四十一話 【廃鉱山】
【廃鉱山】
翌朝。朝食を終えて宿を出ると、昨夜の四人がすでに馬を連れて表で待っていた。
――来ないかもなと疑っていたが、意外と、律儀な人達なのかもしれない。
「おはようございます、ユウマ殿!」
赤メッシュことアニオスが背筋を正し、挨拶を送ってくる。
「おはようございます、アニオスさん。今日は案内、よろしくお願いします」
ユウマはそう返しながら、自分の馬に手綱を掛ける。ウルリカが「絶対ついて行く」と聞かなかったため、二人乗り用の簡易馬鞍を取り付けていた。
準備を整え、一行は出発する。
昨日のような事がないようにユウマはククルから貰った短剣の鞘に布を巻いておいた。
「鉱山までは三時間ほどっすよ」
小太りこと、ブルトが言う。続くのは、モジャモジャ頭のモジャンと、相変わらずにやけている、ニヤン。
ユウマは一行の背中を眺めながら馬を進める。中でもアニオスの振る舞いは洗練されていて、かつて本当に騎士を目指していたのだろうと感じる。
やがて、一行はモース渓谷の西に広がる森へとたどり着く。馬車も通れそうな広めの道が奥へと伸びており、それがおそらく鉱山へと続いているのだろう。しかしアニオスたちは、広道を避け、少し離れた小道へと馬首を向けた。
森の中は朝露の残る冷気が漂い、湿った土と苔の香りが鼻をくすぐる。木々の枝が頭上で交差し、陽光は斑に差し込んでいた。足元は根や石が多く、踏み慣らされてはいないが、注意深く進めば問題はない。
ユウマは馬上で考えを巡らせる。
――ウルリカたちが襲われてから、もう一ヶ月以上が経っている。両親はまだ生きているだろうか? 直ぐに殺されなかったのは何らかの意図があるはずだが……そもそも、鉱山にいる連中が本当にあの野盗たちなのか? 考えは尽きない。ユウマは軽く頭を振る。
――行こう。何かが、きっとわかる。ユウマは手綱を握り直した。
森を抜けると、景色が一変した。眼前に広がるのは、荒れ果てた採掘地。岩肌がむき出しになった斜面に、いくつもの坑道の入口がぽっかりと口を開けている。地面には錆びたレールや壊れた台車が転がり、かつてここがにぎわっていた痕跡を今も残していた。
「……ここからは、ユウマ殿と俺だけで行こう。お前たちはここで馬の番を頼む」
アニオスが、モジャンとニヤンに命じる。
ユウマは、前鞍に座っているウルリカに声をかけた。
「ウルリカ、どうする? ここから先は危険かもしれないよ」
ウルリカは振り返り、真っ直ぐな瞳で言った。
「ウルリカも行く」
その言葉に一瞬だけためらったがユウマは静かに頷いた。
「……分かった。けど、危なくなったらすぐ逃げるんだよ」
「うん」
三人は馬を降り、慎重に鉱山の中へと足を踏み入れる。周囲には、朽ちた木材や崩れかけた坑道の支柱が点在していた。いくつもの坑道が口を開けているが、どこも静まり返り、人気の気配はない。
やがて、アニオスがかつて傭兵たちを見たという坑道が、斜面の下に現れた。だが、そこに人影は見えない。それでも、空気は重く、肌にまとわりつくような冷気が辺りを包んでいる。
「……俺は、ここまでにさせてもらう」
アニオスが足を止め、低く震えた声で言った。
「俺は今まで、直感を信じて生き延びてきた。その直感が今、ヤバいと言っている……。ユウマ殿、本当に一人で行かれるんですか? 応援を呼ぶべきでは……」
「ありがとうございます。でも……俺は、行きます」
そう言ってユウマは斜面を下りはじめた。ウルリカも後に続く。すり鉢状になった岩壁に沿って進み、やがて坑道の入口にたどり着く。洞の横壁に背を預け、息を殺しながら中を覗いた。
ひんやりとした空気が頬を撫でる。どこか湿り気を帯びた風の中に、わずかに鉄と腐臭の混じった匂いが漂っていた。
ユウマは周囲に気配がないことを確認し、意を決して一歩を踏み出す。ウルリカもその後を追った。
坑道に入ると、すぐに外光は遮られた。闇が視界を奪い、周囲の輪郭がすべて飲み込まれていく。
ユウマは立ち止まり、息を整える
イメージする。
「辺りをほのかに照らす光の球体。空中に浮かび、周囲をやさしく包む灯り――光魔法〈ライトボール〉」
呟くと同時に、ぽうっと温かな光がユウマの頭上に浮かび上がった。淡い黄金色の球体は、ゆらりと宙に揺れ、半径五メートルほどの闇を押し返す。
『小魔法を使用しました。寿命が五時間減少しました』
足元には、朽ちかけたレールが細く続いていた。二人はそれに沿うように、慎重に歩を進める。周囲の岩壁には黒ずんだ鉱石が鈍く光を返し、時折、水滴が天井から落ちてくる。
奥へ進むにつれ、鼻をつく腐臭が濃くなっていく。まるで何かが長い時間をかけて朽ち果て、その名残が空気に染み込んでいるかのようだった。ユウマは口元を袖で覆いながら慎重に歩を進める。
やがて、坑道の先にぽっかりとした広間が現れた。ライトボールの光では奥までは見通せない。だが、闇の中から何かの気配が漂ってくる。
ユウマはライトボールを広間に飛ばす。
光の球がふわりと前方へと滑り出し、広間全体をぼんやりと照らし出した。
浮かび上がる人影。四つ。どれも成人男性の体格で、軽装のプレートメイルをまとい、手には剣や斧をぶら下げている。しかし、明らかに異様だった。
彼らは一定の間隔で広間をうろついているが、その動きに目的も意思も感じられない。ふらふらと、揺れながら歩き、ライトボールの光にも、まるで反応しない。
そのうちの一体が、のろのろとユウマたちの方へ近づいてくる。
ユウマは反射的に坑道の壁際へ身を隠した。鼓動が跳ね上がる。呼吸が荒くなるのを必死で抑えながら、そっと顔をのぞかせて確認する。
――見えた。
近づいてきたソレの顔は、もはや人ではなかった。
青白く変色した皮膚。腐り落ちかけた頬の奥からは、骨の一部が露出している。白濁した眼球は焦点を持たず、空虚に揺れていた。唇はほとんど剥がれ落ち、むき出しになった歯が、乾いた笑いのように覗いている。
――ゾンビ。
映画やゲームでしか見たことのない、あの動く死体だった。




