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三十話 【エリッタ・ケイト・ギルアンティア 其の五】

【エリッタ・ケイト・ギルアンティア 其の五】


 王都へ向かう道の途中。


 前方から土煙を上げて、騎士団の一団が近づいてきた。

 手綱を引いた先頭の騎士が、鋭く指笛を吹くと、隊列は整然と減速し、やがて俺たちの前で静かに止まる。


 第六騎士団と――そして、第十四騎士団だった。早馬の報告を受けて出発してきたのだろう。


 ラプラ隊長が馬を進め、隊の先頭に出る。対する二つの騎士団の先頭に立っていたのは、見覚えのある二人の騎士だった。

 ひとりは、第十四騎士団――カイル・バララント隊長。もう一人は第六騎士団の隊長ミューズ・ライズ。


 馬上で言葉を交わす三人。距離はあるのに、不思議と声のない会話まで伝わってくるような緊張感があった。


 正騎士たちが並び立つと、それだけで場の空気が変わる。鎧の輝きが、空気ごと引き締めていくようだった。オーラが違う。昔は俺もあそこに立つと夢見ていたが現実は厳しかった、というより次元が違いすぎた。


 俺は正騎士団の中に、知った顔を見つける。


 ディム・ガガガトル師匠。


 その視線が、まっすぐに俺を捉えている。表情は読めない。けれど、じっとこちらを見つめるその眼差しに、確かな温度を感じた。その顔は俺を心配してくれている顔だ。

 

「…………」


「…………」


 心配してくれていると思う……してくれてますよね!? 師匠おー!


 やがて会談が終わったのか、騎士団たちは再び馬を進めはじめた。

 俺たちの馬車の脇を、第六騎士団の兵がゆっくりとすれ違っていく。


 その中のひとり。馬上からエリッタ王女の馬車を見ながら、ずっとニヤニヤしていた男がいた。第六の、名前は……バッケスだったか?


 一団の速度が上がる。王女一行は、まっすぐ王都へと向かっていった。



◇ ◇ ◇


 ――あれから、二十日ほどが過ぎた。


 俺は、城下町の石畳の道を歩いていた。王妃殿下の葬儀はすでに終わっていたが、街全体は未だに沈んだ空気を引きずっていた。


 広場には露店が並んでいる。けれど、どの店もどこか静かで、商人の声も、まるで音量を控えているようだった。

 以前なら、三人組の楽士が陽気な音楽を奏で、子供たちがその周りで踊っていた。今は、ただ淡々と、日常が流れているだけだった。


 走り回る子供たちもいるが、その表情に無邪気な笑いはなく、気を遣うような足取りだった。


 王都に戻った俺は、しばらく軟禁という形をとられ、城内で数えきれないほど同じ話をすることになった。

 相手は、王国の上層部のさまざまな役職だった。何故、全員で集まってやらないんだ? 疑問が湧いたが従うしか無かった。


 その中でも特に長く向き合ったのは、ニオ将軍の御子息、リード・ギルアンティア宰相補佐だった。普段は理知的で冷静沈着な彼が、時おり感情を露わにする場面があったのは意外だった。

 

 新しく得られた情報は、わずかに二つだけ。


 ――エリッタ王女が馬車内で襲撃者と揉み合った際、黒衣の男の手袋が外れ、「蜘蛛の紋章」が刻まれた手の甲が露わになったこと。

 ――そして、襲撃後に検分された騎士たちの遺体から、「魔石による微弱な魔術反応」が検出されたこと。

 王宮側の結論は「乾杯の酒に魔石の粉末、あるいは液状化したものが混入、飲んだ者がある音を聞くと魔術が発動して金縛りなった」とした。

 森に行かなかった者に様々な金属音を聞かせたが、すでに排便等で身体から出たのか効果は出なかった。しかし粉末、液状の魔石なんて見たことも聞いたこともない――


 俺が直接斬った敵の死体は、ひとつも残されていなかった。痕跡すら残さず消えるなど、ただの盗賊にできる芸当ではない。

 サイドール領主も呼び出され、尋問を受けたと聞いたが、今のところ決定的な証拠はないという。

 

 ――まあ、正直な話。冒頭でも言った通り、この事件は少なくとも五年の間、何の進展も見せないことになる――


 俺は、広場をぶらぶらと歩きながら、顔なじみの店主に片手を上げて挨拶する。

 

 そういえば――


 明日は王女の誕生日だったな。毎年、王女の誕辰を知らせる行事「星誕の儀」が城内外で行われる。今年は中止になると思っていた。だが、エリッタ王女のたっての希望で、予定通り行うことになったと、知り合いの騎士から聞いた。


 立ち止まり、空を見上げる。


 夏の終わりの空だった。流れる雲は高く、どこか寂しさを含んだ匂いが風に混じっていた。



◇ ◇ ◇


 ――翌日。


 城下広場は人で溢れ返っていた。

 

 今日は王女エリッタの誕生日を祝う「星誕の儀」――本来なら楽隊のファンファーレが鳴り、花火が上がる。だが今年は違った。花火も、歓楽の音楽もない。ただ「王女のお言葉」があるというだけの、静かな集まりだった。


 俺は群衆に紛れて城を見上げていた。本来なら警備に就いているはずの俺は、今はもうただの一市民だ。

 

 王都に戻ってから誰一人として俺を責めなかった。責めてくれなかった。だからこそ苦しかった。何も言われないことが何よりも重く心に響いた。騎士を辞める時、師匠や同僚は引き止めてくれた。でも――俺の決意はもう変わらなかった。


 やがて、ざわめきが広がる。視線が一斉に上がる先、王城の正面バルコニーに、一人の少女が姿を現した。


 紫のドレスに身を包み、少しだけ大きなティアラを載せたその姿は、まだ幼さを残しながらも、確かに王家の血を感じさせた。

 

 しばらく視線を伏せていた王女は、やがて顔を上げる。その瞳には、揺るがぬ決意が宿っていた。


 小さく息を吸い、吐く。


 そして――静寂の広場に、幼くも張りのある声が響いた。


「カンセズの民よ――!」


 震えながらもまっすぐに届くその声に、広場の空気がぴたりと止まる。


「今日は、わたしの星誕の儀。こうして皆が集まってくれたことに、心から感謝する!」


 言葉を噛みしめるように、一言ずつ丁寧に話す。


「だが……みなが知っているとおり、今日は祝いの日でありながら――母上と、まだこの世に生まれる前だった弟が……この国に仇なす者によって、命を奪われた……!」


 声が震えた。だが、決して泣きはしなかった。


「これは、決して許されることではないのだ!」


 小さな両手が、力強く握られる。


「わたしは、勇敢な一人の騎士に命を救われ、今ここに立っている。生き残った者として、仇なす者にさばきをあたえることを誓う!」


「おお……」人々から、感嘆と賞賛の声が漏れる。


「わたしはまだ馬にも乗れぬほど弱い……しかし――」


 少女は、胸を張って叫んだ。


「わたしエリッタ・ギルアンティアは……母上、ケイト・ギルアンティアの名前を受け継ぎ″エリッタ・ケイト・ギルアンティア″としてこの国のカンセズの母となるのだ!」


 高く掲げられたその右手は、小さな身体に似合わないほど大きな覚悟を示していた。

 

 歓声が、嵐のように広場を包む。

 

 ――俺は、大衆の歓声を背に歩き出す。


 小さな王女が民に誓ったその言葉が、俺の心に火を灯す。


「この事件の全容を必ず暴いてやる」


 誰に言うでもなく、つぶやいた。

 

 再び歩き出す足に、迷いはなかった。



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