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二十七話 【エリッタ・ケイト・ギルアンティア 其の二】

【エリッタ・ケイト・ギルアンティア 其の二】


 俺は冒険者の――まあ名前はいいか。どうせ重要人物でもないし、名前なんかでメモリーを割く必要もないだろう。

 強いて言うなら、五年前に騎士をやっていた頃に呼ばれていた「あんちゃん」とか「若造」って呼び名があった。

 とくに、エリッタ様に「わかぞー」と呼ばれた時は気持ちが高揚したな。うん、やっぱりここでは「わかぞー」にしてもらおう。


 五年前のあの日、俺は王妃殿下とエリッタ様を乗せた馬車の手綱を握っていた――こう見えても乗馬技術は高い方だ。剣術大会の騎馬戦部門で準優勝したくらいにはな。

 ……まあ、決勝ではククル様に秒で叩きのめされたけどな。


 話が逸れた。

 あの日、王妃殿下一行は、サイドール領主様のご子息、ランダ様の「婚姻の儀」に参加なさるため、サイドの街へ向かっていた。

 

 サイドの街は、カンセズ王国とサウド王国の国境付近にある街だ。

 宿場町までは何事もなく、順調に進んだ。異変が起きたのは二日目のことだった。


 ――夜、宿場町でこっそり買った出店の食い物に当たって、腹を下してしまったのだ。


 そんなことか、と思うかもしれないが、それが俺の人生を変えたのかもしれない。

 

 王妃殿下は殺され――生き延びたのはエリッタ様と俺だけだった。


 敵の目的もわからなかった。王女の誘拐を狙ったようには見えたが――


 この街道はカンセズとサウドという軍事国家を結ぶ要所で、小規模な盗賊団はいても、王家に蛮行を働く度胸のある連中じゃない。


 サイドール領主様にも疑いの目が向けられたが、仮に仮説通りだとしたら、そんなあからさまなことをするとも思えなかった。

 まして、王国に反旗を翻す理由があるとも考えにくい。


 ネフィルの関与も疑われてはいたが、決定的な証拠はなかった。

 

 カンセズ王国にも反乱分子は確かに存在するが、それが今回の件と繋がっているとは限らない。


 ――「魔石」そして、エリッタ様が目にしたという「蜘蛛」それが、唯一の手掛かりだろう。


 この事件のあと、俺は騎士を辞めて冒険者になった。少しでも真相を明らかにするため――

 いや、正直に言えば、逃げたかったのかもしれない。王妃殿下を見殺しにしてしまった、自分自身から――


 ……話がまた逸れてしまったな。戻そう。


 俺は便意と戦いながら、なんとかサイドール領主邸に馬車を走らせた。そのせいか予定より早く着いた。西の空は赤黒い雲がかかっていた。明日は雨になりそうだ。

 

 ドアを開けた瞬間、エリッタ様が勢いよく飛び出していく。

 玄関前に出迎えていた″キュイロー″お嬢様を見つけたエリッタ様は、まっすぐ駆け寄っていった。


 さて、ここからは警備の時間だ。俺たち護衛隊は、屋敷の内外に分かれて配置につくことになる。


 とはいえ、俺なんぞが屋敷の中に入れるほどの身分じゃない。

 担当は中庭、それも屋敷の裏手のほう――まあ、緑も多くて静かだし、ありがたいことに庭の端には便所もある。これは心強い。


 警備にはカンセズの騎士団以外にも、サイドール領主様が雇った私設の警備団が加わっていた。

 どこも物々しい空気だが、屋敷の中はなにやら慌ただしくなってきた。式の準備で追われているのだろう。


 日もすっかり落ちて、あたりは暗くなった。

 その頃だった。宴の始まりだろう。屋敷の奥から談笑の声が漏れくる。


 漏れてくる――俺の腹も再び悲鳴を上げた。


 やばい。また来た。

 先輩騎士たちが「またか」と言わんばかりに肩をすくめるのを尻目に、俺は小走りで便所へと駆け込んだ。


 「何が名物だよ……ヘドロトカゲの姿焼き……生焼けだったのか? 畜生……!」


 やり場のない怒りを、ひとまず自分にぶつけるしかない。

 

 用を済ませて、「さ、戻るか」と腰を上げた――その瞬間。

 次の波が、容赦なく俺を襲った。


 「うおっ……!」


 慌ててまた腰を下ろす。まったく油断も隙もない。


 ようやく終えて便所を出ると、庭にいた騎士や警備団がみんな屋敷の方を向き、器を掲げているのが見えた。

 そのタイミングで、屋敷の中から元気な掛け声が響いた。


 「カンパーイ!」


 ――しまった。間に合わなかった。


 カンセズでは、婚姻の儀においては警備にあたる者も含めて、全員で食前酒を掲げて乾杯をするのが習わしとなっている。


 俺は周囲に気づかれないよう、便所の前でそっと手を掲げる。


 「……エアー乾杯っと」



◇ ◇ ◆


 目の前には、きれいに着飾ったキイロちゃんのお兄様と、そのお嫁さんが並んで立っていた。

 二人とも、ちょっと恥ずかしそうに顔を見合わせて、でもなんだかとっても嬉しそうで……。

 その空気だけで、わたしの胸まであったかくなった。


 キイロちゃんのお兄様は、ちょっとぽちゃっとしていて、でもがっしりとした腕をしていた。

 きっと、力持ちなんだろうな。

 お嫁さんのほうは、ほそくて優しそうな目をしていて、笑うとお花が咲いたみたいに見えた。


 (わたしも……いつか、誰かと結婚するのかな?)


 ふと、そんなことを思った。

 お父様みたいに強くてかっこいい人もいいし……けれど、わたしは――


 「ふふっ、エリッタ様。リード様のこと考えてるでしょう?」

 キイロちゃんが小声でからかってきた。


 「ち、ちがうよーっ!」

 照れた顔でわたしはウソをついた。


 そのあと、大人たちが一人ずつ、わたしのところへやってきて、丁寧に挨拶をしていった。

 「王女様にお目にかかれて光栄です」とか、「お育ちが良くてお美しい」とか、なんだかくすぐったい言葉ばかり。

 ちゃんとにこにこしながらお返事していたけれど、内心では「はやく終わらないかなぁ」って思ってた。


 やっと一通りの挨拶が終わったところで、キイロちゃんが「こっちこっち!」とわたしの手を引いてくれて、自分の部屋へと連れていってくれた。


 キイロちゃんの部屋は、窓が大きくて、かわいらしいお人形ががたくさん置いてあった。

 おんなの子らしくて少し羨ましかった。

 

 わたしたちは、そこできゃっきゃと笑いながらたくさんおしゃべりをした。


 気づけば、夜も更けていた。

 

 眠たくなったわたしたちは、キイロちゃんのベッドに二人で並んで入った。


「今日は楽しかったね……」

 キイロちゃんの声が小さく聞こえて、そのまま静かになった。


 外からは、大人たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 (うるさいなぁ)って少し思ったけれど、ふかふかのおふとんと、おなかいっぱいの満足感で――

 いつのまにか、わたしは眠ってしまった。



◇ ◆ ◆


 朝になると、昨日とうってかわりどんよりとした空で雨もパラパラと降っていた。

 

 朝ごはんをいただいて、帰りの準備が始まると、屋敷の中がまた慌ただしくなる。


 着替えを手伝ってもらいながら、「帰りたくないなぁ」と思った。

 でも、王女だからちゃんと挨拶をしなくちゃいけない。明るく上品にみんなにあいさつをする。


 馬車に乗り込むとき、キイロちゃんが玄関先で大きく手を振ってくれていた。

 わたしも、窓から身を乗り出すようにして、いっぱい手を振った。

 キイロちゃんの笑顔が、だんだん小さくなっていく。



◆ ◆ ◇


 雨が強くなってきた。

 わたしは、窓をしめようと手を伸ばし、小窓を押し込む。ぴしゃりと音がして、冷たい空気が遮られた。


 来た道と同じ、見慣れたはずの街道を、馬車は静かに進んでいく。

 けれど、森の入り口が見え始めたころ、雨はどしゃ降りへと変わった。


 木々が覆いかぶさるように連なる森の中。枝葉が少しは雨を防いでくれているはずなのに、なぜか雨音はますます大きく、耳にまとわりつくようだった。

 空も地面も、しんとした灰色に染まり、まるで昼なのに夜のよう。


 そのとき――


 きぃぃぃぃぃぃぃん――!!!


 まるで、金属と金属がぶつかり合うような、鋭くて耳を裂くような音が森中に響いた。

 思わず両手で耳をふさぐ。けれど、頭の中でその音はこだまを続け、キンキンと痛みすら覚える。


 「な、なんなの!?」


 わたしが叫んだとき、馬車が徐々に速度を落としはじめた。

 がたん、がたんと揺れが止まり、やがて完全に静止する。


 「おい! なんなんだ!? なぜ止まる!」


 前方から、わかぞーの怒鳴り声が聞こえる。


 窓から外をのぞくと、馬にまたがった騎士たちが、なぜか動かず、ぼんやりと宙を見つめていた。

 その不自然な姿に、ぞくりと背筋が冷たくなる。


 「う……ううっ……!」


 隣で、お母様が頭を押さえて苦しみはじめた。


 「お母様!? どうしたの? ねえ、お母様!」


 何度声をかけても、返ってくるのはうめき声だけだった。


「ミ、ミラー! お母様が……」


 向かいのミラーに目を向けると同じように頭を押さえ、うめき声をもらしている。


 「だ、だれか! お母様が――!」


 パニック寸前で叫んでいると、馬車のドアが開き、わかぞーが顔をのぞかせた。


 「わかぞー! お母様が……お母様が……!」


 涙声で訴えると、わかぞーはすぐに馬車に乗り込み、お母様の前にひざをついた。

 何度か声をかけるが、お母様の目は虚ろで、焦点がどこにも合っていない。


 そのときだった。


 「ぎゃああああっ!」


 おおきな、さけび声が、馬車の前のほうから聞こえた。すぐあとに、うしろのほうからも、べつの人のこえ。


 「な、何が起きてるんだ……!」


 と言って、わかぞーは馬車からはなれ、外の騎士のところへ行った。でも、みんなピクリとも動いてなかった。ねんどの人形みたいに。


 また、わかぞーがドアをあけて、大きな声で言った。

 

「王女様は、どうかそのまま馬車の中に! 俺が様子を見てきます!」


 わたしは、ふるえる手でお母様の肩をだきしめながら、ただ「お母様……お母様……」と繰り返すしかなかった。



◆ ◆ ◆ 


 さっきの音はなんだ!? 一体どうなってやがる!?


 王女のそばに残るべきかとも思ったが、状況がわからないままでは何も守れない。

 俺は決意を固め、先頭の馬車の方へと駆け出す。


 周囲の騎士たちは皆、馬の上で首を垂れたまま動かない。馬だけが小さくいなないていた。

 薄暗い森の中、雨は視界を霞ませる。けれど、先頭の騎士の身体に――何か棒のようなものが突き刺さっているのが見えた。


 近づいて、はっきりと確認する。


 ――矢だ。

 棒ではない。身体に深く、無数の矢が突き立っている。


 敵だ。敵の襲撃だ――!


 咄嗟に森の木々へと視線を走らせる。

 その瞬間――


 ヒュン、ヒュヒュン――!


 風を裂く音が四方から飛んできた。

 雨を貫き、無数の矢が、まっすぐ俺たちの隊列へと降り注ぐ。


 動かない騎士たちに次々と突き刺さり、断末魔のような悲鳴が森に響いた。


 「クソッ、間に合わねえ……!」


 俺は即座に踵を返し、王女の元へと全力で走る。


 馬車の周囲にいた騎士たちも、みな首をうなだれたまま、身体には矢が突き立っていた。

 その異様さに、寒気すら覚える。


 しかし、馬車の入口に動く者の影があった。馬車の中に上半身を突っ込んでいる。


 敵だ――俺はためらうことなく剣を抜き背後から突き刺す。そのまま後ろの襟を掴み馬車から引きずり下ろす。


「なぜ……動ける……」

黒尽くめの男はそれだけ言って動かなくなった。


 急いで馬車の中を確認すると、エリッタ王女が、王妃殿下にすがりついて泣き叫んでいた。


 「お怪我はありませんか? 敵の襲撃です! 騎士たちは動けません!」


 報告を口にしたものの、俺自身、次にどう動くべきかがわからなかった。


 ――そのとき、背後に気配。


 反射的に振り返る。

 そこには、黒いローブを身にまとった人型の影が、斧を振りかざして立っていた。


 「くっ!」


 とっさに身をかわす。斧は馬車の側面に突き刺さり、エリッタ様の短い悲鳴が響いた。


 俺はすぐに体勢を立て直し、敵の腹に蹴りを叩き込む。斧を手放した敵は後方へよろめいた。


 すかさず腰の剣を抜き、刃を振るう――

 鈍い感触。「グシャッ」という音とともに、敵は地に倒れた。


 雨音に紛れて、複数の足音が近づいてくる。


 敵は、まだいる――!


 俺は馬車の出入口を背に、剣を構え直した。


 次に現れたのは、さきほどと同じ姿の黒衣の者たち。三人。

 一斉に斧を構えて襲いかかってくる。


 まず一人目。振りかぶった斧を剣で弾き、刃を滑らせながら受け流す。

 そのまま身体をひねり、二人目に向けて地面と平行に円を描くように剣を振るう。


 ――敵は素早く一歩退いてかわした。


 しかし俺は刃の軌道を止めずに最初の敵に剣を振るう。

 だが、斧が俺の剣を受け止め、火花が散る。


 距離を取り直し、互いに睨み合う。

 息が白く曇るほどの緊張と、冷たい雨のなか、俺は剣の柄を強く握り直した――


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