四話 【ククル・ギルアンティア】【ドラゴンの目覚め】
【ククル・ギルアンティア】
騎馬は優馬の目の前で止まった。
夕陽を背に、騎士の輪郭はまるで影のように黒く縁取られている。逆光に目を細めながら、優馬はその姿を見上げた。
やがて、夕陽に照らされて金色にきらめく長い髪が風に揺れるのが見えた。光を受けて、一本一本が糸のように輝く。髪は後ろで丁寧に束ねられており、澄んだ青い瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。
引き締まった細身の体にやや大きめの白銀の鎧。白く滑らかな太ももがあらわになり、鎧の重厚さと対照的な柔らかさを見せつけている。
まるで物語から抜け出してきた騎士のようだった。
「ここで何をしているのですか?」
女騎士は話しかける。高圧的な感じはなく、こちらを警戒している様子もない。まあ、丸腰の人間相手に警戒もしないだろう。
さて、なんて答えようか?
考えていると、女騎士は馬から降りて目の前に立った。背丈は同じぐらいだろうか? 青い瞳が同じ目線に入ってくる。
「冒険者の方ですか? ここで何を? 依頼ですか? パーティーの方たちは?」
俺は、よほど場違いなところにいるんだろう次々と質問を投げかけてくる。少し気おされて目線を切ってしまった。
「ああ、そうですね、 名乗りもせず失礼しました――わたしは「ククル・ギルアンティア」見ての通り、「カンセズ王国」の十四騎士団、白銀の狼所属です ――あなたは?」
ククル……ギルアンティア……さん、カンセズ王国……心の中で復唱する。この世界の基準は判らないが二十歳ぐらいだろうか?
見ての通りと言われてもわからないが鎧の胸元や馬の装飾に施された紋章がそれらなんだろう。とりあえず何か答えなければ。
「ゆ、優馬、霧原……です。遠くの……へ、辺境から来ました。パーティーとはぐれてしまい、頭も打って、少し記憶があやふやなのです」
言葉を繋ぎながら、優馬は自分でも無理があるなと心の中で苦笑していた。
「頭を……傷は大丈夫なのですか?」
ククルが心配そうに顔を寄せてくる。その距離に、優馬の心臓が一つ鳴る。
「い、いや、怪我はないんですけど……脳しんとうが少し……」
取り繕うように頭に手を当てる。
「まあ、大変! こちらに座りましょう」
ククルはそっと優馬の肩に手を添え、噴水の前にあるベンチへ導いた。
「少し待っていてください」
そう言うと、ククルは馬のもとへ駆け寄り、革の袋と手ぬぐいのような布を手に戻ってくる。
「お水です。ゆっくり飲んでください」
革袋を差し出すククルの笑顔に、優馬は自然と「ありがとうございます」と頭を下げた。
革袋から流れ込む水が、渇いた喉を潤していく。思ってたよりも喉が渇いていたようだ。
その間に、ククルは噴水の水で手ぬぐいを濡らし、丁寧に絞って戻ってきた。
ベンチに腰を下ろすと、ククルはにっこりと微笑み、
「さあ、横になってください」
そう言いながら、自分の太ももを軽く叩いて促した。
え? 膝枕……?
優馬の思考が一瞬止まる。
「あ、あの、大丈夫ですから!」
慌てて手を振るが――
「だめです! 安静にしないと悪化しますよ。これも騎士の務めですから」
ククルはきっぱりと言い、優馬の抗議を受け付けず、そのまま膝枕をさせた。温かく、柔らかな感触の下に、しっかりと鍛えられた筋肉の張りを感じる。
顔が、勝手に熱を持つ。
そっと額に濡れた手ぬぐいが置かれたとき、優馬は恥ずかしさに耐えきれず、ぎゅっと目を閉じた。
静かな時間が流れる。
噴水の水音と、心臓の鼓動だけが、妙に大きく耳に響いた。
「って、まてまてまて……これは一体どういう状況なんだ? いきなり膝枕って、やはりこの世界は健全仕様なのか!? いや、健全というかなんというか、ルルルありがとう!」
嘘をついた罪悪感と恥ずかしさの混じった感情が優馬の心を掻き乱す。
しばらくして、ククルが優しく告げる。
「布をもう一度、濡らしてきますね」
そっと優馬の頭を降ろし、ベンチから立ち上がろうとする。
「あっ、もう大丈夫で――」
――言いかけたその時!
「グァアアアアアアアアーーーーーー!!」
耳をつんざく轟音が空間を切り裂き、大気がビリビリと震えた。地面が微かに揺れ、優馬は飛び起き、思わず耳を塞ぐ。馬は悲鳴のような鳴き声を上げ、必死にその場を逃れようともがく。ククルは駆け寄り即座に手綱を引き、落ち着かせようとしたが、馬の震えは収まらない。
「何だ、今の音!?」
音は五秒ほど鳴り響いた後、徐々に消えたが、空気にはまだ余韻が残っている。
【ドラゴンの目覚め】
「ドラゴン! 目覚めたの!?」
ククルは夕陽の方を向いて叫んだ。
ドラゴンの咆哮が風を吹き飛ばしたかのように風は止んでいた。
「ドラゴン!? ドラゴンってあのドラゴン?」
ファンタジー代表格のモンスターの名前が突如出てきたのでおかしな質問をしてしまった。
「そうよ! ドラゴン! 三年前にこの街の西にある遺跡をねぐらにしてしまったの。それで街の住人はここを放棄することに。それ以来、わたし達が定期的にドラゴンの動向を探りに来ていたのです……でも一度休眠に入ったドラゴンがこんなに早く目覚めるなんて……何かあったのかしら」
ククルの横顔は険しく、紅に染まった空に浮かぶ彼女の影は、さっきとは打って変わり凛々しくなった。
「キリハラ殿はここでじっとしていてください。すみませんが私は隊に合流します。」
「え? あ、はい……」
なんとも情けない返事をしてしまった。
ククルは馬にまたがる。夕陽が彼女の鎧に反射して金色に輝き、風が彼女の髪をなびかせる。馬が地面を一蹴りする。
「キリハラ殿、これを」
そう言って、四角い皮の鞄を手渡された。
「装備品もなくされてるみたいですね。この短剣でよろしかったら使って下さい」
腰につけていた短剣も差し出してくる。
鞘には豪華なあしらいが施され、柄にも細工をされた輝く石がちりばめられている。まるで博物館で展示されているような代物だった。
「え? これはちょっと……」
そう言いかけたが、ククルはすでに馬を走らせていた。
馬の蹄が土を打ち、勢いよく駆け出す。彼女の馬は遠ざかっていく。
ブロンドと茶色の二つのテールが角を曲がり視界から消えた。
――何かルルルさん、色々詰め込み過ぎじゃあないですか? 優馬はつぶやく。