何より、異常なまでの繁殖力を備えていた。


 始祖魔族は、喰らい、交わり、他の獣の遺伝子を己に取り込んでいった。

 スパイクドッグとの交配からは、俊敏かつ狡猾な「ゴブリン」が生まれ、牙豚との交配からは、力任せに暴れ回る戦闘奴隷「オーク」

 森猿とは、知恵と魔力を宿す「インプ」などが誕生した。


 やがてインプたちは、自らの種を更に発展させるため、“呪肉交配”を生み出す。

 呪殺した獣の死肉と魔族の血を、“呪肉炉”と呼ばれる禍々しい装置に注ぎ込む。腐肉が泡立ち、蠢き、変異を繰り返しながら胎嚢(たいのう)のような肉塊を形成し――やがて、そこから“子”が産まれる。

 

 忌まわしき“命の錬成”。


 この技術により、大蛇、大蜘蛛、(サソリ)といった獣とも交配が可能となり、魔族たちは多種多様な“魔種”を創り上げていった。

 そして、それらを統べる存在として――ついに「魔王」が作られた。


 魔王は、自らの力を誇示するために、他種族への侵略戦争を開始する。

 それが、長く続いた「種族間戦争」の始まりだった――


 ユウマは、込み上げる吐き気を覚えながら、その凄惨な記憶を思い出す。


 目の前の“異形の者″、シルエットが人間に近いような魔種は、あの記憶のどこにも存在していなかった。

 

 ――ハッシュパピーが言っていた通り、あいつは新たに造られた魔族なのか?


「――ネフィルだったら、なんだと言うのかね?」


 異形の者は、淡々と返す。その声には怒気も、嘲りもない。ただ底知れぬ静けさだけが張りつめていた。


「何を企てているか、と聞いたな……いいだろう。身をもって知るがいい」


 異形の者の紅い目が、ギラリと一際強く光を放つ。

 直後、広場に繋がる右側の通路から、ザッ、ザッ……と、足を引きずるような音が近づいてきた。


 闇の中から姿を現したのは、一体のゾンビ。その身体には獣の耳と尾が残っていた。


 それは――かつて獣人だった者。

 ウルリカが目を見開く。同族の成れの果てに、銀灰色の体毛が総毛立つ。


「グル……」白い蒸気を吐きながら、ゾンビがこちらに顔を向ける。腐り落ちた口元が嗤うように歪むと、次の瞬間――


「ガアアアアアッ!」


 雄叫びと共に、獣人のゾンビが駆けだした。速度は生者にも劣らない。


「フロストボール!」


『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』


 ユウマの掌から、圧縮された冷気の塊が唸りを上げて飛ぶ。

 青白い閃光が獣人ゾンビを直撃し、皮膚から骨へ、凍結が一気に広がっていく。


 ピキッピキキキキ――


 その身体が、氷の彫像のように硬直した。


「ほう……その術で、先ほどの四体を無力化したわけか」


 異形の者が感嘆のように呟く。


「だが――凍らせるだけでは死なないぞ……まあ、すでに死んではいるがな。フフッ……」


 ユウマの思考が走る。

 たしかにあの三体は、いま頃、溶けはじめ、再び動き回っているだろう――凍ったまま砕けば、あの爆発を防げるだろうか……?


「では、私の実験を続けてお見せしよう」


 異形の者が指を鳴らした。


 すると――先ほどゾンビが現れた通路の奥から、次々と影が現れる。

 一体、二体、三体……五体、十体、二十体――三十体以上。

 そのほとんどが、獣人の骸だった。


 ユウマは思わず息を呑む。

 恐怖の先に、怒りが芽生える。

 ウルリカがユウマの服を掴む。


 ゾンビたちの群れが広場の半分を埋め尽くす。

 腐臭が、空気を濁らせ、吐き気を誘う。怨嗟と絶望が、濃密に満ちる。


「どうだ?」


 異形の者の姿はゾンビの壁により見えなくなり緩んだ声だけが聞こえる。


「これが……私の作品たちだ。生の名残を捨て、静寂の中で歩む者たち。痛みを恐れず、命の重みすら知らぬ。ただ、従い、ただ、動く――それだけの存在。心は不要だ。迷いは醜い。情は脆い。欲は煩わしい」


 異形の者はわざとらしく溜息をつく。


 「″使役″の先、″解呪″すら届かない――私は削いだ。腐り落ちた肉の奥に宿る、最も純粋な“従順”だけを(すく)い取り、こうして形にした。これは魂の再構築――」


 ――何を言ってるか良くわからないが、きっと両手を掲げて陶酔気味に語っているんだろうな。昔観た舞台劇のワンシーンをユウマは思い出していた。


「盛り上がってるとこ悪いけど……この臭い、正直もう限界なんだ。一気に片づけさせてもらうよ」


 そう言って、ユウマは両手を(かざ)す。

 


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