四十話 【赤メッシュの男】
【赤メッシュの男】
ユウマは三人の攻撃を紙一重でかわしながら、的確に反撃を繰り返す。やがて敵の動きは目に見えて鈍くなり、彼らの表情に後悔の色が浮かび始めた。
――そろそろいいかな?
ユウマは、モジャモジャのレザーアーマー越しに鳩尾へ掌を当て、小さく手首を返す。「ドンッ」という衝撃音とともに、「ぐふっ」とうめき声を上げて男が崩れ落ちた。
続けて、にやけ顔の顎に肘を打ち込む。「こぺっ」と変な音を立て、彼もふらつきながら後ろに転げ尻もちをつく。
残る一人、小太りの首元に腕を当て、壁へと押しつける。押さえ込まれながらも、小太りはユウマの華奢な身体から想像できない力に目を見開き、かすれた声で問う。
「て、てめえ……いったい何者だ……?」
ユウマは顔を近づけ「ちょっと、聞きたいことがある」と、低く凄みを効かせたつもりだったが、ユウマの地声は高く、いまひとつ迫力に欠けた。
そのとき――
「おう、お前ら。こんなとこで何やってんだ?」
後方から男の声がした。
「あ、兄貴っ!」
モジャモジャとにやけ顔が安堵に満ちた声を上げる。
「おいおい……一人にボコられてんじゃねーよ。みっともねぇな」
振り返ると、三人と同じようなレザーアーマーを纏った長身の男が立っていた。腰にはロングソード、髪は青に赤いメッシュを差した派手なスタイル。眼光が鋭い。
「ったく、面倒事を起こすなっつっただろ」
男はゆっくりとユウマへ歩み寄る。
「コイツらもそんなに弱かねーんだけどな。……にいちゃんよ。どうせコイツらからふっかけたんだろ? ただ、俺もコイツらの兄貴やってからよ。面子ってもんがあるんだわ」
ジャリッと音を立てて、ロングソードが鞘から抜かれた。
ユウマは小太りを解放し、赤メッシュの男に向き直った。小太りはよろめきながら後退し、声を張り上げる。
「い、言っとくがな! 兄貴は元、(準)騎士なんだぜ! 覚悟しとけよ!」
モジャモジャ頭が続く。
「兄貴はな、スキル持ちなんだぜ!」
――え? スキル持ちって言っちゃうんだ。
「兄貴! <跳躍>で一発カマしてやってくださいよ!」
――あ、スキル名まで言うんだ。
赤メッシュの男は無言でロングソードを構え、深く息を吸い込む。
「悪く思うなよ、にいちゃん……」
そのまま彼は高く跳躍した。
「とうっ!」
――高いっ! ユウマは見上げる。
赤メッシュは空中で姿勢を整え、何かを捉え鋭く目を開く。
――来る……剣か? それとも飛び道具か?
ユウマは体勢を低くし、身構える。
「――もうし!」
――もうし!?
「わけございませんでしたァァ!」
――っ!? 土下座!?
赤メッシュはユウマの目前に華麗に着地すると、勢いそのままに床に膝をつき、頭を地にこすりつける。
「兄貴ィィ!?」 三人が一斉に声を上げ、動揺する。
「バカ野郎がァ!」
赤メッシュは土下座の姿勢のまま怒鳴りつける。
「この人の短剣のあしらいが見えねぇのか!? ギルアンティア家の紋章入りだぞ、てめえら!」
「ぎ、ギルアンティア〜!?」
三人は声を裏返らせ、顔を引きつらせながら一斉にたじろぐ。
――ああ、そういえば。
ユウマは腰の短剣に軽く手を添え、その柄に彫られた紋章に視線を落とす。
このカンセズにおいて、最も権威ある血筋の証。ギルアンティア、その名を冠する者に楯突くことは、王国に刃を向けるに等しい行為。紋章ひとつでその威は絶対だった。騎士を志す者ならば誰もが背筋を伸ばし、膝を折る名――
土下座する四人を前に、ユウマはわずかに罪悪感を覚えつつも、胸の奥で得体の知れない高揚が脈打っていた。
「こいつらがやらかしたことは、全部俺の責任だ。裁きを受けるってんなら、俺ひとりでいい。こいつらは勘弁してやってほしい」
「兄貴ィ……!」
――やりづらいなあ。と、ユウマが気まずそうに頭を掻いた。隣にはウルリカがいつの間にか戻ってきていた。
「ズガタカイゾ!」
得意げに叫ぶウルリカ。覚えたての言葉を披露する。
――いや、ウルリカさん、それ以上頭は下がりませんって……頼むから日常で使える言葉を憶えてくれ。
「へへぇ……」
四人は見事なまでに地面に顔を擦りつけていた。
「あの、こちらに被害はありませんし……もう大丈夫ですよ」
「へへぇ……ギルアンティア様。先ほど聞きたいことがあると仰ってましたが……」
小太りがおそるおそる尋ねる。
「えっと、ギルアンティアはやめて下さい。ユウマでいいです。土下座もういいですから」
四人は正座に移行する。
「えーと……」頬を人差し指で掻きながらユウマは尋ねる。
「一ヶ月ほど前、モース渓谷で獣人が襲われたって話、聞いたことありますか?」
「モース渓谷……申し訳ない。その話は知らないです」
赤メッシュがやや固い口調で答える。
「じゃあ、この辺りで魔族を見たことは?」
「それも無いです……」
「兄貴、あの……廃鉱山のことは……」
モジャモジャが耳打ちした。
「廃鉱山?」ユウマが尋ねる。
「はい、バルグと関係あるかどうかわかりませんが、一ヶ月ほど前、モース渓谷の西の森で狩りをしてたんだが。そこへ黒装束の男が現れて、仕事をしないか? って声をかけてきたんです」
ユウマは無言で続きを促す。
「俺の直感はよく当たるんですが、なにかきな臭い感じがしたんで断ったんですが……同時に金の匂いもしたんで男をつけて行ったんです」
「それで?」
「森の隣に、もう使われてない鉱山があるんですが、そこの坑道に入って行きました」
「中には入ったのですか?」
「入口には野盗、いや傭兵のような連中がいて入る事は出来なかった……いや、それよりも坑道の奥から……得体の知れない気配がして、背筋が凍るような、底冷えする気配だった。俺の直感は悪い方には特に当たる。だから、すぐに引き返したんだ」
「廃坑道……」行ってみる価値はありそうだ。
「明日行ってみたいのですが道案内お願いできますか?」
「……もちろん道案内させて頂きますが、おひとりで行かれるので? 応援は呼ばれないので?」
「獣人絡みなので俺の単独捜査です」
「わかりました。明日お迎えにあがります……」
「ズガタカイゾー」
立ち上がろうとした四人にウルリカが言い放つ
「へへぇ」




