四十二話 【異形の者】
【異形の者】
「ウルリカ、ここで隠れていて」
ユウマはそう言い残すと、躊躇なく広場へと飛び出した。
――どのみち、ここを突破しないと先へは進めない。迅速に片づけるしかない。
ゾンビたちはユウマを視認するや否や、一斉にこちらへ走り出す。そのうちの一体が剣を振り上げ、真っ直ぐに襲いかかってくる。
――アニオスさんが言っていた傭兵って、こいつらのことか? まさか、この一ヶ月のあいだにゾンビ化した……?
ユウマの頭を、過去に読んだファンタジー作品の知識がよぎる。ゾンビ――それはたいていネクロマンサーや死霊術によって生み出されるものだ。火が有効なはずだが、あまり派手にやるのは得策じゃない。もし操られているのなら、解呪が効くかもしれない。
ユウマは剣の一撃を紙一重で回避し、素早くゾンビの背後へと回り込む。そしてそのプレートメイルに手を当てる。
「光魔法〈アンチカース〉!」
しかし頭の中に流れてきたアナウンスは
『対象の呪いは検知されません』
――くそっ、駄目か。
思考を巡らせていたその瞬間、ゾンビの身体がガクガクと痙攣を始めた。
――いやな予感がする。
ユウマは直感に従い、身を翻して飛び退く。
ゾンビの身体がみるみる膨れ上がっていく――!
――間に合え!
「光魔法〈シャイニングシールド〉!」
叫ぶと同時に、金色の光が目の前に展開される。直後、ゾンビが爆発。肉片とプレートメイルの破片が飛び散り、バリアにぶつかって激しく音を立てた。
『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』
ユウマは肩で息をしながら、目の前の光の幕を見つめた。
――危なかった。
頭をよぎったのは、かつてよくプレイしていた、ハスクラ系アクションゲームに登場する敵。“自爆ゾンビ”の存在。あのゲームでは、奴らは近づいて来ては爆発し、毒や酸をばら撒く厄介な敵だった。
「まさかゲームの知識に命を救われる日が来るとはな……」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
「確か、ゲームじゃ……倒しても爆発するんだよな」
まだ残り三体。ゾンビたちは、無機質な動きでユウマへと向かってくる。
――なら、ここは先手を打つしかない。
イメージする。
「圧縮された冷気の塊。触れた者を凍てつかす……」
「水魔法〈フロストボール〉!」
掌の前に、青く渦巻く冷気の球が浮かび上がる。
「くらえ!」
フロストボールを連続で三発、ゾンビたちに向かって放つ。渦巻く冷気が的確に命中し、触れた瞬間からその部分がパキパキと凍りついていく。
ゾンビたちは、それぞれ不自然な姿勢のまま、青白い氷に閉ざされ――完全に停止した。
『小魔法を使用しました。寿命が二日減少しました』
ユウマは肩で息をつきながら、後ろにいるウルリカに声をかけ、先へ進んでいく。
腐臭はさらに濃くなっていた。空気そのものがねっとりと重く、鼻の奥を焼くような刺激があった。
「おにいちゃん……鼻が曲がりそう……」
「ああ、きつくなってきたな」
ウルリカはつらそうに鼻を押さえている。その感覚の鋭さを思えば、彼女の方がよほど辛いはずだ。
「無理しなくていい。辛かったら戻っても――」
「大丈夫。一緒に行く」
ユウマの問いかけに、ウルリカは前を向いたままきっぱりと言った。
しばらく進むと、坑道がゆるやかに左へとカーブしている。カーブの先から、蒼白い光が漏れていた。
ユウマは即座に〈ライトボール〉を解除し、光を遮る。
音を立てぬよう、ユウマは壁際に沿って慎重に歩を進める。カーブの先には広場が広がっていた。
そこは歪な円形の空間で、天井も高く、二十メートルほど奥には三つの通路が口を開けている。広場の一角には作業台のような木の机があり、隣のラックには用途不明の工具やドリルのような刃物が吊るされていた。
台の上には黒い染み――乾いた血の跡のようなものが広がっており、不気味な雰囲気を漂わせている。
壁際に沿って慎重に移動するユウマとウルリカ。壁に取り付けられた金具には、蒼白い炎を灯す松明が等間隔に打ち込まれていた。光は不自然に揺れ、空気の歪みを際立たせる。
そして――奥側、左の通路を正面に捉えた、その瞬間。
奥の暗がりで、「チカッ」と鋭い閃光が走った!
ユウマは即座にウルリカを抱きかかえ、地面に伏せる!
――パシュッ!
細く鋭い光線のような何かが放たれ、壁を貫き、小さな穴を穿つ。
ユウマは地を這うように通路を注視した。再び、閃光。
「シャイニングシールドッ!」
声よりも早く、金色の半透明な光壁が展開される。
細い光線が弾丸のように撃ち込まれ、バリアに跳ね返されて後方の壁にぶつかる音が響いた。
『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』
――この違和感……鼻の奥に引っかかる、あの匂い。
ユウマは、静かに呟く。
「……この感じ、あいつか」
――カツーン、カツーン。
乾いた足音が、坑道の奥から静かに響いてくる。その音は、空気の温度を下げるような冷たさをまとい、聞く者の心をじわりと締めつけてくる。
暗がりの向こうから、ひとつの影がゆっくりと姿を現す。
紫黒の装束と長いマントをまとい、仮面のように無表情な顔。額には鋭く長い角が生え、紅い瞳が不気味な静寂をたたえていた。
その全身からは、まるで時間や歴史を超越して存在するかのような異様な気配が漂っている。空間がわずかに歪んで見えるほどの、禍々しくも静謐なオーラ。
この世界の理からわずかにズレたような、名状しがたい違和感が、その者の歩みとともに広がっていく。
それは、カッシュの遺跡、モース渓谷で見たあの異形の者――紛れもなく、同じ存在。
やがて、その口が静かに開く。
「……また、貴様か」
その声は氷のように冷たく、地の底から這い上がるように低く、そして静かだった。
その瞬間、ウルリカがユウマの服の裾をぎゅっと握る。
「おにいちゃん……あいつだよ。パパとママに魔術をかけた、あいつ……」
異形の者は言葉もなく、ゆっくりと歩みを進める。
ウルリカが声を張り上げる。
「パパとママを返してッ!」
その言葉に、異形の者の足がぴたりと止まる。
空気が張り詰め、坑道の中のすべてが一瞬、呼吸を忘れたような沈黙に包まれた――。




